3-5 怒り

 廃マンションのピロティの下では、ガイタスから降りた二人のキラビトと、それを取り囲むようにして立つノボルとジンの姿があった。二人のキラビトはやはり子ども(地球にいる人間とは、やはり何も変わらない)で、どちらも動物に似たモノを抱きかかえたまま、黙してしゃがみ込んでいた。


「君たち、隠してるモノを見せてくれないかな?」


 ノボルは出来る限りの優しい声音を表現しようとする。こういう繊細な語り掛けに彼は慣れてはいないが、「頑張ってそれをしなければならない」と思った。だが——それを見ていたジンはノボルの肩を無言で掴んで、前に歩み出た。


「ジン、キラビトと言っても子供なんだから……」


 ノボルの声を、ジンは無視し……彼は、子どもの手を次々と払ったのだ。


「!!——」


 予想出来なかった彼の激情に、ノボルは何も言えなくなって身を固める。二人の少年が抱きしめていたモノはやはり小さな動物の様なモノ……カンガルーと、ハリネズミ。それは、「肉体を縮めたガイタス」だった。


「やはり、ペット用のガイタスだったか」ジンが、感情を押し殺したような声で言う。モノを確認しているだけの様な声音のようでもある。彼の今の表情は後ろにいるノボルにはよく分からないが、子どもがそれに酷く怯えている、という事は感じ取る。


「父の研究結果にも書いてた……元々彼らはこれくらいの大きさに固定されたモノで、ペット用として一部のキラビトの間に出回ったんだそうだ、それが巨大化するのは成長の過程で、抑止用の首輪を外さない限りは……いや、細かい話は抜きにすると、一度巨大化した後にこうなればもう全てが吹き飛んだあとだから……永遠にこのままのはずだ」たどたどしくも、捕捉するノボル。

「なら大丈夫だな、しかし……関係ない事でもある」ジンは静謐な怒気を以て、彼らに言う。「そのガイタスを渡してくれ。それはこの世にあってはいけないモノだ」


 子供は首を横に振る事も縦に振る事も、ガイタスを抱きかかえた手を離す事もしなかった。その「何も起こらない時間」が、ノボルにはとてつもなく怖いモノに感じられた。


——ジンは、一体何を考えているのか?


 彼の押し殺した怒りが尋常ではない、ノボルはそれを感じていた。そして、それが理解できないと思った。彼は相手を子どもとして扱おうとしていない。幾らキラビトと言っても、目に見えるのはただただ怖がる子供にしか、ノボルは見えない。散々悪戯を働かせたあとの後に反省し、怒られる、処断を下されるのに怯えているだけの、である。

 

 このまま強い手に出るのではないか、その時彼に対して何をすべきなのか……とノボルは思った。体力を減らしたガイタスが少年の胸に身体をうずめ顔を隠そうとも、ジンに憐憫の意思は感じられなかった。


「……失くさなければならないんだ、レイゴオウ以外には、一体として残さず」


 ジンは子供の目線に合わせて屈み、「傍目から見れば」対話を試みようとした。だが、その言葉には自分のエゴだけが籠っている、とノボルはその時思う。

 子供もやはり似たような事を感じたのか、更に何も喋らないで押し黙っている。

 沈黙。

 沈黙。

 何かが切れる音。

 子どもの「何もしない」態度がかえってジンに火をつけてしまった——―彼は拳を振り上げ、まずはお前だと言わんばかりの勢いで、ハリネズミを抱いた少年を睨みつけた。


「子供とすらまともに接せられないのかッ!!」


 ノボルの張り上げた声が、ジンの手をぴたりと止めた。

 ノボルは叫んだ後で、ハッと視野が急に広がる感覚に囚われた。


——僕は誰に対して、何を言ったのだ?


 身体全体が急激に温度を下げ、ジンが自分の方を振り返るのがとても恐ろしい、と思う。

 逆らうべきではない。ジンに背くのはいけない事だ。

 それは、ロボットに埋め込まれた、プログラミングされた記憶の様に。

 しかし……

 

 ジンはいつもの覇気を無くしたように俯き、立ち上がった。

 何も言わずに。

 何も言わずに……

 


「気分が悪い。お前に任せるよ」


 それだけを言って、ノボルとすれ違う時も何も言わず顔も見せず、ジンはどこかへと消えていった。おそらく、レイゴオウの方へ。

 彼の事だ、多分数時間後にはコロッとしている事だろう——ノボルはそう自分に必死に言い聞かせつつ、子供の方を見据えて、口を開いた。


「行くんだ」


 その先が廃墟である事を知りながらも、ノボルはそう言った。


「俺達をどうもしないのかよッ」


 カンガルーを抱いた、少し気の強そうな少年が言う。ノボルはそれに答える。


「ああ」ノボルは迷いながらも、続ける。「どうもしない……何かをしてやる事もできない、君達のした事を君達の心で、その、理解するためにも」

「わかってます」ハリネズミを抱いた、もう一人の少年が言う。「ここまで来てしまったからには、もう、僕達だけで」その少年が涙を零し始めるので、カンガルーの少年は焦って彼の手を引いた。


 二人の少年は2つのちっぽけな怪獣を抱きながら、日の当たるピロティの外へ出ようとした。まだ日は高い。まだ暑さが続くであろうに迷わず外へ出たその後ろ姿にノボルは声をかけずにはいられなかった。


「逃げろ!」二人の少年は振り返って、怪訝そうにノボルを見た。「……逃げ続ければ、きっと誰かが助けになってくれる」逃げる事をあきらめるな……根拠の無い言葉だとノボルは感じ、最後の一言までは言えなかった。少年はその言葉を聞いた時に、初めて笑顔を見せた。冗談か何かだと思ったのだろう。ノボルもそれに不自然な笑いで返してやった。


 ノボルは遠くなっていく影を、祈る様な気持ちで見ていた。何十mも先、少年達が見えるか見えないかくらいになるまで、ノボルはその姿を見守ろうとした。

 その時だった。

 無音。

 弾き飛ばされる少年達。

 宙を舞う小さなガイタス。

 音が遅れてやってくる。

 銃声。

 地面。

 倒れ伏した少年は、見えない。

 地面。

 風。

 沈黙。

 その時、一体何が起こったのか?ノボルのは分からなかった。

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