重要な手がかり

第5話 手紙

 青ざめたままの音葉を連れて、響は次の部屋へと進む。

 そこは今まで見た中でも広めの部屋だった。

 窓際に机があるのは同じだが、ベッドは部屋の中央にあり、天蓋が備えられている。ヨーロッパの王侯貴族が寝るような造りだった。


 音葉がまっすぐに机に向かう。

 響が追いかけていくと、彼女は早くも抽斗から封筒を出していた。


「手紙?」


 それには、『恭一朗きょういちろうさまへ』と書かれた便箋が入っていた。

「う、旧かなだ。読める?」

「ええ、なんとか。訳しましょうか?」

「よろしく」

 音葉が手紙を現代語で読み上げていく。


「恭一朗さまへ

 私と生涯を共にしてくださると仰ってくださったこと、いまでも夢のように嬉しく思っています。小さいころからずっと、あなたは私の慕わしい お方でした。

 憶えていらっしゃいますか? あの森で、あの邸で、ともに過ごした日々の幸せを。どれほど輝いた時間であったかを。


 ですが、嗣臣つぐおみさまのご心配も、よく解るのです。

 私の生まれは、あなたに相応しくありません。

 聞き分けることは、負けることではないはずです。

 あなたの幸せのためであれば、私はあなたのもとを去りましょう。

 それが私の勝利です。

 あなたの幸せこそが。

 

 あなたと奏でたモーツァルトがこの耳に残っている限り、私は幸せです。


 指輪と鍵をお返しいたします」


 そこで音葉の唇が震えた。

 はっと目を瞠り、呼吸を止める。

「音葉?」

 彼女の視線の先を見て、響も瞠目した。

 そこには、差出人の名前が書かれていた。


「……篠宮音葉……」


 音葉が悲鳴を上げ、手紙を放り出した。


「わたしは だれ⁉」


 そのとき、机の抽斗がひとりでに開いた。


「⁉」


 一枚の紙が飛び出して、ひらりと舞い、ふたりの足元に落ちる。


『ユビワ ヲ サガセ』


 響が拾い上げた紙には、そう書いてあった。


 震える音葉を見て、手にした紙を見て、響は悟る。


 都市伝説は、きっとほんとうだ。


 ここの主人は、失われたものを取り戻す力がある。

 今日、満月の夜だけに。


 そして、主人の願いというのは、きっとこれだろう。


 この願いを叶えて、音葉の記憶を取り戻してもらう。

 そうすれば、すべてがはっきりするはずだ。

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