3-終 レイゴオウ敗北


「何なんだお前らはァッッッ!!!」


 ジンの叫び声にノボルは振り返り、レイゴオウの方へ駆け戻る。

 そして驚いた。街の真ん中に、三機のガイタスが立っていたのだ。

 どれも同じ形。人のカタチをしている過剰変異ガイタス。先が二本に分かれた尻尾を付け、背中には小さな羽の様なモノを生やし。三角の頭部からはグロテスクな内部が透けて見え、赤色の眼球がギョロギョロと蠢いている。


 ノボルはそのガイタスを知っている——数十年前、『中心都市・京』に大群となって現れた怪獣を改造したモノで、闇市場に溢れた「量産型」……呼ばれる名はどれも等しく『ムゲン』。人のカタチに近いため、操縦が安易だとしてもっともスタンダードなガイタスとして用いられているモノ。格闘術、追加兵装……バリエーションも豊か。今この場所にいる三機の『ムゲン』は黒を主体としたペイントが鎧に為されていて、髑髏のマーキングが胸に乱暴に張り付いている。

 これはもしかして、ホノカの言っていた……


「自己顕示欲の激しいって『ソラゾク』ってヤツか」ジンが不敵に笑って言う。まだ戦う意欲があるとすれば本当にとんでもない男だ、とノボルは思う。

「ジンッ!レイゴオウで……」

「言われなくてもやるさッ!!!」


 二人はワイヤーガンでレイゴオウに搭乗し、三機のムゲンと相対した。彼らがレイゴオウの起動まで待ってくれていたのが妙だ、とノボルは思う。もし彼らが本当に宇宙海賊という通り名どおりの存在だとするならば、彼らの目的は略奪とか、兵器の強奪だと予想される。何故誰も搭乗者が居ない時にレイゴオウに手を出さなかったのか?


 今日二回目の、レイゴオウとの「接続」。流石の神経の疲弊に、ノボルは唸り声をあげる。


「しっかりしろッノボル!!言っただろうが、俺達は二人でレイゴオウからの負担を分け合っているッ!!」ジンがコクピット内で叫ぶ。ノボルはそのすぐ目の前で、つい先程の事も覚えてないらしいと呆れたように首を振る。

「そういえば……今回は単純な足し算とやらを考慮すれば、どうにも都合が悪いみたいだけど」


 レイゴオウがファイティング・ポーズを取るや否や、三機のムゲンがつま先を立て、足底のブースターで加速。道の真ん中にいるレイゴオウ目がけて急接近。


「フッ、馬鹿め……この世界はッ!!」


 その言葉と共に繰り出された(折りたたまれた)レイスィクルのパンチが、一番前に躍り出ていたムゲンの顔面を叩き壊す。


「数字でできちゃあ……いないんだよッッッ!!!」


 顔面を潰したまま首根っこを掴んだレイゴオウは、後方へ回り込んだムゲンをテール・振り下ろしで地面に叩き付けつつ、一旦退避しようとする三機目のムゲンに向けて、掴んだ一機目のムゲンの軽い身体を放り投げた。


「アンタ言ってる事無茶苦茶だよッ」


 布団のように折り重なる二機のムゲンに対して、レイゴオウは容赦しない。レイスィクルは、『レイスィクル・オリジン』に変形。バーニアですぐ急接近。そして、剣となった腕を突き立てる。

 子供を撃ったのはきっと彼らだ——ノボルの奥底に沸き上がる具象不可能な怒りが、手加減もしないで二機のムゲンを突き刺した。

 

「これで全部か……!?」

 

 ジンは静まった後の道路を眺め、左右へ首を振って念入りに確認する。

 静寂。

 集音センサーのウインドゥを拡大。

 静寂。

 ひび割れた大地。

 沈黙——

 爆発の音。

 後方、ビルの裏側から。

 ビルを砕いて、現れる影。

 ガイタスだ!


「あ……ッ」ノボルが息を漏らしたのは、その出現に意表を突かれたのと、姿を現したガイタスが特異なカタチをしている、と感じたからだ。


 そのカタチはどう見ても『ムゲン』だが、シルエットは大きく違っていた。それを異なるモノとさせているのは、「腕が在るべき場所に腕が無い」のと、「背中から生えた巨大な翼」だ。彩色も大きく違う。黒を基調にはしているが、継ぎ目やライン等の部分を飾るのは、黄金色の輝きだ。


「新手ッ!!」ジンがガイタスと共に咆哮した。「お前もソラゾクかッ!?」

特殊な形をしたムゲンも羽を捩らせ、咆哮とも唸り声とも取れない高い金属音を鳴り響かせる。その動きは、恐ろしくしなやかである。まるで自然に見せるための手がかかっていないゲームのグラフィックスのよう。


