⑷ 我思う故に我あり
①
深夜、人々も神々も寝静まり、魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)が跋扈(ばっこ)するであろう時間に車の音が響き渡る。
着いた場所は、無論、伊勢神宮。有名な内宮前の宇治橋鳥居の近くに車を止める。
鳥居の下には柵が設けられ、入れないようになっていた。
「ついに着きましたね、伊勢神宮」
「戦闘なかったら、喜んで参拝してたんだけどな」
零思さん、前々からお伊勢参りしたいって言っていました。このような形で来れましたが、参拝はできなさそうです。
それにしても、ここに着いてから少し頭痛というかなんというか、頭がふらふらしています。寝ていないせいでしょうか。
「あ、降りる前にこれ飲みな」
そう言うと、零思さんは茶色いガラスの小瓶を私に渡してきた。
「なんです? これ」
「栄養剤。力出るよ」
私は渡された栄養剤を飲んだ。
この栄養剤、普通においしく飲める上にさっきまでふらふらしていた頭が治りました。さすが零思さん、即効性のすごい薬を手に入れるとは、学之君の関係でしょうか......?
車から降りると、さっきまで雨が降っていたのか地面が濡れており、少し涼しい空気が辺りを漂っていた。
「そろそろ希孔納が来る頃合いかな......?」
そう言って零思さんは車の荷台から戦闘用の道具の整備をしていた。
私はあたりを見渡す。
静かな通り、威厳のある大きな鳥居、雲がかかり妖しく光る月。全体としても、やはり落ち着いた雰囲気で、とてもこれから戦闘がおこるだなんて考えられなかった。
私が通りのほうを眺めていると、何かがこちらへすごい速さで近づいてきた。
「はぁはぁ......やっと着いたにゃ」
それは希孔納さんだった。猛ダッシュで来たらしく、ひどく疲れていたようだった。
「予想より遅かったな、どうした?」
「ここら辺いろんなとこに神社あって、間違えて外宮(げぐう)行っちゃったにゃ」
伊勢神宮、広いですもんね。私たちのいる後ろの内宮に加え、外宮やその周辺、隣の市にある神社や社までまとめて伊勢神宮ですからね。分からなくなっちゃいますよ。
「まぁ、着いたんだしいいか。早速だが、奴らのとこに行くぞ」
「にゃ!? もうかにゃ!?」
「そうだ、急がないと到着するぞ」
「でも零思さん、ここまで来たんですから少しくらい休んでも......」
「ほら、これ飲んで」
零思さんはそう言うと市販の栄養剤を渡してきた。
「あれ、これさっきのと違う......」
「体調に合わせてるだけだ。おかしいか?」
「いえ、別に......」
私は渡された栄養剤を希孔納さんに飲ませた。すると
「よし! 元気出たにゃ!」
「静かにしろ!」
こうして、希孔納さんと合流し、敵を迎え撃つ準備は整った。
零思さんはいつもの機械を鳥居に取り付けチューニング作業を始めた。
「え!? 鳥居につけちゃうんですか!?」
「他に付けるところ無いし」
「でもそれって罰当たりじゃ......」
「それ、仏教がもと。それに、鳥居は神域を区切る壁だから」
「でも......」
「確かに抵抗はある。でも、そんなこと言っている場合じゃない」
そう言うと零思さんは、機械のボタンを押した。
いつもの電子音が聞こえると、鳥居の内側が、まるで画面のように歪み、徐々に空が闇のように暗くなり橋は紫色の光に照らされているかのように見えてきた。
「これが奴らの世界、異世界だ」
そう言うと零思さんは鳥居の前で一礼し、中に入って行った。
希孔納さんもそれに続き、最後に私が入った。
私が中に入ると零思さんは手元にあったリモコンのようなもののボタンを押した。すると、今通ってきた境界がなくなり、辺りは橋と同様、紫色の光に照らされたかのようになった。
「れい、零思さん! 帰れなくなっちゃいましたよ!?」
「大丈夫だ、遠隔操作できる」
そう、私を落ち着かせるように言いリモコンを見せた。
「さ、通りに向かうぞ。神域で抜刀はしたくない」
そう言うと零思さんは通りへ向かった。
②
伊勢神宮内宮へ向かう通りの一つ、おはらい町通り。その中間部分程まで歩いてきた。
すると、向こう側からまた何かがたくさんこちらに向かってきた。少し早歩きのようだった。
「やっと来たか、ニビヌン」
零思さんがそう呟いた。
私たちの場所から、お店を3、4件ほど手前で相手は止まった。
「お前らは......零思か!?」
「いかにも。インテルガトス第肆幹部『ニビヌン』だな」
