第47話 「主義者」という傾向の強制 #戦争 #平和 #心理学 #哲学 #とは #定期

いわゆる「主義者」という傾向の強制に対する反発からの開放としての目標設定


右派左派といった「主義者」といったパターン分けが行われることが多い。これは政策順序の違いや傾向による色分けや、資本主義対社会主義といった社会構造論などによる。


これらはつまるところ、社会という人間の集団全体の思考パターンと行動パターンの全体の統一性を持たさせよう、その為に個々人の思考行動パターンの画一化を持たせようとする試みである。


そしてここが主義主張を持つということが人々の支持を失っていった根本構造なのだが、自分以外の他人に主義主張を持たせようという事は、他人にある思考パターンと行動パターンを適用するようにするということであり、そしてそれを他人が拒否するときは、人は他人に対し暴力を持って強制しなければならなくなる。同じ主義主張という思考行動パターンを他人に持たせられなければ、同一の思考行動パターンの下に集団が機能しなくなることを意味する為、集団化の効能が発揮されなくなる為、主義者はより暴力的に同一の思考行動パターンを他人にとるように求める。


集団内ではより比較優位に立つ者がより多くの便益を得る。そして集団内の比較優位者はより少数になることが多く、それ以外のものは比較優位者に比べて便益を得ることが困難になる。もう少しきつく言えば不利益な立場になってしまう。


主義者が主義主張を掲げて集団化を図ろうと他人に訴える行為は、それ以外の人からすれば、「自分たちを搾取する集団構造を新たに作ろうとしている」と映る。


70年代などに比べて、現在は主義主張を持つということが「ダサい」「格好悪い」という言われ方をするようになったのは、このような構造による。(いわゆるカッコいい、悪いという概念の効能とは、このような主義主張という構造の持つ潜在的危険性に対する庶民的な拒否反応であり安全弁の機能を果たしているとも言える。)


そこで筆者は「思考行動パターンの画一化」を他人に求めるというアプローチではなく、人間の思考構造に基づく欲望における目標の設定と適格化という人類全体の共通構造に基づいて、人類全体が暴力を必要としない自発性に基づく人類全員が同意できる目標の設定をする、という事を考え、その適格化された目標として


全人類全ての苦しみの解決を目標とすること


つまり

全人類全ての欲望不適格条件を適格化する事を目標とする


という目標を全ての人が自覚的に持つ時、人類全体の思考行動パターンから、他者への強制の必要性の削除、つまり暴力の自発的停止、その発生の停止となる。そして暴力の最大化としての戦争の発生の停止。


これが全人類全ての永遠平和を確立する方法である。


全人類全ての苦しみの解決を目標とすることという目標を全ての人が自発的に目標とするときには、全ての人と人との根本関係において、「あなたと私の全ての苦しみを解決します」という相互保障関係が原則として成り立つことになるため、相手を苦しめようという関係性が消える。また比較優位性を相互対立によってより優位にしようとする関係論から、相互能力の協調による相互の苦しみの解決に向かうという関係論になるため、根本的相互保障関係として確立される。それが関係上の暴力による比較優位性の確保という構造を消し去る為、暴力の発生の必要性がなくなり、暴力の最大化としての戦争という関係論も生じなくなる。よって全人類全ての苦しみの解決を全ての人が自発的に目標とする時には、全人類の永遠平和が確立される。


解りやすく言うと、「全人類に全人類全ての苦しみを解決することというプログラムを埋め込めば、その目標に対して思考と行動が適格化されていく」という世界が生まれれば、お互いを苦しめようという行動は全ての苦しみの解決という目標に反するから否定される。暴力も抑制されていく為、全世界は平和になる。


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