5-4 山を食らう悪魔

 山から顔を出したレイゴオウは、待ち構えていた2つのヒトガタ怪獣に咆哮した。


「やはり見張りを置いているかッ」コクピットの中で、ジンは毎度のごとく叫ぶ。

「厄介だな」ノボルはウインドゥを開いてムゲン以外の敵影を確認する。ガイタスの殆どはこの索敵システムが常時作動状態となっていない、というのが難点である。だが、その分反応は良好。数キロ後方に迷彩変色した巨大な塊がある事には、すぐに気付く。だが、反応はそれのみ。


「厄介だがそれが好都合だ、ノボル!」

「どういう意味!?」

「あのガイタスを奪い取れば、迷彩変色した『母艦』にも無理なく潜入できるって事さ」

「味方を演じるってヤツ?そんなうまくいくかな」

「それは、お前が——」


 ジンの言葉を遮るように、弾丸の嵐。

 ムゲンが腕を前に突き出し、その五本の指に「テスラガン」がしまい込まれているのだ。電磁誘導で射出された弾丸は、「怪獣に対しても」絶大な効果を発揮するはずだが——


「無駄無駄無駄無駄ァァァ!!!レイゴオウじゃない生半可なガイタスに使う武器だよなァそれはよォォォォ」ジンはわざわざ音声をスピーカに切り替え、邪悪な雄叫びをあげる。


 砲撃はすぐに止む。テスラガンそのものが、連射の可能でないタイプだからである。レイゴオウの身体には傷一つついておらず、その猛進を止める術は無いと気付いたムゲンは、腕を下ろして棒になる。


「ほう……止めないのか!?では通らせてもらう!!」


 レイゴオウの猛進は、山の山巓を砕いた。

 スラスターから吐き出される火に助け出されつつも、50mほどの巨体は山を越える。その太い足ががっしりと土を掴む時、カルデラから噴き出す溶岩のような土埃が、震える大地から柱をあげる。ムゲンはたじろぎつつも、レイゴオウに飛び掛かる。巨大な生物の猛攻に、それより巨大なレイゴオウは何ともないような顔で、前屈姿勢の構えを取る。背びれと折りたたまれたレイスィクルは発光し、口からは溜まったエネルギーの光が漏れる——


「粒子加速機関の調子が良い……!地下都市の人達のおかげか!?」

「ああ、内側から爆発されないのが不思議なくらいの迸るエナジー!出すぞッ!!」

「「うおおおおおおッ」」


 閃光。

 放出。

 口から。

 青い光の束が、飛び掛かる一気目の「ムゲン」を貫きとおした。爆発の瞬間、ガイタスの絶対護命機構により射出されるコクピットをノボルは見た。

 続いて飛び掛かってくるムゲンに向かって、レイゴオウはテール・スイング。

 質量を持ってしなるぶっとい鞭が、ムゲンを腹部から弾き飛ばす。

 土をまき散らして回転するムゲン。だが、脚部から排出される炎がその姿勢を制御し、ヤツは正位置に向き直る。


「やはり、人型は速い……レイゴオウだったらああはいかないだろう」驚くノボル。

「そしてパイロット自体も、どうやら少しはデキる奴らしいなッ!!」


 咆哮し、木をなぎ倒しながらレイゴオウは進む。

 ドシン——ドシン——ドシン——

 体格差も体長差も、全ての格が歴然としている。

 これ以上の戦いは無意味と判断したらしいパイロットのコクピットが射出され、ムゲンの丸い単眼は光を失った。


「フン……諦めの早い奴め」

「捨てて逃げるなんて、アイツは大事にされていないんだな」ノボルはそのムゲンを見て、可哀想だと思う。

 沈黙し片方の膝を地面につけたムゲンにレイゴオウは近寄り、立ち止まる。

 索敵ウインドゥに目を走らせるノボル。レイゴオウに向かって、真っ直ぐに向かって来る敵影が映る。このまま敵が来続ければ、いつまで経ってもホノカを救う事は出来ないと、ノボルは思う。


「お前は先に行ってくれ、ノボル」コクピットの出入り口を解放するジン。全天モニターは消え、閉鎖された空間に自然光が差し込んでくる。「整備用スペースならオートマティック運転で母艦まで歩くぐらいはできるだろう……乗り心地は最悪だろうがな」

「待ってくれ、レイゴオウに君を残していくのか?」

「それしかなかろう……なんとか一人で操縦してみせるさ」

「……頼むッ」

「だが、必ず戻って来るんだッ」

「え?」

「完成させると言ったろ、二人の必殺技を」


 ジンの勇壮な笑み。コクピットの出口に手を掛けたノボルも同じ表情で応えた。








 ノボルがワイヤーガンでムゲンの整備スペースがある臀部にまで直接降下しその内部に乗り込む。それを確認した後でジンはコクピットの隔壁を閉じ、索敵ウインドゥに目を走らせる。近づいてくる敵影の速度は、ヒジョウに速い。……間違いない、「ヤツ」だ。ノボルが乗ったムゲンが「母艦」に向かって、ぜんまいを巻いた人形のようにのそのそと歩き始めて見えなくなった所で、ジンは其の場に取り残された様な不安さを覚える。目を閉じ、自分が『レイゴオウ』となってガシガシに動いている時では気付き得ない「風」を、レイゴオウの肌の感覚を通じ、「全身に」感じる。急速接近する「ヤツ」の気味が間近に現出した時——


