足柄山の熊

 足柄山の山奥でマサカリ投法を、村田兆治氏に仕込まれた金太郎こと、坂田金時はプロ野球の入団テストを受けるため、村田氏がかつて所属した川崎アポロンズの後継球団、舞浜ランボーズ宛に紹介状を書いてもらい、熊にまたがり、はいしどうどうと街に出た。

 突然の熊の出現に街の人はびっくり仰天した。早速警察が来る。

「君、熊を野放しにするとはどういうことだ!」

 警察が注意する。手には拳銃を持ち、動物園関係者が麻酔銃を用意している。すると、金時でなく、熊が喋った。

「おらは、熊じゃねえ。人と熊のハーフだ。住民登録もされているぞ」

 これには警察も驚いた。

「ならば、歩道を歩きなさい。他の人の通行の妨げにならぬように」

 警察は引き下がるしかなかった。


 三日後、舞浜スタジアムにたどり着いた、金時一行は監督の千葉秋胤に村田氏の紹介状を渡した。

「ふむ、鄙にはとてつもない大物がいるという。マウンドで投げてみなさい」

 千葉が金時に促した。

「では」

 早速、投球練習を始める金時。

「ウォー」

 見物していた選手達が唸った。往年のマサカリ投法そっくりだったからである。しかし、

「スピードは160キロ近く出て、申し分ないんですが、いかんせんコントロールが」

と投手コーチが嘆いた。

「よし、それでは育成ドラフトで指名しよう。ところで、そこの熊。お前、バッティングはできるか?」

 千葉監督が熊に聞いた。

「おちゃのこさいさいだ。金太郎の球をホームランしたこともあるだ」

 そう言って熊はバッターボックスに入った。ヘルメットが小さくて入らなかったので、代わりに大鍋をかぶった。

「熊ごときに何ができる」

 打撃投手が直球を投げ込む。

「ちょろいだわ」

 熊は軽くバットを振った。球は場外に消えた。

「こいつはもうけものだ!」

 千葉監督は熊に飛びついた。


 その年のドラフト会議。舞浜ランボーズはドラフト一巡目に、

『足柄熊 推定八歳 無職』を指名した。どこの球団も知らない、無名選手だ。報道陣は色めき立った。早速、千葉監督に質問する。

「まあ、入団発表をお楽しみに」

 千葉監督はお茶を濁した。


 その入団発表。熊は颯爽とユニフォームを着て現れたが、新しいマスコットの着ぐるみと間違えられた。それが違うとわかると報道陣は動揺した。

「熊を選手登録できるのですか?」

「彼は熊と人のハーフだ。住民登録もされている立派な人間だよ」

「でも両手両足の鋭い爪。他チームの選手に怪我をさせるんじゃないですか?」

「彼には手袋とスパイクを着用させます。それに温厚な性格だから人を傷つけません」

「熊選手。何か一言?」

「山に帰りたいだ」


 結局、熊はホームシックで山に帰った。ドラフト一位を棒に振った舞浜ランボーズの首脳陣は、

「くまった、くまった」

と頭をかいた。

 

 金太郎こと、坂田金時は野球を諦め、大相撲の名門、日本海部屋に入門してのちに『日本海四天王』と呼ばれる強豪になる。酒呑山を下したことで有名だ。

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