6-2 “猛火咆哮”

『獣の牙一つで何ができると言うの……』コウの怒りも虚しく、再び、ムゲン・シグマを突き通す音。レイスィクル・オリジンだ。

「人から盗み取った剣ひとつで何ができる?お前の本当の武器はなんだッ」ジンの冷酷な声音。

『これは私の剣よ……私は「強欲」だからさッ』

「ならば喰らわせてやると言っているんだ!!お前が望む、レイゴオウの限界……ユイツブキの境地をッ!!」


『心変わりしたわ……私はレイゴオウの存在を認めない……許可しない!! 貴方達の美学を木端微塵に吹き飛ばしてやるッ!!!貴方が離れた時が最後よ……全てを喰らってやるわ、それが私に取って途轍もない喪失を生む事となってもね』

「その決意や良し!!!だが安心しろ、貴様を後悔させはしない……そこをどきやがれッ!!」ジンが叫んだ途端だった。レイゴオウの内側から、口射ビームと同じ色の光が煌めき、放射状に外に漏れた!ムゲン・シグマの刃は光と共に先から砕け散り、四散した。

 その爆発は、腕にまで至り。

 ムゲン・シグマがそれを復元させようと肩部を光らせた時。

 レイゴオウの口射ビームが、地面を走り。

 閃光。

 明滅。

 ムゲン・シグマの肩部は、下から上へのビームの薙ぎによって、破壊される。

 爆散。

 黒煙。

 赤い単眼が、混乱したように動き回り。

 ムゲン・シグマの両腕は完璧に封じられる。


「これは俺の予想だが……『それ』で、空間を食らう能力も使えなくなるのでは——?」

『いい線突いてるけど、外れ、よ……ちょっと「喰う」座標が不確定になるだけ……しかし、スター・ロマンサーを背後に控えた状況では乱射というのは良い判断とはいえないわね』

「祈るがいい……ノボル、行くぞッ!!」

「!!」


 その時、ジンの意思に反してレイゴオウのバーニアは火を噴き、右に移動した。ムゲン・シグマが前触れ無く射出した透明球が、レイゴオウを呑み込もうとしたからである。


「ノボル!すまんッ……くそッ、アイツが『心変わり』してたって事を忘れていた!!」

「自を押し通すためなら母船をも飲み込むくらい他愛無いっていうのか……ッ」

「だが照準は定まっていないはずだ!突っ込むぞ、ノボル!!」

「わかったッ!!」


 勇気に裏打ちされたノボルの響きに、微笑するジン。

 バーニアを吹かし、猛然と突っ込むレイゴオウ。

 その周りを無数の『透明な球』が生まれては消えていく——

 

『来るんじゃあない……ッ 零距離なら狙うも何も無いんだってのよ!掻き消してやるんだから!!』

「かき消されん……」

『消えてしまえよ!!』

「俺達はッ」

『私に』

「まだ共に、やらねばならぬ事があるッ!!」

『これ以上「触れる」なアアアアアアアアッッ!!!』


 有無を言わせぬジンのの叫びとコウは、距離を縮め。


「「必殺!!アンコントローラブル・クロス!!!」」二人が同時に叫んだ時——


 ムゲン・シグマに接近し続けるレイゴオウの刃は、発光し。

 腕から伸びたままで、

 それが十字に交わり。

 刃の光は、眩さを強め。

 十字色の黒い光が。

 一瞬、全ての景色がモノクロになる感覚と共に。

 ムゲン・シグマの胴体に張り付いた。

 光は、レイゴオウのクロスした刃から「放たれた」のだ。

 ジンもノボルも全てを理解したままで、

 ムゲン・シグマに零距離にまで接近し、

 彼らは、頭部を打ち付け合った。

 

 『残念ね』不敵に笑むコウ、という幻想。『その十字色の印が何だか分からないけれど、こうして貴方達は私に貴方を「喰らう」時間を与えた……貴方達の負けよ』


 ムゲン・シグマはせせら笑う様な声を辺りに響かせながら、その単眼を赤く発光させた……その時だった。


『——な、何?』


 コウが低い声音を濁らせた理由はひとつだった。『自らの機体の身体の動きが鈍くなり、次第には完全に停止したから』だ。


『何よ、これ……ッ!』


 レイゴオウのテール・スイングが、ムゲン・シグマの腹部を正確に狙い撃つ。ムゲン・シグマは前屈みになったまま、まるで糸で引かれているかのように後方へ吸い寄せられ、レイゴオウとの距離を離す。


『どうして……ムゲン・シグマは疑似エーテル機関を使用していない、正真正銘のホンモノよ、電源が切れるワケは無いし、致命的ダメージを中枢部に喰らった痕跡も無いというのに……ッ』喉を絞る様にコウは呻く。『アンタ達、何をした!!』


「お前の時間を止めたのさ」冷酷に言い放つジン。「お前のガイタスの中に流れるエーテルG1の流れを完全掌握し……その流れを『完全に』止めた」

『エーテルG1的相対性理論!!』雷に打たれたように驚愕するコウ。『確かにエーテル流を完璧に停止する事が出来れば、それはそれを血肉にする「機体」の中の時間ですら影響を与えると言う……それにしても……「完全に」止めた、ですって!?そんな事、ありえないわ!!!』