 開眼。

 全身を振り。

 頭部から、「ヤツ」に突撃する。


「待ってたよ、アンタを」


 ジンは勇壮に満ちた笑みでその黒を基調として黄金色に輝くガイタス——ムゲン・シグマの赤い眼光を睨みつけた。

 レイゴオウは腕の刃、レイスィクルを展開し、ムゲン・シグマのコピーされた「右腕の刃」と火花を散らしていた。


『ああら……彼を行かせて良かったのかしら?』スピーカごしにコウの美声が語り掛ける。その声には、余裕がたっぷり残っている。

「そうだな……貴様が地に這いつくばる様子を見せられんかもしれん!非常に残念だ」

『私もソレ、見てみたいモノだわ?』


 離脱。

 間髪入れずにムゲン・シグマは刃を消し、次の攻撃をかける。三つの透明な球体がレイゴオウの背後——小さな山を飲み込み、次々に「そぎ落とす」。レイゴオウはバーニアで横に飛びつつ、その煌びやかな巨体との間合いを詰める。


「!!……お前にそのユイツブキを持たせてはならんって奴のようだな」

『分かっているわ、無自覚に狂気を孕む貴方のような人と同じにはしないで欲しいわね』

「何だとッ」


 閃光。放出。

 口射ビームがムゲン・シグマのすぐ横をすり抜けていく。

 外れた一発。二発。

 ムゲン・シグマを軸として、回転しながら。

 だが——

 彼がその手前に現出させた透明な球体によって、その光の束はかき消される。

 三発目も同じ。


 レイゴオウはしかし、その時を利用してムゲン・シグマとの距離を詰めていた。追い詰められゆくムゲン・シグマはポリゴンの様な透明な四角形が寄り集めて腕をカタチ作り。「重力四角」を射出。レイゴオウの身体を引き寄せ。

 二体の手はがっちりと組み合わさる。


『私は自分の「狂気」に対して自覚的である故に、理性があるのよ』

「お前の事などどうでも良いッ!俺は」

『貴方はその逆よ、貴方のガイタスのその姿がその顕れでは無いのかしら?』

「何を言って……ぐあああああああッッッ」


 ムゲン・シグマの突き上げる掌が、掴むレイゴオウの掌を突き破ろうとする。


『ガイタスとはANIMA——操縦者に合わせてそれは変質し、自分だけの必殺技、ユイツブキを手に入れる……貴方のガイタスにかつてなかったその巨大な刃は、この世の全ての他のガイタスに突き立てているような、執念の深さを覚えるわねッ』

「ああ、そうさ……貴様らキラビトが生み出してしまった業の塊を、この2つの刃で貫き切り裂く!!それまで俺は、狂気にだって身を委ねるんだよッ」

『それはいつか、大切なモノをも切り裂く刃に成り得るわよ……その行動に理性が欠如している内はね』

「お前はどうなのだッ!!お前の『欠如』は『何故狂気に身を委ねるか』、では無いのか!?」

『「サイコ」のノーマンに、犯行動機はあったというの?』

「!!……」


 古典映画からの出展に括目するジン。

 ムゲン・シグマがレイゴオウを上へ上へと持ち上げる度に、太い獣の腕は逆へと捻じ曲げられる。

 あと数センチでレイゴオウの関節が折られるという瞬間。

 レイゴオウの口から再び、エネルギーの束が放出され。

 ムゲン・シグマの腕は消し飛び。

 ポリゴンの塵が、辺りに四散する。

 飛び散る煌めき。


 ムゲン・シグマは身体を捻り。

 二つに分かれたテールのスイングが、レイゴオウの肩を叩き付ける。

 レイゴオウがその尻尾を掴み、

 その重たい図体を、バーニアの力も借りつつ軽々投げ飛ばせば。

 二機は離れ。

 別々の地面に足を付ける。

 

 赤い単眼で睨む変異獣に、レイゴオウは咆哮した。


「だとしてもだッ」ジンは叫ぶ。「全ての根源を断ち切れば、自分を抑えつける『自分』を取り戻す……その時まで俺は、自分を捻じ曲げるワケには、どうしてもいかんのだッ!!!」

『フフフ、貴方もまだまだ面白いモノを見せてくれそうね……ああッ理性弾け飛びそうッ!!!』


 二機の怪獣は剣を携え、再び衝突した。

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