鏖都アギュギテムの紅昏

バール

一回戦第一典礼『外道ノ滅却/拳殺原理』

 一回戦 第一典礼

  狼淵ロイド・ザラガ

  罪状:荘園逃亡。大逆罪。等族殺人。

   対

  淆鵺マヌエ・ホーデドリウス

  罪状:多数の臣民の誘拐、監禁、虐待、改造、強姦、殺害、遺体への自涜。


じゃんザン――」

 床を蹴る。敵手を睨みつける。

 肩が風を切る感触。

けんクェン――」

 渾身の力を持って踏み込む。大地の底に衝撃が伝わる。そこから霊威を帯びた力が反響してくる。

 踏みしめた脚に到達する。膝、胴、肩、腕へと力が伝播してゆく。

 そして指先に至った瞬間、破裂しそうなほどの熱と圧力が発生する。

「ほい!」

 手を突き出す。指先の熱が解き放たれ、物象と化す。

 敵もまた同じように手を出していた。

 自分の手は、人差し指と中指を突き出し、残りの指を握り締めた『チョキ』の型。

 相手の手は、すべての指をぴんと伸ばした『パー』の型である。

 ――勝った。

 狼淵ロイド・ザラガは、胸中に苦い感慨をしまい込む。

 相手の姿を凝視した。

 眼に焼き付けるように。

 まるで赤子のような顔だった。母親に抱かれて無邪気に笑っているような、屈託のない表情。

 顎の肉がたぷついて、顔の輪郭を覆い隠している。不健康な肥満体だ。

 瞬間――その顔が、ぐにゃりと歪んだ。まるで凹凸のある鏡に映った像のように。

 めきめきと骨が砕ける音。

 そして、もたらされる結果を思えば軽すぎる音とともに、

 灰色の脳や、血にまみれた頭蓋の破片が、狼淵の顔に当たる。

 あとに残されたのは、顎から上がごっそりと吹き飛ばされ、もはやいかなる表情も浮かべられなくなった敵の姿である。

 白日の下に晒された舌が芋虫のように蠢き――次の瞬間、全身がゆっくりとくずおれた。

 二、三回の痙攣ののち、完全に動かなくなる。

「典礼、かく成就せり! 勝者、狼淵・ザラガ! ますらおに誉れあれかし!」

 横で立会人を務めていた餓天法師が、典範に従い祝詞を唱えると、

  ――誉れあれかし!

   ――誉れあれかし!

 全方位から、無数の人々の唱和が返ってきた。

 次いで、爆発的な歓声。

 狼淵は深い吐息とともに肩の力を抜き、顔に付着した人体の破片をぬぐった。

 にちゃり、と湿った感触。胃の腑が苦しげに蠕動を始める。

「クソ」

 ――まずは、一人。

 勝ち抜き方式なのだから、あと三人殺せば良いわけだ。

 三人。たったの三人である。

 しかも、どいつもこいつも死んだ方がいいような極悪人のクズばかりだ。良心の呵責を覚える必要などまるでない。

「クソ、がっ!」

 狼淵は毒づくと、ついに耐え切れなくなって嘔吐した。


 ●


 じゃんけんザン=クェン

 創造主たる宇宙蛇アンギス・カエレスティスが持つ八つの位格のうち、物象に関わる三つを用い、万物流転の有様を再現する祭儀なり。

 すなわち、『パー』、『無機物グー』、『チョキ』の三つを指の形で象徴的に作り出し、勝敗を決せり。

 敗れたる者は祭儀の霊威に当てられ、現世の万象と等しく、ただちに滅び去るなり。

 古来より神明裁判などの形で臣民たちの暮らしに関わりしも、異律者サテュロスの台頭とともに「闘いの手段」としての側面を強めり。こんにち、じゃんけんザン=クェンを中核に据えた武術がいくつも興り、〈帝国〉における崇武の気風はますます烈しくなってゆくなり。

 この流れは止まるまい。

 全人類の悲願が成就し、異律者が滅びるその時まで。

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