4-6 クロス・レイスィクルの完成
用意された『場所』とは、地下に作られたとは思えないくらいには広い運動場だった。その真ん中の柔道畳がより集まった『バトル・フィールド』の上で、ノボルとジンは向き合っていた。
「おっちゃん!! まさかこんな場所まで用意してあるとは……」
野次馬の様に壁にもたれかかるユキに、ジンは言う。
「お前らのために用意したもんじゃねーよ」
明らかにギャラリーだ、とノボルは思う。ユキは書店で働いている時でも、御客が中々来ない時の暇潰しに、彼は衛星放送のモニターごしにで相撲や柔道などの試合を眺めていた。
「それでは……ファイトの時間と行くか」
荘厳味溢れた口調で言う目の前の強大な男を前に、ノボルは「最善」が分からないなりに、姿勢を低く取って構える。
ジンはそれと相反するように仁王立ちし片方の掌をノボルの前に広げる。
「ジン?それはどういう」
「わかるだろう?」
いやわかんねえからと思いつつもノボルは表情をきっときつくして、畳の上を駆ける。
じめじめした感触が足に取り付く。
振りかぶったパンチは、ジンの掌を正確に狙い、つき通し、その威力は顔面に達す——
否、達さない。
彼はなんともないような顔で、その拳をしっかりと受け止めていた。
「フッ、まだまだケツの青いガキって感じだぜ」
「この国の赤ちゃんはケツが青くないッ」
「そ、そうだったのか!?ではない、バカが……揚げ足を取る事に気を奪われ、『その真意』を汲む事を忘れるんじゃあない!!!」
子供のように言い返すノボルの拳をジンは手首の力だけで引き離す。
後退するノボル。
よろけかける彼を見て、ジンの足は初めてその場から動く。
拳を構え。
ワン、ツー。
会心の連撃を。
ノボルは歯を食いしばりながらも、接触まであと数ミリ、という所で必死に避けてみせる。
「ほう……なかなか」
そこでジンは腰を更に低くし。
「では……これはッ!?」
ノボルがすっかり体勢を崩しきっている所での、ジンの更なるパンチ。
当たる。
当たる。
ノボルの顔面に。
哀れにも!
そして……
突き刺すような、弾丸ストレート。
全てのパンチを受けてしまったノボルは、畳の上に崩れ散ってしまった。
その「屍」は鼻を真っ赤に腫らせた、見るに無残なモノだった。
それから一日・二日と、彼らの「修行」時間が増えていく度に、空っぽだった「観客」席は埋まっていった。毎日が小さなお祭りのような騒ぎ。しかし、賭け事などは起こらなかった。地下都市に「通貨」なるモノははっきりとは存在しなかった。それに、観客の注目は「いつノボルがジンを打ち負かすのか」という事に向けられていたからだ。それは、子を見守る親に似たようなモノだった。
そして、五日目。ノボルはジンの大体の攻撃を回避できるようにはなっていた。そして今、ジンの飛んでくる鉄球の様な拳を、ノボルが受け止めた時……ジンはそれを認めたように頷き、言った。
「成長速度、基礎体力、その上で覚醒しつつある潜在能力……やはり、お前の父親がその身に染ませた事はムダではなかったようだな」
ノボルはそれを聞いてハッとした。この五日間無我夢中でやっていて、すっかり気にも留めなかった事柄。突然の「浮上」に、ノボルの内側は急に煮えたぎる。
「そろそろ教えてくれよ、ジン」
「『何を』、が抜けているぞ……ノボル」
「バカにして、はぐらかさないでさ!」
離脱するノボル。
畳の淵ギリギリに間で、彼の踵は到達する。
そして、淵に備えられていたあるモノ、それは模擬戦用の「木刀」。
ノボルは手を伸ばし。
再び駆ける。
掴んだ、先皮の無い長い木刀の切っ先を、ジンに向け——
「お前は父さんの、『何』だッ!!!」
猪突猛進。
ジンはそれをまともに受けてやる。
身体を突き抜けたような感覚に、ノボルはドキッとする。
しかし、抜こうとした刃は動かない。
木刀はジンの腰と腕の間に挟まって、がっしりと動かなくなっていたのだ。
「本気度80」ジンは呟く。
「何だソレ」
「お前の本気度に合わせて、俺が質問に回答してやると言ってやるんだよ」
「参考にならなそうなメーターだな」
ジンは木刀をへし折りそうな程力をかけ、ノボルから木刀を奪い取る。
「教えてやろう」
「くっ……」
「俺がお前の父親と『出会う』前……俺は画家を志していた!」
奪い取った刀と一振りがノボルの鼻筋を掠める。
「お前の父親はな、俺を変えてしまった——否、お前の父親は俺の変化そのものだった」
「変えたって、何を」
「俺の人生をさ」
さらに横なぎ。
一つ、二つ。
ノボルの思考は、彼の発言を理解する事にしか働いていない。回避は全て、身体に任せている。
「そうだな……アイツは俺の曲がりかけた考えを違う!そうではない!こうだ!と言って……叱り!止めてくれる役割を担っていたッ!!」
「そうだったのか……それでは、どうして!!」
ノボルは連撃を回避していただけの身体を急にジンの方に引き戻し、「さっきされたと同じ事」をする。木刀を腕と腰の間に挟み込んだのだ。
「どうして、レイゴオウを作ったんだ?」
「フッ、本気度30……猿真似ができた程度では最早驚かん」
「では、教えてくれないのか?」
「そうだな……レイゴオウは一から作られたモノではない、半分を『天から授かったモノ』だと言っておこうか」
「ガイタスは全て、かつて地球に現れた『野生の』怪獣を改造して作られたモノだ、レイゴオウもその例外ではない、って事か?」怪訝そうに顔を歪めるノボルに対し、可笑しそうに笑ってみせるジン。
「それはそうだな」
再び木刀を引き離そうと力を掛けるジン。
しかし、ノボルは対抗する。ジンが引き離そうとしたのと反対方向の力を、瞬時にかけ。
別方向へ引っ張られた木刀は、真っ二つに折れた!