「ありえないとはこれを見てから言うんだな……ノボル!時はいい加減とうとう来たッ!!!」

「とうとうやるのか」息を呑むノボル。


 胸を反らして高い雄叫びをあげるレイゴオウ。低く震わせたような声音が、周りを包み込む。


「「解き放て我慢!!!」」


 二人の叫びと共に、レイゴオウの刃は白く、眩く光り出す。

 黒い回路の様な模様がその刃の表面を走る。

 0.3秒ごとにその模様は切り替わり。

 ムゲン・シグマに刻まれた十字の光と連動し、光る。

 その背鰭も同じパターンを繰り返しつつ、明滅する。不規則なリズムで。


「ぐうううううジンッ、焼き切れそうだッ全てが!!!」

「負けるなノボル!死を覚悟し、生命を懸けると決めたのならば……集中だッ!!」

「集中……!?」灼けた針で全身を貫かれながらも、ノボルはジンの言葉を咀嚼する。

「そうだ!!たとえ喜びと興奮と痛みに包まれようと!誰よりも冷静に奏でるメタルバンドの様にッ!!」

「ジン……」

「「うおおおおおおおおッッッッ!!!」」


 ジンから——

「たった二つの思いを分かち」

「奏でるは喜びの歌」

「命の輝き・太陽を」

「掴んだあとの苦しさよ」

「鼓動の高まり内・破り」

「この身が露と消えようと」

「熱き思いを忘れはしないッ!!」

「「真・必ィィィィィィィッ殺!!!」」


 レイゴオウの刃は再びクロスし。

 今度は空間を打ち破る。

 十字のカタチに、

 破られた空間はドス黒く。

 星のカタチへと広がっていく。

 

 レイゴオウを内から破りそうなエネルギーが、

 口から洩れ——


「「レイクロス!フラァァァァァァッシュウゥゥゥゥゥゥ!!!!」」


 閃光。

 一筋の光が。

 生まれ出た十字を突き破り。

 更に太い、光の束となる。

 いや……

 2つの閃光が、螺旋を描いているのだ!


 黒と白。

 ぴったりと絡み合い。

 光は伸びて。

 ムゲン・シグマにとって、それは光の海。

 見よ、身動きが取れなくなった機体の全てを包み込む!

 悲鳴。

 爆裂。

 火炎。

 広がりは、空中で停止し——


「時間解除!!!」ジンの叫びと共に、それは一気に広がった!!

声にならないコウの叫びと共に……

 沈黙。

 沈黙。


「やれたのか……信じられない」


 やっと言葉を吐いたノボルの呼吸は速くなっていた。はち切れそうなほどの鼓動の高まりが彼を包んでいた。


 ムゲン・シグマを飲み込む炎が晴れた時、装甲が剥げ生身の姿が顕わとなった人型怪獣の姿がそこにはあった。翼など骨組だけの何かになっていて……身体の半分は最早焼け焦げ、黒いモノとなっていた。

 重たげな黒煙をも風と共に消えていけば……ムゲン・シグマ(であった、何か)はよろよろと、辛うじて残った2つの足でスター・ロマンサーの方へ走り出した。それは、洞窟の方角でもあった。その苦し気な背中は、もうコウに残された「時間」の少なさを語っていた。


 結局の所何が彼を駆り立てていたのか……ノボルの中は勿論興奮に満ちていたが、顔さえも見れなかった敵の真意……それをくみ取る事は出来ないだろう、それだけが心残りだった。


「待てええいッ」


 追おうとするレイゴオウの足を、ノボルの意思が止めた。


「!?」

「もういいんじゃないか」ジンの方を振りかえらず、考えを口にするノボル。

「ノボル……また邪魔するのか!?」

「ガイタスそのものだって、もう持たないだろう」

「……ッ」ジンがレバーを握る腕を震わせた、その時だった。

 

 爆撃。

 レイゴオウの頭部目がけて。

 それは、空中戦艦スター・ロマンサーによるモノだった。


「ちゃんと機能していたのかッ」

「ノボルッ迎撃だ!『乱れ撃つ』!!」

「!……わかった!!」


 胸部展開。

 厚い装甲の内側から射出された無数のミサイルが、何百メートルも離れたスター・ロマンサーの付近で爆発——爆炎の波がその姿を覆う。


「やったのか」確認するノボル。

「いや、そうではない……レイゴオウのミサイルは貫通して爆発するタイプだ、今の爆発は『船を巻き込んだ』モノでは無い」


 炎の波が晴れた時、スター・ロマンサーは透明な球形——バリアで身を守っていた。常套句だな、とノボルは思う。その巨大な空中戦艦は影をぼやつかせたかと思えば、回頭を始め、そして……消えようとしていた。光学迷彩だ。


「逃げんなあアアアアッッッ」


 ジンの叫び声も虚しく、スター・ロマンサーは、完璧に見えなくなった。如何なる追求の届かない所へ。


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