ねこと心中

 子ねこを拾った。

 子犬だったら、幼少のみぎり、十日ほど野良いぬの子供を飼ったことがある。首輪もつけずに牛乳を与えていたが、気が付いたら消えてしまった。親は、勝手にどこかへ行ってしまったと言ったが、貧乏だった我が家のことだ。どこかへ処分したんだろうと今になって思う。だがそれを尋ねることはない。親とは疎遠になってしまったから。

 それより子ねこだ。飼ったことがないから全く勝手がわからない。仕方ないので『ニャンニャン子ねこの飼い方』という本を買って読んでみた。読んで初めて分かったのだが、子ねこには子ねこ用のミルクを与えなければならないそうだ。牛乳はダメなのだ。もしかしたら子いぬもそうだったのかもしれない。だが、そのことはそれ以上は考えないことにした。あの時……。いやダメダメ、今は子ねこのことだけ考えよう。なになに、ねこはトイレ用の砂を用意すればしつけをしなくてもそこで用を足すのか。こりゃあ楽だ。えっ? そこらじゅうで爪をとぐから爪とぎを買わねばならんのかあ。僕は近所のホームセンターでそれらを買った。

「あっ、大事なことを忘れていた」

 ねこに名前をつけなくては。何にしよう。そうだ、独身の僕が一度言ってみたかった言葉を名前にしよう。

『おまえ』

 なんて名だあ。でもこれに決定。


 それから、おまえはよくなつき、僕もおまえをいとおしく育てた。その頃からだった。僕は咳が出たり、息が苦しくなったりした。そしてある日、呼吸ができなくなり、救急車で運ばれた。

 僕は気管支炎か何かが悪化したんだと思っていた。しかし、医師は、

「アレルギー性の喘息です。動物とか飼っていませんか?」

といった。えっ、おまえ、おまえのせいなのか?

 僕は悩んだ。おまえを処分すれば、アレルゲンがなくなるから、呼吸困難の苦しみからは解放される。だが、そんなことは倫理に悖る。『ペットはその最期を看取るまで』飼うことが正しいことだ。それに僕は、おまえが愛おしい。捨てることなんてできない。だから決めた。たとえ体に悪くてもステロイドの吸入剤を吸い続けるのだ。そうしておまえと生き続けるのだ。猫の寿命は十八年くらいと聞く。それまで、僕も必死に生きるのだ。

「すべて、おまえのためだ」

 と言って頭を撫でると、おまえは、

「にゃー」

と惚けた声で泣いた。

 僕はねこと心中することにしたんだ。 

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