第陸話
6-1 決戦・ヒトガタの王
森林一帯は濃い霧に包まれていた。
その原因は、レイゴオウにやられ生身でその場所に逃げ込んだ一人のキラビト——レイには、見当もつかなかった。遠くでは2つの巨大な怪獣がぶつかり合っている真っ最中。その音が遠くからの雷のように木霊となって響き合う空間を、バドはは太い樹木伝いに歩いていた。とにかく仲間のムゲンを見つけて自分の身体を回収してもらわねば、という気持ちで不安で一杯な道なき道を進んでいる時だった。
その時、遠くから聞こえる生身の人間の声が、バドの足を立ち止まらせた。否、2つのモノがレイの足を立ち止まらせた。目の前に倒れていたのは人型ガイタス、ムゲンの「断片」——分かれた四肢の腕の部分に相当するモノで、分かれ目には「食いちぎられたアト」がある。体温がすぐに低くなった所で、バドは振り返る。霧の中を駆けてくるキラビトのシルエット、それはモンドウである。いつだってユルい彼の取り乱し様に、どうやらただごとではないとバドは推察する。
「よお相棒、どうした?」駆けてくるモンドウにバドは訊く。
バドの元に辿り着いたモンドウは、液体になってしまいそうなくらい脱力していた。
「どうした」息を整えるモンドウに、バドは再度訊く。
「逃げよう、バド」
「なんで?」
「恐ろしい怪獣がいる!」
その姿を思い出したかのように身震いするモンドウ。つまり、彼はそれを見たらしい。彼の言った言葉に棒立ちしていたバドの身体がビクと波打ったのは、彼が「怪獣」と言ったからだ。勿論「怪獣」がこの場所にいるという事自体は知らされていた事だったが、それでも「怪獣」という語感に慣れなかったのだ。
「俺達食われちゃう?」バドは間抜けな声で言う。
「ああ、食われるともさ……それも奴は大口開けて食らうワケじゃない、奴は大きな尖った『足』で人間を掴み、生き血をすするだろうよ、あああ恐ろしい」
「アイツらや艦長が何とかしてくれたんじゃないのか」
「見ての通りさ」モンドウは、叩き潰されたムゲンを目で指し示す。
「全滅か?」
「あるいは、な……いずれにしろ、ここから逃げなければ! 俺達が今スゲーデンジャラスな立ち位置に居るって事はまちが——」
モンドウの声は、背後からその服の裾に噛みつく牙、持ち上げる生々しい口によって遮られた。怪獣だ!
「あああああん゛」
情けない声を霧の中に残し、モンドウは持ち上げられ、そして見えなくなる。森林の奥へ。そして——霧の中から出でたるは、巨大な生物の頭部……
怪獣が全体の姿を現せば、バドは全てを理解する。先程モンドウを捕らえ持ち去っていったのが頭部だとバドは思っていたが、その認識は間違っていた。それは、巨大な生物の足——牙に見えたのは、足についた細かなヒダに過ぎなかったのである。六本ある足の一部は宙を浮いていて、モンドウの抜け殻、戦闘服の切れ端がヒダに付着していた。食われてしまったか——息だけが激しく動いたままで、バドが其の場で動けなくなっていると、怪獣の後方から、その尻尾が飛んできた。その切っ先は、鋭い剣のようになっている……
「あああああん゛」
情けの無い悲鳴が、再び森林の中に響き渡った。
「ノボル!やったな!ついでにあのクソデカイ船を爆破させてやれと言いたいトコロだったがそれは仕方ない!!」
コクピットの端で団子状になった二人の男は元のシートに座り直した所で、気を取り直していた。
「ところであの女を助けに行ったんじゃなかったのか!?」
「森にでも落ちてるよ……あてて」
「そうか、ひとまず脱出成功、というワケだな——だだ森からもただならぬ怪獣のモノと思しき気、略して怪獣気を感じる」
「えッ?それは心配だな……ガイタスだとすれば、ホノカ一人ではまたこの前みたいな事になる」
「早く迎えに行かねばな、だが……その前に」
ノボルとジンの目に映るは、黄金の光を纏った黒色のヒトガタ怪獣。
「少しペースが早いが、ここで決着をつけさせてもらうッ!!」
『という事は……見せて、もらえるのかしら』妖艶な声でスピーカごしに呟くコウ。
「フン、まさか受けて立つ気か!?」
