魂を持った自動車の話
僕は彼女に恋をしている。彼女はいつも僕をピカピカに磨いてくれる。僕は彼女の初めてのボーナスで買ってもらった軽自動車だ。僕の使命は彼女の運転の安全を守ること。そのためには車の世界のルール違反だけれど、彼女の運転に手心を加えてやることだ。彼女はおっちょこちょいだから赤信号をすぐ見落とす。そんな時、僕はそっとブレーキをかけてあげる。パーキングエリアで駐車に苦労している時は後輪の角度をちょっと変えてあげて、駐車しやすいようにしてあげる。スピードを出し過ぎの時や、坂道発進の時も手助けをしてあげる。一番危ないのは一時駐車のし忘れと、交差点の右折の時だ。彼女はすぐ、テンパってしまうから、僕が上手に導かないとダメなんだ。
一度彼女が事故を起こしたことがある。それは軽い接触事故だったんだけど、乗っていたのはパパさんの車で、僕じゃなかった。僕に乗っていればそんなこと起こらなかったのに。浮気するからいけないんだよ。
でも、いいさ。彼女の一番のお気に入りの車は僕だもの。いつもブラシで洗車してもらっている時が僕の最高に幸せな時さ。
でも、楽しい時は長く続かない。彼女とお別れの時が来たのさ。その日はいいお天気で僕はうっかりウトウトしてしまって居眠りしちゃったんだ。それがいけなかった。気が付いたら僕は反対車線に出ていた。なんと、彼女も居眠り運転しちゃっていたんだ。前方からは大型のダンプカーが迫っていた。慌てた彼女はブレーキをかけちゃったんだ。スリップする僕。その時、思ったんだ。
「何としても彼女を守る」
ってね。僕は必死に車体を回転させてダンプカーが後部側にぶつかるようにしたんだ。ギシギシって僕のお尻の方からすごい音がして体がつぶれるのを感じた。僕はエアバッグを膨らまして彼女を包み込んだ。
幸い、彼女は軽傷で済んだけど、僕は廃車になることに決まった。今、僕は処分場でスクラップにされるのを待っている。体は粉々になり、僕は天国へ行く。自動車天国なんて言って、からかわないでおくれ。僕は今、最高にいい気分なんだ。だって、恋する人を守れたんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます