4-2 天船の中

 ホノカは、未だ見た事が無い位白く、冷たそうな天井の下で目を覚ました。ホノカは何らかの「理由」で気を失った後、キラビトの男達に連れてこられた——それくらいの状況が数秒で飲み込めるくらいは、意識がはっきりしていた。自分は、無残にも捕えられてしまったのだ……そう考えた時に、彼女は深い息をつかずにはいられなかった。


 今の自分は少なくとも、鎖か何かでその場所に繋ぎ留められている様子は無い。それに安いホテルのような空気とはいえ、ベットの寝心地はそう悪くも無い。寝たままの姿勢で首を回してみれば、窓が見えるが——そこからは驚いた事に、柔らかな光が差し込んでくる。まるで作られたのかという位綺麗で、逆にそのギャップに狂ってしまいそうなくらいのお花畑が、その広い窓からは見れた。


「……何だよ、どこなんだよここは」正直な意見が口から洩れる。

「ここはソラゾクの船ですわ」疑問に答える声があった。澄ました少女の声。


 驚いて彼女が起き上がると、ベッドのすぐ隣にその声の主は座っていた。背丈130m程——ほんの子供だ。黒い垢抜けた服装。ピンクの髪を二つの箇所で結び、あっけらかんとした顔で丸椅子に座る彼女は、古典絵画の画集を開いていた。ホノカがこの部屋に運ばれた時から、ずっとここにいたのだろうか?ホノカは考える。だが、その前に……


「ソラゾク……?」

「あら、ご存知ない?」少女は画集から初めて目を離し、驚いたままのホノカの方を見る。「ならば今私が口にした事はお忘れになって……それは所謂、外の目で語られた私達の名前なのですから。そっちで説明した方がわかりやすいと思ったけれど、やはりこちらのニンゲンには浸透していないという事かしら——それとも、貴女に教養が無い?」


「あ?」ホノカのこめかみがぴしりと音を立てる。

「いいえ、失礼……まあでも私達こそ現地を見るのは初めてなのだから、こちらのニンゲンに対して誤った認識をしているのであれば許してほしいのです」

「艦長さんとやらは、『革命を起こす剣』だとかなんかダサイ事言ってたけど」ホノカはそこで自分の痛みに気付く。左肩。しかし……「誰が治療した?」疑問を口にする彼女のインナーの下には、包帯が巻かれていた。

「まあ、巻いただけとほぼ同然ってところかしら」

「お前かよ——」


「言っとくけど私、貴女の事なんて見捨てるつもりでしたよ……その辺にでも捨ててしまえばいいと思ったくらい」

「だろうね、敵だもんね。何やってんの?馬鹿なのか?」

「敵ねえ……そうですね、貴女は私の敵です、幾ら地上のニンゲンといえど、貴女のような美しい容姿をお持ちの方がこの船に居る事は許せませんわ」

「は?」

「この船内、さっきまでは私の紅一点でしたのよ」


  最早言葉を失ったホノカは、窓の外に目を走らせる。柔らかな日が差している。そういえばさっき、彼女は船の中と言ったが——


「真面目な質問だけどさ、ここは本当に何処なの?」

「スター・ロマンサー」

「なんだって?」唐突に口に出された名称に、ホノカは思わず訊き返す。

「この船の名前ですわ」復唱してほしいんだけど……と思いつつも、ホノカは怪訝な表情のままで彼女を見据える。「そして、『私達』の正式な『名義』でもある」


 彼女は画集の、ある一点の絵だけを集中的に見つめていた。だが……今迄絵だと思っていたそれは違うという事にホノカは気付く。それは、特殊な方法によって撮影された「写真」だった。花に住む昆虫をマクロ撮影で美しく映し出したその写真を、少女は射すような視線で眺めていたが、やがて、「私はちょっと、艦長に貴女の起床を報告してきますわ」そう言うと、彼女は画集、否、写真集をぱたんと閉じて華奢な足で立ち上がった。


「いいの?言っとくけど私、逃げるよ」

「どうせこの船そのものからは出られないので、ご自由に」少女は部屋のアナログな引き戸をガチャリと開けた。外は、確かに宇宙船のモノと思しきクリーンな内装をした廊下である。「見張りにも飽きました」彼女がそれだけ言って出て行くのを、ホノカは何も言わないで見送った。


 丸椅子には、さっきの写真集が置かれていた。ホノカの手でさえ持て余しそうな大きさの本だ。作者の名前は、『マレナ』——今まさに部屋を出て行った少女の事なのではないか?ホノカの直感は真実を掴み取った。

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