『それではちっとも面白くないわね……私はただじっとしてスバラシイモノを待っているという状況が、何よりも嫌いなのよ』
ムゲン・シグマの腕が持ち上がった。すると、どうだろう……めくりあげられた地面の断片、無数の石や岩が宙に浮かび、ムゲン・シグマの上、40mほどのあたりにまで持ち上がっているではないか!それらの無数がどうなるか、ノボルには予想できた。それは無慈悲な自然の弾丸と呼ぶべきモノだ、とノボルは思う。
「!!……」ジンも歯を軋ませてそれを睨む。
『ちなみに重力操作の起源というモノはね、このような特殊な鉱物と鉱物をすり合わせる事によって生じるモノだったのよ……すり合わせる向き、角度によってそれは調整され、人は自由自在に空を飛べる事すら叶えたというワケ、私の場合はこの具現化された腕の中でその鉱物に近い物質に「変質」したエーテルG1の結晶が反応しているのよね、「彼女」と同じように』
「ホノカもそうなのか!?」驚くノボル。
「そうか……人間の小さな腕に結晶を埋め込むよりは、ガイタスの腕に大きな結晶を埋め込む方が絶大な威力を発揮するよなッ……!!」悔し気に言い放つジン。
レイゴオウは前屈姿勢になって、両腕にシールド代わりのレイスィクル・オリジンを構えた。しかし——
『ノロマにはムダなことッ!!!』
その言葉の通りだった。浮いた無数の石や岩は、レイゴオウに雨となって降り注ぐ。レイゴオウはそれを避けきれなかった。鈍重な身体はレイスィクルでその弾丸を振り払う事すら叶わず、ほぼ全ての攻撃をしっかりと受け止めてしまう!無数の破片が刺さる痛みに、苦痛の声を漏らすノボル。だが、ジンは唸り声にとどめ、必死にその攻撃を耐えていた。
『手も足も出ないというのも困るわねッ』
バーニアで急接近するムゲン・シグマ。レイゴオウの太い首を伸縮自在のハンドで掴み、見下すような赤いモノアイの光をその瞳に投げる。
『本当にどうしようも無いずんぐりむっくりね……それに、不必要なモノを固め合わせたようなその見た目!安易に「足して飾る」ことに囚われ、「削る」美学を失ったモノのなれの果てだわ、そのガイタスは』
「そのクソお喋りな口を閉じ……ぐああああああッ」ジンが言い返す途中で叫んだのは、ムゲン・シグマの「レイスィクルをコピーした刃」が、レイゴオウの肩の生体部分を突き通したからだ。
『説教を最後まで聞かないでお喋りしてる悪い子ちゃんはどっちかしら?このムゲンの美しいカタチを見なさい、不要なものを消して、最適なものを選び取ったこの美しい姿を』
がっしりと動かないレイゴオウに刃をねじ込むムゲン・シグマ。
『……ちょっとオーダーの関係で個人的に気に入らない改造をしたコトもあったけどね、本来ガイタスとは、こういう美しさを持ち合わせるべきであるモノなのよ』
「……がう」震えるノボルの唇。惑っているような。
『さあて、この距離では空間を喰らう事も出来ないし……じわじわとなぶらせてもらおうかしらね、そして貴方達の「必殺技」とやらを極限状態で引き出させてあげる』
「違うッ」呟くように言うのは、ノボルだった。
沈黙。
嘲笑。
『今のはガキのこ』
ガシリという音が、コウの声を遮った。ムゲン・シグマの左肩を喰らう猛獣の牙——それは、レイゴオウのモノだった。首を掴む腕をすり抜け、否、腕ごと食いちぎって、レイゴオウはそれに到達したのだ。左肩部は左腕を「具現化させるユニット」が含まれているので、ムゲン・シグマの左腕は完璧に消滅した。
「レイゴオウは『デザイン』じゃない、『ファイン・アート』だ……不要な飾りつけじゃない、全てレイゴオウの素の肉体を活かした美しい造形だ!」
「ノボルッ」感極まり涙ぐむジン。
『それでも、私の美学を……排他するワケにはいかないッ!!』
片方の腕だけで執念深く歩み寄るムゲン・シグマ。距離を離して空間を喰らう方が早いであろうに、その発想はコウの頭からはおそらく完璧に消えている。拮抗し合う2つの力が旋風を生み、近く道路を裂けた口から軽いパネルのように押し崩してしまった。
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