第参話 三大怪獣・吃驚の殺戮投法

3-1 旅

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」室内なのに天にも轟く叫び声を発しながら、ジンは定食屋のカウンターに倒れ伏した。


「ああた、もう三食目でもああなっちまったよ、今度こそアタっちまったんじゃないのかい?」

「ほっとけ、今の牛丼は飛びきりの奴だから、倒れて当然さ」店主とその妻が別世界の様なテンションで言い合う。定食屋の中には誰もおらず、彼を注意する必要も無かった。長い沈黙の後で、ジンは物凄い勢いで身を起こし、ナプキンを0.5秒の速度で取り出し、店主としっかりと目を合わせた。


「じっちゃん……」

「何だ」おたまを片手に店主は、悟ったような表情をしていたジンに返してやる。

「研ぎ澄まされた職人が手掛ける食事は最早命を燃やすな……!!」

「ああ、そうともさ……燃やして、それを燃料にして、また人間の営みというモノを作るんだよ」店主はきらりと目を輝かせる。「だがな、俺が研ぎ澄まされた職人になれるかどうかは、あんちゃんがおいしく楽しく食ってくれるかどうかにもかかっているのさッ」


「フッ……言ってくれる」満タンのお冷やを一気に飲み干し、ジンはそれのおかわりを所望する。

「あんちゃん、それはアンコールという事でいいんだなッ!?」

「何だとッ!!??」


 店主はフフフといった気味の悪い声を出すと、四つめの品——丼ものをジンに差し出した!!


「馬鹿なッ……ここに来て、カツ丼!?一周回ってという感じだが……」

「ナメちゃおしめーよ……まずは一口」

「わかっているッ!!」


 店主の言葉を最後まで聞かない内に、両手を合わせて敬意を払い、それから丼を持ち上げるジン。その温かさから既に、美味しさがあふれ出している、とジンは感じる。和風たれは既にカツの間からしみ出して、下の玉ねぎに到達していた。その内側のご飯にまでしみ出すのは時間の問題ッ!何故そこで緊迫がもたらされるかというと、ご飯にどれくらいのたれが染み込んでいるのか、それがこの食事に深みを生み出す不可欠な要素の一つであるからだ。複合の味という観点からいって、まずジンが目を付けなければいけないのは、なんと言ってもご飯だった。しかし、ご飯を気にしながらも、ジンは真ん中から少し外れた、右から二番目にある巨大な肉の塊を一番最初に口へ運ぶ!このファインプレーには店主も目を見開かずにはいられない。次はそう、機はいい感じに熟したッ!汁の染みたご飯へと、ジンのお箸は侵略を始める!今迄均衡を保っていたモノに手を触れる時が来たのだ——








 誰もかもが立ち寄らないような古びた校舎は、かつて高等教育を受ける場であったとノボルには推察された。校舎は、ノボルの「故郷」となった街から大きな橋を渡ってすぐの、『陸尾ミチノオ』と呼ばれる小さな港町にあった。ノボル達はレイゴオウの足を借りて、一夜でその港町に辿り着いたのだ。

 

 何故ここにくる必要があったか? ひとまずは地上に生き残った「頼れる」人間を探すために、である。しかし……校舎の三階の窓から見て取れる風景は、街の景色にしてはものさびしいもので、ここ数日の間に「何かあった」ことはすぐに見て取れた。


「不運な事に、ここも良からぬ人間に利用されたガイタスに滅茶苦茶にされてしまったのよ」


 ホノカは、廊下に張り付いた窓硝子ごしに見える、運動場の向こう側にある黒い街を眺めながら、そう言った。彼女の後ろをノボルがついてきていた。


「何でも、宇宙海賊の所為だったらしい」

「宇宙海賊って……冗談だったらちょっと笑えるけど」


 溜息をついて、窓際の白い壁にもたれかかりながらも、ホノカの視線は外へと向けられている。運動場から校舎を仰ぎ見た時に見える、美しい孤高の女子生徒の姿がノボルの脳裏に映る。


「アンタ、本当にガイタス以外の事については何も知らないのね」

「……」

「三週間前、私がこの校舎を拠点にしていた時はもう少し人がいたけれど……そっち側の橋の向こうに出現したガイタスがこちらに進路を向ける事を恐れたのね。今日戻ってきた時にはもう、少ししか人が残っていなかった」


