第伍話 太陽を盗もうとした男たち

5-1 懐柔

 ホノカは、痛みに関する記憶のみを残したままで目を覚ました。

 深い谷底のような暗さだと、彼女は思った。必要以外の光がシャットアウトされたその部屋には窓も、その向こうに広がる現実離れしたお花畑も存在し得なかった。彼女の身体は突きつけられた現実と共に丈夫なサスペンダーで縛り付けられ、全く動く事を許されなかった。そして……


 頭部に干渉された痕跡!ホノカは、幸いにも身動きの効く腕を、地獄の針の上を歩くような気持ちで額に運ばせ、その異物感、垂れる前髪の奥に隠された、巻かれた包帯に括目し、呼吸は早くなった。


——何かされた。

——何をされた?


 誰かにその真実を確認する事すらも怖いと感じた。その瞬間。


「あ……起きた?あまり心地いいものじゃないだろーけど」


 隣に音も無く座る少年が口を開いた時は、冷や水を浴びた瞬間に等しかった。


「君が処置中に暴れるからさ……まあ正直だるかったんだけど、こうして縛らせてもらったというワケ」


 少年はフードを被っていて、その顔ははっきりとは確認できなかった。丸い大仰なヘッドホンを首にかけ、紫色のパーカーを羽織ったその風貌は、病室に居て良いモノであるとは思えない、とホノカは思う。


「……神経系に、何かしたのか?」ホノカの問に少年は一瞬沈黙しつつも、古びたパイプ椅子から立ち上がり、ベッドに近づく。


「僕の名前は、吉野イツキ」そういってから少年は、サスペンダーのロックを一つずつ外していった。その顔をホノカは見た。ブルーの髪が五月蠅そうに垂れ下がっていて、そのスキマから見える瞳はあまり元気そうには見えなかった。彼女は少年の顔を見た時に、ほんの少しは安堵した。「ヤバイ奴」だとは感じられなかったからだ。


「腕に『グラビティ・スクエア』射出の改造が施されたのはいつ頃だい?」


 思わぬ指摘に、ホノカは息を止める。手の甲の紋章でピンと来たとすれば、「地球側」の「非人道的人体処置」について知っているモノでしか有り得ない。しかし、キラビトが自分達の事情についてどれだけ知っているのか、分からないのだ。


「まあ教えてくんないなら、面倒だからいいんだけどさ」

「……唐突すぎるだろ」諦めるのが早い、とホノカは思う。

「そっか。とりあえず君の神経系を元通りにして、一応『神経没入(ディープ・ジャック・イン)』っていうの出来るようにしたんだけど、何か質問は?」

「え?」今さらりとなんて言ったのか……ホノカは訊き返そうと身体をようやっと起こす。黒いインナーにまとわりついていたサスペンダーが地面に落ちて、錆びた音を奏でる。


「わからないか?」その時、背後の扉が開き、向こう側には黒いコートを来た男が立っていた。【艦長】が、部屋にノックもしないで入ってきたのだ。「お前の過去の痛みを、一方的に無いモノとしてやったというのだ」無感情に言い放つ【艦長】。

「願ってもいないコトを、何故やったッ」感謝も無しに、彼を睨みつけるホノカ。

「あ、じゃあ僕はこれで。お大事にね~」骨のないハンカチのような手を振りながら、イツキは部屋から去っていく。【艦長】はやはり咎めない。イツキの座っていたパイプ椅子に座ってからは、じっとホノカの方を見つめている。ホノカは何故自分が見られているのかわからなかった。目の前の男が何故自分を捕縛した時の様に「力で」ねじ伏せようとしないのか……彼女はそれを疑問に感じていた。


「大体お前らは、悪人だろうが」

「悪人……そう言うのは俺達がソラゾク、だからか?」

「お前らは『スター・ロマンサー』とかいう名前を気取っているらしいがな……やってる事の噂くらいは人間にも伝わってるんだよ、小賢しい盗人集団」

「盗みというのはな……必ずしも悪になるとは限らないんだよ、『特権』を持った人間ならば、それを正義のために行う事が許されても良いはずだとは思わないか?それは回り廻ればきっと、皆のためになるのだからな」


その言葉を聞いたホノカはあきれ果てた表情をする。


「アンタ達が行使すれば盗みも『有益』になるっての?そんなの、倒錯してる」

「倒錯した世界を元に戻すんだよ」

「……捕縛した女に対して妙に生温いのも、その歪んだ正義感の所為?」

「何言ってるんだ」

「バカかお前は?捕縛されたかと思いきゃ部屋は出入り自由、挙句の果てに持病の治療だ! 気に食わないよ、懐柔させようっての?悪いけど、私はここから出なきゃならねえんだ」


「勘違いするなよ、俺ぁお前をもっと利用しなくちゃならねえんだ、それにはお前の『神経系』を復活させる必要があった」ようやく目の前の男の口が開く。

「——」沈黙するホノカ。自分の『何か』が調べられた、という事をこの時点で知る。

「お前の過去を詮索するつもりは無かったんだが、お前がデンノウ空間の中での所謂、やり手だった可能性がでてきたりしてな」表情一つ変えないで、【艦長】は言う。

「どうしてそう『思った』?」

「お前のココに」自分の頭に指の拳銃を突き付ける【艦長】。「外科手術を受けた痕跡があったからさ……間違いねェ、没入システムだ。それを確信に至らせた時には、お前に埋め込まれた没入用のメモリをなんとかして復元させようと決めた、そして、既に『焼かれていた』メモリの中には、膨大な量の『足跡』そして情報という『宝』がある事が見て取れた。その中には、『朱雀』という名のプログラムもあった。かつて大きな力を持っていた地球人企業に前代未聞のアタックを働かせた程の凶悪なウィルス・プログラムが何故か知らんがお前の持つメモリの中にあった」


「御経みたいにたらたらしゃべるな」言いながらも、汗を垂らすホノカ。

「尋問されているという事に気付いているか?」

「私の何を知りたいっての?」

「お前はかつて大型企業相手に無謀なサイバーテロを仕掛けた。そして、捕らえられた。神経系を焼かれ、体内に埋め込まれたデンノウ空間にまつわる一切の繋がりを断たれた。そして、お前はある利用価値を認められた。『重力操作』は既に防衛軍の兵器を中心として様々な場所で導入されているが、人間を対象とした実験は一度だって為されていないはずだからな……それで、お前は『兵器』としての手術を強制された。さて、今俺が言った事が果たして事実なのか。それだけが知りたい」


「……否定しても仕方ねー」諦めたように、ホノカは首の後ろで腕を組み、ベッドに寝転がる。「お前一体何者だよ」

「まあ、まずはこっちの質問に答えてもらおう。そもそも何故お前はガイタスを憎むのか」

「憎む?」ホノカの眉がピクリと動く。「そいつはちがうんだよな……私はね、突然与えられたこのチカラを、天から受け取ったモノとする事にしたの……だから、私の神様にお返ししなきゃいけない」

「理解しかねるね、たったそれだけの理由で『怪獣』に挑むとは……申し訳ないが、『裏の気持ち』を気にせずにはいられん」


「てか、早くこの場所から出らなきゃならねえっつってんだよ」

「それは今からの交渉次第ってとこだな」

「通らん通らん!一切受け付けませーん」口先だけは生意気を演じる。

「ホノカっつったか」【艦長】は顎に手を当て、言う。「——お前が最初コイツだけは許せねえと思ったのは誰だ?」

「そんな事がお前に関係あるのか?」

「その身体に非人道的な手術を施しお前をお前じゃなくしたのはキラビトか地球人か。そう訊いてんだよ」

「!!——」

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