5-5 未知との対話
洞窟の中で、【艦長】とマレナは「怪獣」が一匹残らず洞窟の外に出たのを確認して、岩の物陰から姿を現した。立方体の青い光は消えていたが、「星空」は青く輝いたままだった。
「それにしても、恐ろしいユイツブキだ……あれだけ居た怪獣の危機を一人の力で『回避』できるんだからな」【艦長】は立方体が破壊されたあとの石台に近付きかけたので、マレナもその後を追う。青い液体——それが変質したエーテルG1だと、マレナはようやく理解する——は輝きを失くしたまま地面に垂れていたので、それを踏まないように歩くのが大変だ、とマレナは思う。
「自分以外には、貴方のためにしか使いませんわ」
「ああ、そうしてくれ……他の人間は使い方を誤りかねん」そういう意味では無いのに、とマレナは思う。
「お宝、潰されてしまったのではないですの?」
顔を顰めたマレナが呟いた時だった。地面に飛び散ったエーテルG1が逆流し、再び四角形をカタチ作り始めたのだ。エーテルG1は螺旋を描き、透明な枠線をドローイングするように、曖昧な曲線から、直線へ。まるで人が其の場で描いているようで、機械のプログラムに依るモノだとは考えられなかった。
「この『プロテクト』は、その計算方法についての記憶が破壊されない限りは、こうやって復元される。今、その処理を『スター・ロマンサー』の方でやってる」
「という事は、コウは今船内に?」
「アイツは今、別の所で別の事をやってるよ」
「じゃあ——誰です?思いつかないわ……」
「ついさっき『気が合った』奴がいてな」不敵に笑う【艦長】に、マレナは目を走らせる。
「——」
【艦長】が捕縛した女の欝々とした顔がマレナの脳裏に浮かんだ時、復元された光る立方体は「ねじれ」始めた。枠線と枠線がこじれ合い、最早どの「辺」がどの「辺」であるかわからなくなるくらいになっている。
「解け始めたらしいな」
【艦長】が呟くように言えば捻じれはますます大きくなって、次第にそれが耐え切れなくなったのか、激しく振動しながら半回転ずつ刻みで回転し始めたのだ。前、後、後、右、前、左、右の順番で。そして……パチリという景気の良い音がすれば、その枠線だけの立方体はすぐに青い液体となって飛び散った。マレナは眼前を満たす異様さに圧倒されつつ、冷静にモノゴトを整理する。最後の「現実の物体が起こす挙動とは思えない回転」は最後の暗号だったのだ。彼女はそう推測した。誰かが遠隔で暗号を解く様子をリアルタイムで見せられていたのだ、と彼女は思う。
「ここに眠るのは一体何です?」
マレナが疑問を持った時だった。飛び散った青い液体がぴたりと静止し、再び螺旋を描きつつ、新しいカタチを作り始めた。魔方陣のような、大仰な円。石台と平行にそれは浮上し、その中心を貫く一筋の直線と共に、幾重にも縦に並べられた。その鑑賞無料の光のイリュージョンを【艦長】は感慨深そうに見つめながら口を開いた。
「これは、世界で最も高い位置にある、高度知性体と呼ばれるモノ」
『正確に言えば、その断片だ』
不意だった。目の前の円の集まりは老いた男性の声を示す音声波形表示システムとなり、全ての円が別々に拡散と縮小を繰り返し始めたのだ。
『僕のオリジナルは広く世界に、水のように澄み渡っている』
「なるほど、って事はお前を俺達のモノとしても、別に問題はねえって事だよな」未知の生命体に対して、【艦長】はたじろぐ事無く立っている。
『それは困るな。ここにある僕の断片は全ての自然現象と同期するための大切な役割を担っているし、僕自体は世界各地に配置された僕の断片によって成り立っている。一番困る点はと言えば、僕をこの場で破壊される事だ。僕達が一つでも失われれば、バランスは崩壊する』
「それが狙いさ」【艦長】はその手に剣を握り、目の前の『高度知性体』に向けてそれを突き立てていた。
『破壊に依る人心の掌握?……ではないな、その目に灯る、野に放たれたケモノの眼光』
「その古臭い言い回しはどこで覚えたんだよ、おいぼれ」
『一体何が望みだ、宇宙を渡る泥被り』
「破壊に依る人心の覚醒……俺はそのために邪の道を選んだ。お前の破壊が一つの到達点だ」
『それなら僕を標的にする必要はないだろう?リスクの少ない選択肢を選べば良いものを』
「今目の前にお前がいるんだ、お前をぶった切った方がはえーだろうが」
『なら、僕を持ち帰るが良い。君の助けになるように、プログラムの働きを優先させよう』
「なんだと?」
『ただし君が目標を達成した暁には、君は僕に食われる。達成の感慨無く消し飛ぶだろうが、それは仕方のない事だ。防衛プログラムを作動させないワケにはいかなくなるからな。まあ、それはどこにいても同じ事だが、君がその時に進んで近くに僕を置いといてくれるというのなら、色々と計算の手間が省ける』
【艦長】はたじろぎ、眉を潜める。それは、マレナが初めて見る表情だった。
『選択肢は限られている。それをお前に伝えるべき機会を探していたんだ——待っていたのだよ、君を。警告しなくてはならなかったのだから』
「俺の進む先には滅びしかない、だからヤメロってのか」
『君だとは言ってない。君を含めた、連れ添う全てのモノの行きつく先の同じ場所で、君は滅ぶが良い』
何よりも冷たく感情を持たないその声に、マレナが戦慄する時。洞窟の出口。外の森林の方から、ムゲンのスピーカ越しに放たれる悲鳴が飛んできた。
デンノウ空間にジャック・インしていたホノカの意識が元に戻った時、彼女の身体は狭苦しい、照明の落とされた部屋の中にあった。彼女は椅子に座ったままで数時間立っていたので、腰の痛みと疲れがヘッドホン型の没入システムを取り外した時になってどっと押し寄せてきた。数年振りの「没入」感覚に、喜びに包まれたホノカはものの数秒でいなくなり、地に足をつけてしまえる身体に対する息苦しさですぐに一杯になった。枯渇していたモノを一度に摂取するモノじゃないな、と彼女は思う。
椅子にもたれ天井の模様を気にかければ、埃がモニターの光に照らされた粒子となって舞っているのが見えた。それは今迄自分がデンノウ空間で見ていた、「自分だけの目標に向かって飛ぶパケットの断片」の動きにそっくりだ、とホノカは思った。彼女は没入の夢から覚めても、埋まらない穴に気付いて、目を瞑った。そもそも自分がジャック・インに囚われた理由そのものも、悪と正義を無理やり見つけてまで正当化しようとしただけで、「逃避」に依るモノだったのではないか、とすら思ってしまったのである。
その時、ノックもせずけたたましい音と共に、扉を開ける人間が。マスクと黒い戦闘服を着た男だった。顔は見えない。スター・ロマンサーの乗組員の見知らぬ一人である事はすぐに分かった。ホノカはSFチックな銃を携えるその男に、大人しく椅子から腰を浮かせて沈黙した。
「そこで何をしているッ」
「ああ、私は艦長さんに頼まれて」
「紋章を見せろ」
「え?」
ホノカはそこで認識を誤った。その言葉が示すモノがソラゾクの仲間の合言葉である事を彼女は知らなかったのだ。彼女は掌の「自分の」紋章を彼に見せた所で、再び捕縛され、自分の座る椅子に縛り付けられた。
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