第5話 15分
春、桜の見ごろも終わりかけた位の事。
葉桜咲き乱れる近所の公園、それでもまだ桜の咲いている木もあったので、俺は1人、夜桜を見に出かけた。
缶チューハイを1本持参し、公園のベンチに座ってプシュっと開け、葉桜を眺めながらグイッと飲むと、桜の他にもう1つ目に付いたものがあった。
月だ。
完全な満月だったのか、少しかけているのか、とにかく満月に近い、大きな月が出ていた。
桜の時期と言うのは、どんよりとしている天気が多い気がするのに、その時は綺麗に晴れていて、電線もない広い空にポッカリと月が浮かんで見えた。
花見に来たのか、月見に来たのか分からない。
チューハイが残り半分程になった頃、ザッザッザと公園内の砂地を歩いて来る音が聞こえてきた。
一瞬、見えてはいけないモノが来たのではないか?と、思ったのだが、音のする方に視線を向けると、黒い影が1人分こっちに向かってきていた。
外灯のない端のベンチに座っていた為、向かって来る人物が男性なのか、女性かのかも分からないが、ちゃんと生きた人間である事にホッとする。
なんにせよ、通り過ぎて行くだけの人なのだから気にしなくても良いと、思っていた矢先。
「月が、綺麗やねぇ」
話しかけられた。
相手も俺が生きた人間かどうかの確認がしたいのかも知れない。そう思ったので、
「そうですね」
と、答えた。
「1人で花見してんの?」
声の感じから少しご年配な女性は、かなり自然に会話を続けながら俺の隣に座り、葉桜になった木を見上げるから、俺も一緒になって木を見上げ、
「はい」
と、返事をした。
「それもえぇけど、月を見て」
どうやらこの女性も今日の月が目に留まったようだ。
俺も綺麗だと思って見ていたんですよ、とか何とか声に出せれば、この場は盛り上がるに違いない!
「あ……はい……」
言えませんけどね!
外灯もなくて相手の顔も良く見えないこんな環境でも、俺は人見知りか!
「綺麗でしょ」
まるで子を褒める親のようにウットリと呟く女性に、なんとなく近寄り難い雰囲気を感じる。
それに、月が綺麗である事はもうさっき聞いた事。それを繰り返す意味は?ただの話題不足なら良いのだが、物凄く嫌な予感がする。
「そうですね……」
さっきと同じ返事をして、女性と目を合わせないように月ではなく、桜の木を見上げた。
「月には神様がおるんよ」
予感的中か!?
「はぁ……」
なんとか帰る切欠を作らなければ!
「月がなかったら、私ら真っ暗の中やで?月の神様のお陰で、私らは生活できてるんよ」
分かるでしょ?とか言いながら俺を見てくる女性。暗くて良く見えない顔が、微かに微笑んでいるように見える。
悪意は感じられない分、帰りにくい。だけど早く帰りたい。そんな葛藤の中では、
「はぁ……」
としか返事が出来ない。
「月は、なんであんなに輝いてると思う?」
え?
さっき自分で神様がいるからって説明してなかったか?いや、月には神様がいるとしか聞いてないか。
まさか、この質問で俺に「月にいる神様が月を光らせている」とかなんとか言わせたいのだろうか?それで「その通り!」とか褒められでもしたら、ますます帰りにくくなる!
ならここは、真面目に答えよう。
「太陽の光を反射して……です……」
頭の中に鮮明に浮かぶ、太陽と地球、月の配置図。月の満ち欠けがある説明文まで脳裏に浮かぶ。
「私の話聞いてた!?」
怒られた。
ここは無難に話を合わせた方が良いのだろうか?でも、そうなると何時帰れるか分からない。
「聞いてますよ……」
待て、怒られているのだから、この流れで帰れば良いんじゃないか?何もご機嫌をとらなくたって良いじゃないか。
「あのね、月におられる神様のお陰で私らは生きてるの!何で感謝もしてへんの!?最近の子はホンマに礼儀知らずやわ!」
更にヒートアップしている女性の隣で、俺は残っていたチューハイを一気に飲み干し、月でも桜でもなく、公園の外に注目する。
1秒、2秒、3秒…………よし、今だ!
「信号青になったので、失礼します!」
俺は軽く頭を下げて挨拶をすると、空になったチューハイの缶を握り締め、走って公園を後にした。
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