4-4 目的

「略奪すると言っては語弊がある。正当な方式を踏んで、『勝ち取る』んだよ、俺達は」


 【艦長】は第三ブリッジのデスクに肘を乗せ、ピンク髪の少女――マレナと向き合っていた。5mほど、双方の間には距離が在り、【艦長】の横にはいつものように、コウが立っていた。まるでボディガードの様に。


「『神代カミシロ』にある特別自然保護区域——そこには旧いロープレで言う伝説の剣が眠っているのさ、マレナ」

「だとすれば、それを台座から抜く時に困難が生じるのは当然の事ですわね」

「ああ、それも厄介でな、ブチ破らん限り俺達は決して前には進めんってなってるのさ」

「ブチ破るって、何を?」


 【艦長】の隣で微笑を浮かべるコウを一瞥しつつ、彼女は訊く。【艦長】はそれに答える。


「過去の亡霊って奴をな」沈黙。「敬意ひとつ表さないで、俺達はそれをブチ破らなきゃならねーのさ……目的地に着くには時間があるが、その前にあのホノカとかいう女をもう少し利用しなければならないし、マレナ……お前のガイタスが必要になるかはわからんが、出来る限りの準備はしておけ」

「あのッ」

「なんだよ」

「その……別にッ」


 コウが【艦長】の見えない所で笑いをこらえているのを睨みながら、マレナは続ける。


「あの、捕らえた子供はどうなさるのですか……?」

「子供だと?」


 【艦長】の眉がピクリと動く。コウが面倒そうな溜息をついた後でそれに捕捉する。


「あの二体のペット用ガイタスに乗っていた子供の事よ……子ども同士の喧嘩というよりは家族どうしの政治的な対立が子供にも飛び火したカタチになって、今回の結果を呼んだというトコロね……ハリネズミの方がタミアル党派の息子、カンガルーの方がフレイ党派の息子。どちらも麻酔銃で眠らせた後、二人『だけ』を捕縛。今は別室に入れてあるわ」

「地球に一番近いコロニー・ラムダに住むキラビトか、そんな事もあるんだな……」溜息をつく【艦長】。「それが本当だとすればソイツラはただの巻き込まれたガキってヤツだ。上にあがる時に、元の所に放り投げておけ」

「えッ……それでいいのでして?」驚くマレナ。

「何をさせようってんだ?」


「ガイタスを操縦できる子供の存在は稀有ですし、貴方だって、今後私達の魂を受け継ぐモノを求めていたはずですわ」

「子供のこれからのやり方をこうだと抑えつけてまで継承された魂なんて何の中身も無い……大衆は思う存分に利用させてもらうが、俺達はたとえそれが危うい関係だとしても、個々の目的のためにでも利用し合う……これからのやり方次第で俺達に感化される人間が生まれたとすれば、それは受け入れるがな」

「起こるとといいんだけどねえ、そんな夢みたいな事が」


 憎たらしさたっぷり混じった声でコウが言うので、【艦長】の目は鋭く光る。彼はマレナにその目でもう退けと指示を出す。彼女は素直にその通りにする。自動扉が閉まる時の空気の抜ける様な音。その音が【艦長】の元に伝わった時、彼の目は隣に立つコウの方を向いていた。


「はっきり言って貴方の主導している事は正に宇宙海賊って感じで、生ヌルさに満ち満ちているわ」コウは隣に立ったままで腕を組み、口を開く。

「はっきり言うな」

「確かに貴方は『処断されるべきモノ』に対しては冷酷……しかし、私達はもっと『大きなコト』をしなければならない、それを為すためには一般人の犠牲とかいうモノすらも厭えない。そうでしょう?」