『ああら……酷いじゃないのアナタ、ただ寄ってたかっただけの彼等に、どうしてこんな事しちゃうワケ?まあ……アタシの仲間が乗っていなかっただけマシ、なのだけれど』ムゲンの方から声が聞こえてきた。スピーカーごしの声音は、奇妙な語り口に反して落ち着いた男の声だ。


「オッ……オネエ!!!」ジンは驚愕し、たじろぐ。「乗っていない!? どういう事だ!」

『私の操るドローンに過ぎなかったという事よ、今アナタ、いや、アナタ達が蹴散らした「ムゲン」はね』

「ほう……ならば、お前の声が聞こえてくるソイツも、ドローンじゃないという可能性が無い事も無いなッ! だとすれば相当に下らんが……」


『そうではないという理由はあるわ』ムゲンは羽を大きく広げ、眩い輝きでレイゴオウを光の荒波に飲み込む。『このトクベツな姿がそうよ……アタシがアタシの手でアタシやアタシが集めた全てを結集させたこの形のムゲン……否、「ムゲン・シグマ」はこの世に2つとして存在しないのよ』

「シグマだとッ!?か、カッコいいッ!!」

「そうなの?」


『それで、貴方達がレイゴオウの正規パイロットという事でいいのかしら?』

「それを定義づけるモノは何も無いが……俺達はとうにレイゴオウと同体になっている!それだけでも認めてくれるだろうか?」

『ううんそうね……曖昧だけど、それを確かだと思わせてしまうモノは何かしら?それを探りたいものね』ムゲン・シグマに乗る者が微笑を浮かべるのが、ノボルには見えた気がした。その時——


 轟音。

 レイゴオウの背後。

 混濁の色を包んだ、透明な球。

 ノボルもジンも、「それ」を知っていた。

 透明な球は生き残ったビルを飲み込み。

 「そぎ落とす」。


 その時の、耳に触る低い振動。

 腹の底に響く低い周波の音。

 既に懐かしい、とノボルは思う。

 ノボルは、その後にできるビルの球体型の断面も含めて、全てを知っていた。

 「アレ」は、ディープのユイツブキ……


『驚いたかしら』ムゲン・シグマには今迄無かった左腕が生えていた。古典ゲームのポリゴンのような、光る透明な構造体で形成された腕だ。掌は広げて、今は骸となったビルの方に向けられている。


『「どういう事か説明してよん」って顔が見えるんで説明させてもらうけど……』スピーカからの声。『アナタ達が先日倒したガイタスが奇しくも「ロクバネ」の内の一人だったので、利用させてもらったというワケよ、「私」の「ユイツブキ」は「能力を吸収するコト」だからね』


 ロクバネ?能力を吸収するガイタス?

 ノボルの頭は混乱状態に陥る。


「ユイツブキを……吸収するユイツブキだとッ……!?」わなわなと震えるジン。

『あら、勘違いしてくれては困るわね?「能力を」、吸収するガイタスだと言ったわ……相手の持つ「攻撃的な特性」をデータとしてスキャンニングしたモノは一度私の脳に送り込まれ、可変的な物質である「エーテルG1」を通して具現化される。夢のような話だけど、事実私に与えられた唯一の能力よ……つまりね、こういう事も出来ちゃうワケ』


 ムゲン・シグマは広げたままの掌をレイゴオウの方へ向け、そのすぐ前に、青い四角形を浮かばせた——

 「重さ」。

 常に、ありとあらゆる時にかかっているその力は本来下にかかっているモノであるが、レイゴオウは今、その力を前の方向に受けようとしていた。足が地面にめり込むほどのその重量にも関わらず、否、「その重量だからこそ」の「力」が、レイゴオウを急速に、轟音と共にムゲン・シグマの元に引きつけ——

 その寸前で停止。


『「スンドめ」って奴ね』ムゲン・シグマの歪な腕はレイゴオウの首を掴む。


「クソッ!どういう仕組みだッ」ジンの痛みに悶える様な声に、ノボルも不安に駆られる。しかし……

「ホノカのを……吸収したのか!?」ノボルは震えたかすれ声で、ムゲン・シグマに訊く。そうとしか考えられなかったからだ。

『ホノカ、黒髪のあのカワイイ娘?そうねェ……それだけで済んだのならいいのだけれど』


 レイゴオウの刃は、それを最後まで聴かない内に、ムゲン・シグマの腕を突き刺していた。刃は透明な腕の継ぎ目に差し込まれ、切断されずに小刻みに震える。


「ホノカをどうしたんだッ……!!!」


 ムゲン・シグマに怒りの咆哮を浴びせた後で、レイゴオウは容赦なく口射ビームを放つ。だがそれは、間に割り込んできた透明な球体によって、「そぎ落とされて」消滅した。


『このムゲン・シグマに胃袋は無いので、そういうアブないモノも吸収できるのよ』


 ムゲン・シグマの脚がレイゴオウの腹部を捉え、吹き飛ばす。

 重力四角によって30m後方へ滑り込んだレイゴオウはよろけそうになるが、長い尻尾で何とかその身を支える。


「占めた……!ノボルッこのまま距離を取るんだッ!!レイゴオウの能力すら吸収されてしまえば……」

『遅い遅い遅い遅い遅い、遅いのよ……なんともう吸収は終わっているんだからッ』

「なんだとッ!?」


 尻尾を振らせながらじりじりとレイゴオウに近づくムゲン・シグマ。

 その歪な腕は閃光を纏い——

 見よ、それは透明に怪しく光る、刃となった!


