3-3 戦闘領域
ジンが「うおおおお」と回転しながらノボルの上後方のシートに転がり込んできた時、それを支えるロボットアームはしっかり彼が落ちてくる時の衝撃を緩和した。
「ジン……!!」みっともない姿で現れたジンに、ノボルは溜息をつきながらも、救われたような目でジンを見た。
ジンが座り直し腕を組んだ時、ガスによってコクピット内に散布されるナノマシンが、目には見えないが彼の身体を埋め尽くした。
「ノボルッ!!ここはいきなりアレを使うしかあるまいッ!!」
「『アレ』……!?」ノボルはその言葉に驚愕する。ユイツブキの事だろうか?刃は既にトンファーのように腕に取り付けられている、ノボルはその事をモニターと感触で確認する。
「『アレ』と言ってもわからんだろうから説明してやる……レイゴオウに取り付けられた刃、『レイスィクル』に備え付けられた、もう一つの『キノウ』!!」
「——」その台詞を聞いた時に、ノボルは興奮する。「ジン!まさか……『それ』すらも、現実のレイゴオウには備え付けられているのかッ!?」
「知っているのなら説明は野暮か……ならばいくぞッ!!」
ジンの掛け声と共に、ノボルの精神は灼熱に包まれた。だが、一人の時に感じたような嫌な電流に似たモノとは性質が違う。その「圧力」を抑え込める術を知った人が後ろにいる……ノボルがそれに寄り添えばその内からの圧力を何とかするどころか、力に転嫁して、それを二倍のモノとして吐き出す事すらできる!誰かの言葉よりも強く、その確信はノボルの胸に響くのである。
ノボルとジンが胸の奥に迸るエナジーを肩から手首の間に集中させる。
レイゴオウの腕の刃が新たな輝きを纏い出したその時だった。
轟音。
右方のビルの陰から。
何かが飛び出した、と気付いた時にはもう既に遅く。
打ち付けられた様な感覚がレイゴオウの頭部を襲ったのだ。
打ち付けられただけにしては激しい痛みと、コクピットの揺さぶられる衝撃が、直に二人を襲う。
「お、お、俺を……」怒りで震えながら、ジンは犬の様な怒り顔で叫ぶ。「俺達を踏み台にしやがるのは誰だァァァァァァァッ!!!」
レイゴオウの頭部にぶつかってきた「それ」は、レイゴオウの遥か上空を飛んでいた。
球体。
巨大な球体だ。推進力は見当たらない。
孤を描いて、地面に落下する。そして——見よ!
カンガルー型ガイタスの方へ、ソイツは真っ直ぐに転がっていくではないか。
ボールのように高速回転する巨大な玉(直径30m位だろうか)には、無数のトゲが生えている。ノボルはその事に気付いたので、背筋を震わせた。
球体がカンガルーの胸元にヒットすれば、激しい火花が弾け、カンガルーはたちまち隣のビルに倒れ伏してしまう。カンガルーは手をつこうとしたが、それは水を掬うかのように手応えがないらしく、一気にそれを瓦礫の海へと変えながら、カンガルー自身もそれにおぼれて沈んでしまう。
球体は、「着陸」した。突如生まれた四本の脚で。地面にしっかりと立つ。
そう、球体はただの球体ではなかった。太い足をした四本足のガイタスが、手足を丸め、背中にびっしりと貼りついたトゲだけを見せつけて、球体へと「変化」していたのだ。本来のソレを現したガイタスの姿は、まるでハリネズミ、そう表すのが的確であった。
「……何なのアイツ?ジン」
「2つのガイタス、フン、いい関係ではないらしいな……これはッ」
『これって、ガイタスどうしでたまにやってるヤツじゃない?』ホノカからの通信が入る。
「ガイタス・ファイトというヤツか!」
ジンは彼女の言葉にすぐハッとする。ノボルもガイタス・ファイトと呼ばれるモノについてはよくわかっていた。父が遺した資料によればそれは、「地下で行われる闘技のようなモノで、裏では往々にして違法な賭けが行われている……」
「そいつはしかし合点の合わねー点があるぞ、ノノカ」ジンは、煙を身に纏いながら立ち上がりつつある二体の怪獣を見て、言った。
『ホノカです』
「そいつはあのガイタスの『分類』を考えれば、おかしな話だ」
ノボルは彼の台詞を聞けば振り向く。
「ジンもわかるのか!?彼らの事が……」
「ああ、例えばアイツらの身体に備え付けられたトゲや鉄の拳は装備の内の一つであって、『ユイツブキ』ではないッ!そして、ヤツらは単体では『ユイツブキ』を所持しえない……という、区分け上の『性質』に関する事くらいはな……」
「だとすればどうして」
「ああ、だがそんな事どうでもいい!!レイスィクルで二体まとめて切り刻むのみだ——」
その時、カンガルー型ガイタスの方から「声」が聞こえた。
『やいやい、ノコノコ現れてきやがったか』
その声がハリネズミに向けられたモノであるという事はすぐにわかった。
『うるさいッ!!今日こそお前に一泡吹かせてやるんだッ!!』
ハリネズミはそれに返す。直接的な通信ではなく、スピーカによる搭乗者どうしの——キラビトどうしの、会話。ノボルはその声に目を見開かせた。スピーカーから聞こえる甲高いその声は、「子供の発するモノ」にそっくりだったからだ。
両者の間に不穏な風が現れて数秒立ったかと思えば、その空気の流れは一瞬にして押し潰された。二体のガイタスは急接近し合い、取っ組み合いを始めたのだ。ハリネズミが前足を一生懸命にあげれば、カンガルーの腕にも届くくらいだったので、両者のパワーは拮抗し合い、両者の戦は一気に苛烈を極める!