「それが見たいだけなんじゃないのか、お前は」

「アラ……私を『ただの外野から何の殺傷力も無い石っころを投げて焚き付けるようなヤツ』みたいに言ってもらっちゃあ困るわ」


 コウは無礼にも【艦長】のデスクに座る。【艦長】はそれを咎めず、動かない。


「まあ……私の性質を分かってて利用しているって事もちゃあんと分かってるのよ——私はね、貴方のその側面をもっと前面に押し出してほしい」


 コウは【艦長】の顎を人差し指と中指で挟み、持ち上げる。コウの指は、埋め込まれたマイクロ・プロセッサの振動に満ちている。


「まあ……『彼女』がいなくなったから、それどころでは無いのでしょうね」

「俺に刀を抜かせたいかッ」

「ああ、怖い怖い……って言いたいトコロだけど、危険に晒されているのは今の貴方だって、分かっているでしょう?」


 コウの、「艦長に触れている手」に力が籠る。

 静寂。

 数秒。


「安心しろよ、今回の作戦は足掛かりに過ぎねェ」


 【艦長】はコウの腕を強引に引き離し、デスクから離脱する。そして、ブリッジの大きな窓の方へ——外の景色が近い方へと赴く。海の景色。蜃気楼のように、街が浮かび上がっている。


「足掛かりにしては、大き過ぎるモノに挑むくらいだよ」

「それで、結局それはなあに?そろそろ教えてくれたっていいんじゃないの?」

「そうか——お前ですらも知らなかったか、特別自然保護区に眠る秘宝というヤツを」

「ここは私のテリトリーでは無いもの、それは分からないモノだってあるわ」

「その俺達のテリトリーにあるモノの断片が、その場所にあると言っているのさ……それも、無くてはならないモノがな」

「——」


 コウは言葉を失う。沈黙。数秒後、地の底から沸き上がる様な笑いと歓喜が、コウの外へ吐き出される。


「やっぱりおかしいわよ、ホントに……たまにそのキレっての?見せつけてくるの、たまんないわあ」

「まだまだ楽しませてやると言ってるんだよ、なァ……『強欲』」


 感情の流れがおさまった後で彼は【艦長】を睨み、言った。


「貴方、この世界そのものを分捕る気ね」










 もどかしそうな唇を強く噛むマレナの目の前に、ホノカは立っていた。その機嫌の悪化は彼女をよく知らないホノカですら目に見える程だった。


「あら……私の後についてきたのですか?まあ、自由だと言ったからいいのだけれど」

「安心してよ、何も別に聞いちゃいねーから」

「当たり前ですわ、もし貴女が聞き耳を立てているのなら……この場で私が抵抗する意思アリと見なして、処理している所ですわ」

「あっ、抵抗する意思あったら殺すの?じゃあ今すぐにヤレよ、バカタレが」ホノカは装備していた武器等が全て取り外されている事を知りながらも、マレナを睨みつけて言った。

「バカで済むだろうにバカタレとは意味不明ですわ……まあ、どちらにしても野蛮よ」

「バカタレはバカがタレてるからバカの上位互換なんだよ、覚えとけ」

「全くもってガキですわね……」


考えられる限り捕縛されている身であるだろうに、その扱いが完全に宙ぶらりんで、身の自由も効くという状況がむず痒く、訳の分からないホノカを益々苛つかせたのだ。

 その時、マレナの背後の扉が空気を吐いた。出てきたのはコウという名の男性だった。ホノカを気絶させた張本人。マレナはその気配を感じたのか、振り返った。


「フフ、もう一歩踏み出す事ができればね」


 コウにウィンクされたマレナは、舌を打って顔をそらす。その行動の方が上品には思えない、とホノカは思う。


「隣の貴女、艦長からのご指名よ」マレナはその言葉に驚愕する。「案内してあげるから、特A室という部屋について来なさい」


 マレナは胸を突かれたような表情で何故——という言葉を押し込めるように口を動かしていたが、やがて理解したように、納得したように頷き、見下すような笑い顔をホノカに向けてみせた。


「どうやら、私が処理する必要は無いようですわね」

「何よ、どういう事?」

「特A室は、改造を中心とした処置を行う治療室ですのよ」


 不意に脇腹を殴られたような衝撃が、ホノカの心に満ちた。


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