ノボルは受け身を取りつつ横に倒れ、ジンに奪われた半分の木刀を睨みつける。
刃部の大部分は、ノボルの手に在る。握り難くはあるが——
それにしても、と彼は思う。
彼の父親はジンと比較すれば20くらい歳が違う。一体どこで、どのようなカタチで出会ったのか?だが、詳しい事を聞いている余裕は無い!
「さあ、次の質問は?」
ジンの挑発に、ノボルは乗る。
短くなった木刀を、指の間に挟み。
突進。
「フン……そんな握り方で!!」
ジンは切っ先の存在しない刀で、純粋にノボルを「殴ろう」とする。右上方から。
しかし、ノボルは——
後ろに構えた左手に、刃のイチブを素早くパスし。
驚くジンを睨みつけ。
左下から!
ジンの顎に向かって、刃を突き上げた。
「……父さんは今、どこにいる?」
魂の籠った剣撃が、素早く防御体勢を取ったジンの「木刀」の元に辿り着た。
確かに攻撃は止められた、しかし……ジンの顔には確かに、清々しい敗北の微笑が浮かんでいた。
激しい砂埃を立ち上げて刀を合わした二人は、そのままぴたりと動かなくなった。
「本気度130」
「オイ待てよ、それって上限はあるのか」
「そんなモノは無いッ!!」ジンは呆れたようなノボルを見据えたまま、しかし……と続ける。「お前の父親の事を、いずれは言わなければならないのだ」
「何ッ」
「お前の父親は、死んだ」
「えっ」
半分わかっていたはずの事実を、ノボルは突きつけられる。
黙ったままのノボルから、ジンは視線を反らさない。
「お前の父親は、もう二度とお前の前に現れる事などないのだ」
「……」
「父親の背中を、追おうと考えた事があるのか?」
「……いや」
「では、追うな」
沈黙。
沈黙。
刃を引き離そうとするノボル。だが、その刃はジンによって掴まれた。
ミネの方からしっかりと掴み、ジンの刀の切れ端と、ノボルの刀はクロスする。
「これだ……!!」
ジンは思いついたように叫ぶ。
眩暈の止まないノボルの目に、「X」の文字が映る。刀の断片達が描く文字……
「ジン、必殺技……か?」
「これを突き詰めていけば……きっと!!」
「待ってくれよ、僕には君のビジョンが伝わってこない!」
「ならば今伝えてやるッ!!」
Xが散り散りになったかと思うと、再び二人は刃を交差させる――その繰り返しが数度続いた時、ノボルは次第に気付いていった。内に在る鋭い力は、既に自分の中で打ち付け合っている!それを、自分の体外、否、精神の外へ……正しい手順を踏んで、発する事がもしできたとすれば……
その時、ノボルは足を止めた。視線の端に、先程見たあの少女の、桃色の髪がちらついたからである。ジンが足が止めたのも、ほぼ同時だった。二人は既に刀を地面に捨てていて、殴りかかるような体勢のまま、ぴたりとビデオの一時停止のボタンを押した時のように静止していた。そして、二人とも同じ場所を見ていた。二階席の端っこの、大勢いるギャラリーの内の一人を……その少女は既に走り出していた。やはり小さいガイタスに似たモノを抱え、出口の扉を今閉じて、どこかに行ってしまった。
「あれは……」
明らかに取り乱した反応をジンは見せ、その出口がある方向へ走り出した。
「えッ——ジン!!?」ノボルもギャラリーを掻き分けつつ、その後を追った。
どこまで続く階段の螺旋が、ノボルとジンの走る足をより一層重いモノとした。最早少女の姿は見えないモノとなっていたが、彼女の通った経路はそれでしかありえない、という事だけは確かだった。乾いた音の反響。それだけでない。惜しまない喝采の様な音が、その巨大な筒のような空間を包んでいた。その闇に満ちた空間の壁面には、誰かが無造作に取り付けてしまったようなパイプが回路の如きルートを描きながら、全てが下へと伸びている。地下都市に水を供給しているのだ、そのパイプの群れは。だとすれば——
恐ろしい音が次第に近づいてきた時に、階段の螺旋の先の光がノボルには見えた。「扉は既に開いていた」。マンホールの様な扉。重い天蓋を「彼女」は、どのように開いたのか?それを詳しく考える前に、ノボルの頬には冷たい空気が触れていた。その、外から吹き寄せる風を、ノボルは知っていた。海から続く風。……外だ!