「インテルガトス...?そんなものは知らんが、いかにも。私はレべリオン軍第肆幹部のニビヌンだ。お生憎(あいにく)だが、我々はエネルギーを求めて移動しているところでね、相手をしている暇はない。さ、そこをどけ」
「させるわけないだろ。お前らの大名行列に対するは、神を守る俺ら防人だ。無礼を働いたお前らを生かしておくわけにはいかん。斬られろ」
そう言うと、零思さんはいつもの通り刀を構えた。勿論、鞘ごと。
「省エネとやらで行くぞ!」
そう言うと、ニビヌンは両腕を広げた。すると、後ろのほうからいつものゴーレムと、少しインテルガトスと似た戦闘員がこちらに向かってきた。
こちらも私を含めた三人で、零思さんを筆頭に向かっていく。
そのまま零思さんの一振りが大勢の敵を薙ぎ払い、希孔納さんと私で援護をし、私たちは優勢になっていった。
「さすが、伝え聞いたほどではあるな。だが、正面ばかりではないぞ!」
ニビヌンがそう言い放った直後、背後から何かが隊列を組んだような音が聞こえた。
振り返ってみてみると、大きな筒を構えた敵が筒の口をこちらに向けていた。その次の瞬間、筒から火が飛び出した。それは大砲だった。
「簡易的なものか」
そう言うと、零思さんは銃弾を向かってきた砲弾に対して放った。ぶつかり合ったときに大きな爆発が起こり、そのまま砲弾は消滅していた。
「しかしながら、よくできている。そこまでお前に近代兵器が来ているとなれば、上はさらに強いだろうな」
そう言うと、立て続けに銃弾を大砲持ちの隊へと放った。
銃弾が当たると、そのまま勢いよく爆発し大砲もろとも散り散りになっていた。
そのまま零思さんはニビヌンへ銃口を向け、2、3発の弾丸を打ち込んだ。
撃った瞬間、周りには衝撃波が生じ、弾道付近にいた敵を薙ぎ払いながら恐ろしいほどの速さでニビヌンへと一直線に飛んで行った。
ニビヌンはその速さで襲い掛かる弾丸を避けることなど到底できず、放たれた弾丸は外れることなくニビヌンの体を突き抜けた。
次の瞬間、今まで戦っていた敵は液体となり、実体の兵たちは戦意がなくなったのかその場に倒れこんでしまった。
「『音速弾』、これを避けることはなかなか敵(かな)わない。エネルギーももう切れるだろう。しかし、お前にはまだ仕事がある」
そう言いながら零思さんは近づくと、ニビヌンを抱えこちらへ帰ってきた。そして
「兵たちよ! 貴君らに危害は加えぬ。即刻この場を立ち去り、本国へ戻れ!」
零思さんがそう言い放つと、すべての兵が反応を示し我先にと逃げていった。
私たちはそのまま現実世界へと戻り、車の中へ捕らえたニビヌンを降ろした。そのまま零思さんは懐から細胞活性薬を取り出し、患部に注入していく。すると、見る見るうちに傷は治っていった。
「俺は来のまま近くの支部に連れていくから、智恵ちゃんは希孔納と一緒に愛媛向かって」
「え?」
「ああ、まだ二人に言ってなかったか。一応この戦闘が終わったらそのまま旅行にでも行こうかと思ってたからね。愛媛に宿を予約しておいてあるんだよ。希孔納は場所わかるだろ、拠点にしようって言ってたあの旅館」
「ああ、あそこかにゃ」
「そ、そこに向かって。で、そのまま休暇で」
車で来た意味と、私たちだけで来た理由が今わかったような気がします。
いつも零思さんは突然ですが、今回ほど驚かされたことは初めてです。
「あの、それって宿泊ですよね......」
「そうだけど」
「着替えとか......」
「あるよ」
「......え?」
「天咲ちゃんに頼んで詰めてもらった。勿論二人分」
「......はぁ。もういいです。で、何泊分予約したんですか?」
「二泊三日。ゆっくり休もうかと思って」
③
伊勢神宮内宮前で零思さんと別れ、希孔納さんと一緒に四国は愛媛へと向かった。
いつも気になっていた希孔納さんの移動方法が、やっとわかりました。
交通機関を使っているのは当たり前のこと、持ち前の動物の脚力を使い屋根から屋根へ、路地から路地へと移動することで、道をまたぎ最短距離で移動しているらしいです。
......まぁ、私は当然そんなことできませんから、今回は二人でゆっくり歩いて駅まで向かい、始発の電車で愛媛へ向かうことにしました。
翌日、9時ごろには愛媛の宿へ到着した。しかし、そこに零思さんの姿はなく、桜さんによると、今こちらに向かっているとのことだった。
駅で仮眠を取ったとはいえ、電車移動に加え戦闘の疲労も残っている私たちは、零思さんが来るまでの間眠ることにした。
――力を知らないようですね――
あなたは......誰?