当のレイゴオウは取り残されたようにぽつりと立っている。
「ホノカ、動かないでいた方がいい」ノボルが呆れたように、ホノカに通信を送る。
『そうみたいね……でも一体何が』
「わからねえが、このレイゴオウ様を差し置いて大乱闘勃発、それはカツの入ってねえカツ丼と同じ事だぜ!! ご飯とキャベツどうしで乳繰り合うたあ味気ねえ事しやがる!!」すげえ自己中心的で酷い言いぐさだな、とノボルは思う。「ノボル!突っ込むしかないッ!!!」
「ジン!でも……」ノボルはスピーカから聞こえた「子供の声」を気にかけていた。
「でももストライキもあるものかッ!!三大怪獣大激突とキメこもうじゃねえか……」
熱さ。
脚部のブースターが熱を纏っている。
そして……
「よッ!!!」
一気に解放。
レイゴオウの足は地面を滑り。
二大怪獣へと、レイスィクルと一緒になった拳を構える。
しかし——
その怪獣たちが巻き起こす嵐は、予想以上のモノだった。
レイゴオウが拳を振り抜く!ああ、しかしそれはハリネズミのトゲの壁に阻まれてしまうではないか。
「ならば口射ビームだ!」
一歩下がって光線を浴びせようとするレイゴオウ。何モノも突き崩す光の束がその口から放たれる!しかし……それを通さないバリアのようなモノが、二人の戦う「領域」のカタチを明確にし。それに弾けて拡散されたビームは、無残にも辺りのビルを貫き崩した。
『こらーッ!被害甚大じゃねーか!!!どういう事!?』
「ビーム兵器を通さないって事は、彼らやっぱり、ガイタス・ファイトの格闘(ビーム兵器の使用禁止)フィールドを展開してる、ジン!!」
「ちっさい事しやがって……テメーらの世界に引きこもって、俺達を無視してんじゃねえええええッッッ!!!」
レイゴオウが再び拳をあげた時、再びホノカから通信が入る。
『私が何とかするッ!!』
「「!?」」驚く二人。ノボルは、前にのめって前を凝視する。
「ホノカ!?というかどこにいるんだ!?」
「るせー黙って任せろ!!」
「好きにやるっていいながらしっかり手助けしてんじゃないか!!」
「オイッ、ナノカ!大体生身の人間がガイタスに向かえるワケないだろがッ退けッ!!!」ジンも叫ぶ。
『うるせェェェ人の名前を疑問形にしてんじゃねェェッッ!!!』
二体の怪獣の間に割り込む小さな影は、確かにノボルに見えた。
間に置かれたボムは、光る四角形と共に空中に浮かぶ。
彼女が離脱し。
次の瞬間——
炎が!
二体の怪獣は取っ組み合う腕を引き裂かれ、離脱し合う。
「『今』を逃すなッ!!!」
ジンの掛け声と共に、レイゴオウは面食らっている二体の怪獣のいる方向と反対の方向に、バーニアの火を噴かせる。急激な加速にその身はよろけながらも。しなる鞭のようなテールが、ハリネズミを後方のビルに吹き飛ばした!
『うああッ』
『なんだコイツ!?』
唐突に吹っ飛ばされる相方に驚くカンガルーには、『レイスィクル』を装備した拳をお見舞いだ。そのしなやかなレイゴオウの動きは、ノボル一人だけが登場している時とは比べ物にならぬ。だが、両拳からの鈍重なパンチを浴びせても、カンガルーのがっしりとした脚はそう簡単には崩れない。カンガルーはパンチを振り切ったレイゴオウに対して、「もう終わりか」と目で微笑む。
そして——
風圧と共に、レイゴオウに、衝撃。
これは?
カンガルーの高速パンチ。
レイゴオウのスリムでない身体では、それを避けきれない。
しかし。
クロスした刃が、カンガルーの腕を挟み込んだ。正確に言えば、左腕と右腕両方に装備した刃のミネ。なのでカンガルーの腕は切られずとも、ピッタリと動かなくなり。
次の瞬間——身体ごと、回転した。
レイゴオウが足を払い、そうなるように力をかけたのだ。
カンガルーの大回転は頭から始まり、ゆっくりと、重たい空気の塊を引き連れて、背中からキレイに崩れ落ちた。カンガルーの重みが、その下のアスファルトをタイルの様に剥がし、散らす! 広がる煙に呑まれまいと、レイゴオウはバーニアで飛び、50m後方に着陸した。
「ホノカッ!!大丈夫か!?」
『生きてるよ』
通信への応答に、安心するノボル。
「ソウルの滾りを感じる女だな……敬意を表するぜ」
『マジで?すげー、嬉しくないよ?』
「それにしてもフッ……」生まれて初めて聞くフッの使い方だなとノボルは思う。「ヤツら声の通り、ガイタスの使い方にまだ慣れちゃいないひよっこだな……赤子ッ!!」
煙の山から、二体の怪獣はゆっくりと立ち上がる。だが、彼らの纏う緊張感に似たモノはどこかさっきまでと違っていた。
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