5-6 破壊者

 イツキの鈍重なガイタス、『アビンドス』は自らの身体を鎧ごと地面に叩き付けるという方法で、サソリのカタチをした歪な怪獣を押し潰し、既にその半数以上を駆逐しきっていた。全てを処理しきるのも時間の問題——

 

 そのはずだった。だが、数の少なくなったサソリ怪獣は、新たなコトを始めた。仲間との「結合」である。「2つが一つ」へ、「4つが一つ」へ、といった具合に……怪獣たちは、気味の悪い音を立てながら、お互いの身体を前後の突起物で取り込みあい、「連結」し始めたのだ。それは屍も含めて、である。生きた怪獣に繋がれた死の怪獣は糸で釣った人形の様に動き出し、生の紅い炎を目に灯らせた。見よ!一つになりゆく身体は、巨大な蛇の様な恐ろしいシルエットを浮かべ始めていた。


「厄介なコトし始めた……」イツキは呟く。

「どうするんだ、イツキさんッ!!」他のムゲンに乗ったキラビトの悲痛な叫びがイツキに通信として飛び込んでくる。

「何とかしてコイツらの『合体』を止めるんだ」


 イツキの指示に従い、フォーメーションを組み、テスラガンで一斉掃射にかかるムゲン達。だが、怪獣は個体だった時の様には、最早攻撃を受け付けなくなっていた。個体だった時の殻を繋ぎ合わせてさらに歪で巨大な殻を作りだし、個体(だった)どうしの繋ぎ目はそのまま、最早一体となった怪獣の関節となった。その蛇の様な怪獣には新たな頭部が生まれ、既にその全長は200mを超えていた。


「『怪獣』、か」


 額に青筋を浮かべるイツキは、木々を吹き飛ばしながら地をのたうち回る長い龍を睨みつけた。

 洞窟をバックに浮かび上がる恐ろしい影に、ムゲン達は何も出来ずに動けなくなっていた。しかし、大蛇は容赦しない。けたたましい音と共に尻尾を振り払う事で今、幾つものムゲンが悲痛な叫びと共に吹き飛ばされた。


「——馬鹿野郎!動いて避けろよッ」


 一体一体の安否を確認している暇などないと、イツキは舌を打つ。アビンドスは鎧を青く硬化させ、大蛇を睨みつける。その口が開けば、唾液混じりの唸り声が、次はお前だと言わんばかりの圧力を持ってアビンドスに吹きつけられた。その時——


 洞窟の入り口から、でてくる影があった。【艦長】とマレナだ。モニター内に映る【艦長】は通信キノウ込みの電子カードを握っていたので、イツキは直ぐにチャンネルを合わせる。


『お前が助けを求める声なんてモノは聞きたくねえから、俺が一方的に助けてやる』

「助けなんて求めてられるか!?艦長、そこも大蛇の『射程距離内』だ!!早く逃げて!!」

『……』



 しかし、イツキにも確かに余裕たるモノは無かった。既にアビンドスと大蛇とはにらみ合い、今の沈黙状態がいつ壊れ、大蛇が食って掛かるかは分からない、という状況だった。だがイツキは艦長の行動に括目しないワケにはいかなかった。【艦長】はマレナを洞窟の中に隠れさせ、一歩一歩と、大蛇に近づき始めたのだ。そしてああ、何ということだろう——【艦長】は電子カードを握りしめ、沈黙を切り裂く叫び声を、静寂だけが漂う空間で爆発させた。


「ムゲンシアァァァァァァッ起動ォォォォォォォッ!!!」


 それは【艦長】のガイタスが起動するためのパスコード。イツキはそれを思い出す。

 

 恐らく通信キノウを切っていたとしてもその声は克明に聞こえただろう、とイツキは思う。彼は空を仰ぎ、迷彩変色を解きその姿を現しつつある空中戦艦『スター・ロマンサー』を見た。大蛇もその唐突な大いなるモノの出現に目を奪われた。上を仰ぎ、スター・ロマンサーの「腹部」——ガイタス射出デッキから自動運転で射出されつつある真っ黒いガイタスを見た。そのガイタスは身軽さを重要視した甲冑を着こんだ2足歩行の爬虫類の様なガイタスだった。


 背中に背びれの様なカタチをした翼。

 頭のツノは三本。

 腹部に回転ノコギリ。

 腕は換装型。たった今両腕に、同じカタチをしたハンマーフックが取り付けられた所で、赤いゴーグルの様な単眼は星型に光り、スター・ロマンサーから「切り離された」。


 約100mほどの高さから落ちゆくガイタスの名は、「ムゲンシア」。

 ムゲンを元にしたとは思えない程、コウの手で「チューン・アップ」され、人型から爬虫類にも近いシルエットに「変異」したそのガイタスは、今土を捲り上げながら、轟音と共に着地した。


「【艦長】ッ」

『俺に任せろ』


 勇壮に歩く【艦長】を、大蛇は睨む。しかし、【艦長】はその速度を緩めるコトもしないで、歩き続ける。既に地に足をついたムゲンシアの下に彼が付き、ワイヤーガンでそのコクピットに乗り込んだ時、ムゲンシアは息吹を持った。その関節は滑らかに駆動し、ハンマーフックの腕を振りつつ、高らかな咆哮をあげた。


 咆哮の同じ高さに頭部があった大蛇は一瞬怯み、そして飛び掛かる。恐怖の顕れだ、とイツキは思う。そして——

 閃光。

 ゴーグルの様な単眼から、赤い光が発射。

 拡散。

 大蛇の身体のあちこちで爆発が起こり、その身体は苦しそうにのたうち回る。

 その隙を、【艦長】は見逃さない。

 ハンマーフックの先からワイヤーを射出し、大蛇の身体に巻き付け、切断。

 結合部では無い所で。


 そして見よ、ムゲンシアはその鈍重な身体を宙に浮かべる!!

 それを可能にしているのは重量操作のノウハウを詰め込んだ背中の小さなヒレ、否翼。そして足裏に仕込まれたバーニアだ。

 ムゲンシアは飛翔を繰り返しつつ、大蛇の肉体を……

 切断。

 切断。

 そして——

 ついには頭部に括り付けられるワイヤー。


 大蛇は最後の気力で咆哮し、ムゲンシアに喰らいかかった。

 だが。

 大蛇が喰らったのは、空。

 ムゲンシアは?


 宙を回り。

 ワイヤーを引き寄せ。

 落下。

 大蛇の頭部目がけて。

 落下——


 腹部の回転ノコギリが、それを掻っ捌いた。

 肉と骨を砕く音と共に、ムゲンシアは赤い液体を浴び。

 離脱。

 勢いの強い衝撃で、地を剥がしながら停止。

 その時にはもう既に、大蛇は幾つもの肉片に分かれ動かなくなっていた。

 ムゲン・アルファードの冷たい咆哮が、荒野とさせえられた森林の怒りをなだめるように穏やかに流れ、そして消えていった。

 それは、【艦長】なりの鎮魂歌だった。

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