――そのうちあなたも自覚するでしょう......――
誰なの......?
――これほど尊い位に扱われているのは、私の父母のよう――
何のこと......? 何を言っているの......?
――私も生まれたときからすべてを任され、尊い扱いを受けたわ。自分の力もわからず――
さっきから何のことを言っているの......?
――私のようになってほしくないわ、せめて少し助けてあげるわ。私のように岩戸に隠れなくてもいいようにね――
何......何が何だか、全くわからない......待って! まだ何も聞いてない......!
「大丈夫かにゃ?」
気が付くと、希孔納さんが私の顔を心配そうに覗き込んでいた。
ゆっくりと起き上る。寝ていた間に汗をかいていたらしく、寝ていた布団は汗でびっしょり濡れていた。
「ひどくうにゃされていたみたいだったけど、大丈夫かにゃ?」
「え、あ、ああ、はい。大丈夫です」
「怖い夢見たかにゃ?」
「いえ、そんなものではなく......不思議な夢でした。あんまりよく覚えていないです......」
「そうかにゃ、それにゃらよかったにゃ」
ゆっくりと深呼吸をする。まだ心臓が強く脈打っている。
丁度その時
「はぁ、やっと着いた」
「あ、零思さんにゃ」
部屋にいくつかの荷物を持った零思さんが入ってきた。
「これ二人の荷物ね、俺は隣の部屋にいるから。えっと......智恵ちゃんなんで汗掻いてんの?」
「い、いえ。何でもないです。ああそうだ! 私の荷物に着替えありますよね、お風呂入ってきたいですね」
「にゃら私も行くにゃ!」
「まぁいいや。二人で風呂か。とりあえず近くうろつくかな......」
そう言って零思さんは隣の部屋へ出ていった。
④
「うわ~、大きい!」
旅館から通路を通り、少し離れた離れにある大浴場。しかも露天風呂付。
昼間のせいか、人はだれ一人いなく私と希孔納さんの貸し切り状態だった。
「お風呂にゃ~!」
そう言うと希孔納さんは湯船に飛び込んだ。ザッパーン、という音とともに湯船のお湯が飛沫をあげて辺りに飛び散る。
「もう、希孔納さん! お風呂に飛び込んじゃダメでしょ!」
「誰もいにゃいからいいにゃ!」
頭を振りながらそう答えると、希孔納さんは奥のほうに行って湯船に浸かりだした。
私はそのままシャワーのほうへと向かい、体を流す。汗とともに戦闘の疲れが落ちてゆく。
源泉かけ流しということもあってか少し熱めですが、それでも癒されます。
そのまま髪を洗い流し、体を洗っていた時だった。
「智恵理さんにゃにしてるにゃ?」
湯船のほうから希孔納さんの声が。
「体洗ってるんですよ」
「にゃら、せにゃかにゃがすにゃ!」
そう言って、希孔納さんは駆けつけてきた。
「お風呂で走っちゃいけません! もう、危ないんだから」
「ほらほら、タオルかすにゃ!」
私は言われるがままタオルを渡し、背中を流してもらうことにした。
「あまりこういうのに慣れてないから、ちょっとくすぐったいですね」
「零思さんがいっつも言ってたにゃ、『こう、下から上へ向かって力加減考えにゃがらやっていく。下から上が基本にゃぞ』って」
希孔納さんのモノマネが少し似ていて、思わず笑ってしまいました。
「それにしても......」
そう言うと、希孔納さんは私の横から顔を出してきた。
「相も変わらず......うらやましいにゃ」
希孔納さんの目を見ると、一点を見つめていた。目線を追うと、そこには私の胸があった。