五日ぶりくらいにノボル達をつき通す外の光は、冷たい風と相まって、彼らの戦闘態勢を緊縮させるのにふさわしかった。彼らは、『陸尾』~『神代』を結ぶ大きな橋の、橋脚の突起部にある小さな台地に出た。つまり、螺旋階段は橋脚をつき通していたのだ。その小さな台地はコンクリート製で、しんと冷たかった。ノボルとジンはフェンスの無いその冷たさの上に座り込んでいた。最早少女が何処に行ったのか、ノボルには分からなかった。
「なあ……ジン」ノボルは、橋の向こうにある緑の大地を見つめる彼に対し、問う。「どうしてそんなにガイタスを憎むんだ?」
「俺にとっては、当たり前の事なんだがな」
「地球に現れたガイタスを倒す事?」
「違うな、地球に現れたモノだけでなく……この宇宙に存在する、レイゴオウ以外のありとあらゆるガイタスを、『駆除』する事が」
「僕の父さんを」ノボルは次の言葉を惑う。「殺したから?」
「確かにアイツは俺の……俺の、相棒を奪われた悲しみは——」即座に答えようとしたジンの口が止まり、震える。その奥底の真意に揺るがされてしまっているようだ、とノボルの観察眼は受け取る。
「あっちゃいけないのさ、アイツらは。どんな理由があっても……キラビトにも地球人にも、否、地球そのものに対して悲劇を引き起こす存在、それがガイタス……そして俺が本当に許せないのは、『怪獣』を所有したいという欲望がままに、その過剰発展し過ぎた技術が許すままに、その自然への畏敬へも忘れ、『怪獣に』干渉してしまった存在……!!わかるだろう?『ヤツ』は、超えるべき範疇を超えた。神を怒らせるような事をしてしまったのだ、平和利用などという発想の届かぬモノを生み出してしまったのだ……このレイゴオウだってそうさ、ガイタスの対抗勢力という役目を終えれば、俺はレイゴオウをどうするつもりでいるのか、というのは迷っている事ではあるのだが……それにしても、『ヤツ』は絶対に許せない」
「『ヤツ』とは、ガイタスを生み出してしまった奴の事か?」
「俺は『ヤツ』の姿を知っている……少女が抱いていたガイタスは、『ヤツ』が従えていたガイタスにそっくりだったんだ、でも……」ジンは厳粛とした顔を少しずつ緩ませていった。「早とちりというか、そんなワケないのだから、見間違いなんだろうな」
ノボルは、ジンの吐き出した思いに対して上手く答える事ができなかった。しかし……
「なあ、ノボル、これからどうする?」
その素朴な問いかけがジンからもたらされた。それだけが、ノボルには最も喜ばしいコトだった。「今まさにしたいコト」だけを、正直に口に出せたからだ。それがこれから向かい合うべき問題の留保であった事は、その時のノボルには微塵にも思えなかった。
「ソラゾクをぶっ倒そう、ジン。そしてまずは、ホノカを取り戻す」
「フッ……ストレート・バカだなお前は、だがそこが」ジンはシャツのポケットの異物感に気付いたように、それをまさぐった。そして、小さな折り紙で作られた馬を、ノボルに見せた。
「こんなモノの方が、なんというか……気持ちが凝縮されている感じがして『良い』」
「それは?」ジンの取り出したモノに対して、ノボルは訊く。ジンは悪戯っぽい笑顔で、その折り紙をつついてみせる。すると、その馬は何と特定のパターンに従って、七色に光り出した。それは電子ペーパーで折られたモノだったのだ。
「あの、着物の女達が差し出してくれたモノさ、お守りだとよ」
「どこで?」
「あの闘技場でさ」
「えっ……見に来てくれてたのか」
「ああ」ジンは感慨深そうにそのパターンを眺める。「あの女達も、今や立派なレイゴオウのイチブさ」
大袈裟だが、その通りだとも今のノボルには思えた。ジンが次に発する言葉に対し、ノボルは強く頷いた。
「ノボル、明日には発つぞ」
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