「バカな……ッ!!意味不明すぎるッ!!!」

『フフフ……ああ、なんて怖いのかしら、こう望みに望んだ力が簡単に手に入るというのは!でも……これだけは言えるわ、この刃を手にした時に確信した!この刃、アナタ達よりもうまくモノにできる自信が、アタシにはあるッ』


 黄金色に輝く刃を振り回し踊っていたムゲン・シグマは、その刃の切っ先を地面に突き刺す! 地面が割れた、とノボルが思った時——

 亀裂は走り。

 レイゴオウの元へ、到達、そして。

 割れた地面のヒビもまた、黄金色に輝く。

 マグマの様に。

 熱く煮えたぎり。

 そして、地面の隙間から、光の刃が!

 無数に突き出した。

 回避する隙は無い。

 レイゴオウの直下からも。

 光の刃が、山となって。

 レイゴオウは串刺しとなる。

 レイゴオウは雄叫びをあげた。痛みの所為で。

 ノボルもジンも悲鳴をあげて、その感覚の激流に耐え——


 その痛みが静まった時、山の様にどっしりと構えていたはずのレイゴオウは地面へと倒れ伏していた。


「くッ……技名を叫ばずに敵を倒すとは……貴様、気に食わん……ッ」ジンが苦し紛れに言う。水準装置の作動でコクピットのシートの向きは正位置を保ったままだったが、レイゴオウの指先一つに至るまで、もうピクリとも動かなかった。

『少しスゴイ価値がある事を取り払えばバランスの悪いダサダサな怪獣さんと一緒にしないで欲しいわあ?スマートなバランスを持ったガイタスは、スマートかつダイナミックに敵を仕留めるのよ』

「なにッ」


『フフ……私達が持っているのは人間の身体なのに、どうして獣のカタチをしたガイタスに拘るのかしら?私にはわからないわ……ねえ貴方、その着ぐるみちゃんの背中の関節が足りなくて窮屈だとか思ったことは無いの?』

「何くそ……き、貴様には3時間くらい俺が一方的に、コイツの魅力を語る刑を執行する必要がありそうだッ……なんていう屈辱」

『アタシそろそろ行くけど、屈辱に思うって言うんなら、この地方に掛る3つの大橋の内の一つを通った先、特別自然保護区域のある「神代(カミシロ)」という地方に行く事ね……アタシたち、そこで今から観光してくるのよ』

「ならば待っていろ……ッ、完璧になったレイゴオウで、必ず迎えに行くッ」

『届けに来てくれるのね?ありがたいわ!まあ……その気が失せたとしても、いずれこっちから迎えに行ってあげる』


 呻き苦しむレイゴオウにフフフと嘲笑を浴びせながら、ムゲン・シグマはその羽を大きく広げて何処かへと飛んでいった。


 空中を浮かぶモノの轟音がノボル達の耳を裂いたのは、その後になってからだった。ノボルは消えかけたモニターで、その正体を確認する。それは実に可笑しな光景で、ノボルは一瞬自らの正気を疑い、その次にレイゴオウがおかしくなってあらぬモノを映しているのではないか、と思った。空中に浮かぶ戦艦が数十……否、違う。艦隊の中央にある巨大な、戦艦と潜水艦を合わせた様なカタチをした船が、周りの戦艦を、リニアフィールドによって浮かせているのだ。ノボルはその事を知っていた。そしてそれが、『防衛隊』の空中艦隊であるという事も。


「どうやらソラゾクに対してはヤツらも、重い腰を上げるらしいな……」ジンが弱々しく微笑みながら言う。

「助けに来るのが遅いよ……ジン、降りよう」

「ダメだろうが……俺達が今乗っているのはガイタスだ、あのムゲンなんとかってヤツがまだ残っていれば証明の余地があったろうが……廃墟の中に残るたったひとつのガイタス、となれば……イカン、逃げなくては——」


「でも、レイゴオウは動かない……ッ」

「クソッ、万事休すなんて言葉、俺の辞書に無いと思ってたんだがな……どうやら、ページの端っこの方に書き加える必要が……ありそうだッ」


 

 その時。

 レイゴオウの倒れ伏す地面がパネルのように、裏返った。

 何が起こったのかは理解する事は出来なかったが、レイゴオウは地面の中に『格納』されたのだ。意識が疲労による微睡みの海へと消えていく途中で、ノボルはそう考えた。

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