「な、どう......したんです? 希孔納さん......?」
「卑怯にゃ!」
そう言うと突然、後ろから私の胸をつかんできた。
その素早さたるや、正確さたるや、完全に獲物を捕らえるような動きに見えました。
「ひゃっ!」
私のことはお構いなしにと、そのまま手を動かし、揉み始めた。
「にゃんで私にはこんにゃににゃいのに、智恵理さんはあるにゃ、卑怯にゃ! あまり説明できにゃいけど、卑怯にゃ!」
揉みながら聞こえてくるその声は、少しふざけていました。
「もう、やめてください!」
笑いながら言うと
「まだまだにゃ~!」
と言いながら、さらにじゃれてきた。
そのまま希孔納さんは足を滑らせ転んでしまった。
「もう、何やってるんですか」
私が笑いながらも心配すると
「くっそ~!」
と笑いながらいつもの笑顔で返してくる希孔納さん。
タオルを受け取りそのまま体を洗い流す。
「さ、次は希孔納さんですよ」
そう言って希孔納さんを座らせる。
「にゃ、体はいいけど髪は嫌にゃぁ......」
「ちゃんと髪洗わないと」
そう言って希孔納さんの髪を洗い始める。嫌がる希孔納さんをよそに、泡は髪全体を包んでいく。
シャワーで洗い流すと、希孔納さんはいつものように首を振り、水気を飛ばす。
「わっ!」
勿論、隣にいた私の顔にも水が飛んできました。
「はぁ~、シャワーだけで十分にゃのに......」
「そんなんじゃだめですよ。ほら、次は体、洗ってくださいね」
そう言ってタオルを手渡すと、観念したのか渋々受け取り自分で体を洗っていった。
希孔納さんが洗い終わると、私たちはそのまま露天風呂へと向かった。
露天風呂の周りは木々に囲まれ、近くに清流が流れており、正に大自然の中に突如として現れた秘湯のようだった。
こっちもシャワーと同じように少し熱めで、初夏の涼しさと相まって程よくなっていた。
勿論、疲れなんかすぐに吹っ飛び、癒されます。自然が一番の薬なのかもしれません。
⑤
お風呂から上がり、浴衣に着替える。すると後ろから
「ち、智恵理さん! これ、どうやって着るにゃ!?」
振り返ってみると、浴衣を変なように着ている希孔納さんがいた。袖は通せているものの、前で重ねなければいけないところは観音開きのようになって重なっておらず、帯は一回ししかされておらず、後ろで堅結びされて両端の長さは片方が短く、片方が長くなっていた。その上、袖自体も片腕は短く片腕は長かった。
誰から見ても、一目で着れていないように見える絵にかいたような着方だった。
「もう、貸してください」
そう言うと、私は希孔納さんの帯をほどき浴衣をちゃんと着せた。最後に羽織を着せ、脱衣所から零思さんの部屋へ向かった。
部屋では、零思さんが浴衣姿で座ってお茶を飲んでいた。
「結構長かったね」
「零思さんこそ、いつも長湯ですよね」
「まあな。にしても、二人とも浴衣似合ってるな」
「ありがとうにゃ!」
「ありがとうございます。零思さんこそ、浴衣似合ってますね、イメージにドンピシャですよ」
「ありがと、よく言われるんだよね、和服のほうが似合うって」
「確かにそうですね」
「確かにそうにゃ」
そんな話をしながら、久しぶりにゆったりとした時間が流れていた。
そうした時間が、この一泊二日を包んでいた。
次ノ問ヒニ答ヘヨ 哲翁霊思 @Hydrogen1921
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