第6話 指輪

 すっかり気持ちが塞いでいる音葉の手を引っ張って、響は廊下を進む。

 もうすぐ日没だ。

 急がなければ。


「指輪……指輪……どこにあるんだろう?」

 音葉は応えない。

「書斎にはなかったからな。ありそうな場所にはないのかもしれない」


 すると、音葉が手を振りほどいた。俯いて、立ち止まる。

「どうした?」

 近づくと、音葉は震える声をしぼりだす。

「もう……もう、やめましょ」

「え? なんで」

 瞳にいっぱい涙をためて、音葉が言う。

「怖いの! 私……の人間かもしれない」


 ──130年ほど前の人間。

 ──篠宮音葉。


「幽霊かな? それとも、時代の垣根を飛び越えたのかな。どちらにしろ、私は、ここの人間じゃない。だとしたら……」


 ──消えねばならない。


 音葉はしゃがみこみ、顔を伏せてしまった。


 響も傍らにしゃがみこむ。


「きみの手は、あったかいよ。幽霊には思えない」


 音葉はピクリともしない。


「タイムスリップしてきたのだとしても、もとの時代に戻るのが嫌なら、このままここにいればいい」


 それを聞いて、音葉が顔を上げた。


「いま、そんなに怖いのは、記憶がないせいだよ。記憶が戻れば、なあんだって思うようなことだ。なに怖がってたんだって、ばかばかしくなる」

「……そうかしら?」

「そうだよ。だって、記憶がないから どうしたらいいのか分からないんだろ。自分が何者か思いだしたら、自然と どうすればいいのか分かるよ」

 音葉が微かに笑む。

「……そうね。そうかもしれない」


 音葉は俯き、暫くしてから顔を上げた。


「うん。大丈夫。響くんの言うとおりだわ」


 響は微笑み、

「じゃあ、行こう」

「ええ」


 ふたりは手を繋いで歩き出した。

 そして、二階にある最後の部屋の扉を開ける。

 ここになければ、どうすればいいのだろう?

 そう思いながら、机の抽斗、衣装箪笥、棚の中を探した。


 なにもない。


「もう全部探したわよね」

「うん。ありそうなところも、なさそうなところも」


 外はすっかり暗くなっている。

 ──これで庭にあるとか、勘弁してほしいな。

 響がそう思っていると、音葉は小さなこぶしを顎にあてて、

「ちょっと待って。……おかしいわ」

「なにが?」

「外から見たとき、建物の中央に三階の窓が見えたの。でも、二階に上りの階段は?」

 はっと息をのむ。

「……隠し部屋?」

「外から丸見えだから、隠しているのかは怪しいけど、でも、階段がないのはおかしいわ」

「あと探してないのは、その部屋だけだね」

「ええ」

「行こう」

 ふたりは二階の廊下の中央へと向かった。

 壁、天井を凝視する。

「あった」

 天井の溝と、なにかを引っかけるような突起。

 響は、あっと思いついて駆け出した。

「ちょっと待ってて!」

 書斎の扉を開ける。

 壁に立てかけてあった謎の棒を持って、音葉の待っている場所まで戻った。

「それをどうするの?」

「ま、見てて」

 丸く曲がった先を、天井から突き出た突起の穴にさす。そして、力いっぱい引いた。

 木材の擦れる ぎしぎしという音をたてて、天井の板が開く。その中から、梯子が下りてきた。

 音葉は目を丸くしている。

 響は棒を突起から外すと、壁に立てかけた。

「こんな仕掛けがあったなんて」

「うん。さあ、登ろう」

 梯子に足をかけて、響は音葉に手を伸ばした。


 

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