 ホノカは現状を冷静に観察するように、窓の外へ手を伸ばそうとして、硝子にぶつけた所で、重々しい息を吐く。内カギを開ければ良いのに、とノボルは思う。


「それでも残っている人は立派だと思う」

「まあ、なんだかんだで何も無い内は逃げてしまった人よりも穏やかに暮らせているんだろうね」

「多くの人々はどこにいったんだろう?」


 ホノカはもう一度振り返り、ノボルを見据える。それから、急な加速で歩き出したかと思えば、すぐに彼の横をすり抜け、開けっ放しになっていた教室のドアを通過するので、ノボルも後に続く。教室の中は狭い間隔で机が並べられていて、それに手をつく度キシリという音が静寂の中に反響して、すぐにいなくなる。黒板には乱暴に叩き付けられた落書きと、それを消そうとした微かな努力、その上から「永久不滅」という文字が色とりどりのチョークで書きなぐられていた。


「あの向こうだよ」


 唐突に口を開くホノカは、真面目でない生徒を装っているように窓際の机の天板に座っていた。彼女が硝子に指を突き立てている先には、海があった。目の前に照らされ白く輝く向こう側には、水に浮いた都があった。『中心都市・京』——小さな島のようだが、ノボルはそれが大きな橋でつながれている、という事を知っている。


「今度この街にガイタスがもし来るとなれば、一人残らずあの街に避難するだろうね、あの街は『絶対安全』が約束されているから……ねえ、昨日の夜思ったんだけどさ」


 ホノカは話題を切り替える。


「ガイタスが来て人間が逃げて……その繰り返しでずっときていたのかな? 私はキラビトが、人間そっくりの、いや、同じ種のカタチを持ったモノであるとは知らなかった。彼らの中にも現状を理解して、対話したいと思っている者はいてもおかしくないでしょう? それとも、彼らは全てガイタスを自分勝手に用いる人しかいないワケ? 何かがおかしいよ、絶対」

「落ち着いてよ、考えすぎだ」ノボルはホノカに相対するように、机の天板に座る。

「……私は彼らの事がわからないからずっと怖かった、でも今は彼らの事が少し分かって、裏に蠢く何者かの影がより強くなってしまった気がするっつーか」

「そうなの?」

「……いや、よくわかんないんだけどさッ」ホノカは海の向こうの憧憬を眺めながら言う。

「ホノカ……君は」ノボルは一度躊躇って、出し切る。「何と戦っているんだ?」

 

 ホノカの真っ直ぐな目が突如ノボルを向き、突き刺す。

 

「何と戦ってると思う?」


 彼女のその言葉の後の余韻が、ノボルには永遠に感じられた。








 『陸尾』の建物群から、ガイタスが立ち上がって咆哮をあげた。ガイタスは、頭部と後ろ足、太い尾、そして人間であたる「腕」の様にしっかりと構えた前足を銀色の鎧で埋め尽くしている以外は、生身のそれに等しかった。脚はずっしりと構え、上半身はだらりと前屈みになっているのは、誰かに対してファイティング・ポーズを取っているかの様だった。


「全く……来るときに来るって言ってくんねーんだからよォ!」


 ホノカは廊下に飛び出して、黒い街に浮かび上がる巨体に向かって声を上げた。


「なんだかカンガルーみたいだけれど……」見たままの事を言うホノカに、ノボルは隣の窓硝子に張り付いて言う。

「確かに、多分カンガルー型と呼ばれてるヤツだ、資料で見た事がある」

「資料!?するってーと、地球に一度出現した事があるって事?」

「そうではないけど、でも……」困惑するようにガイタスを見つめるノボル。

「とにかくやるしかねーな……」ホノカはポケットから見慣れない銃を取り出し、ノボルに投げる。銃は特徴的なカタチをしていた。打つと「特殊な物質に反応するマグネット」のついたワイヤーが飛び出すらしい。


「ソイツはガイタスの『鎧』から研究されて開発されたモノだから、レイゴオウの肩にでも引っ掛ければ、高いコクピットでも搭乗する事ができるはず……お前はひょろっぽいけど、マンションとマンションの間を飛び越えられるくらいならそんくらいいけっだろ」


 ホノカは半ば早口でそう言った。遠くの爆音に気を取られながら。


「ありがとう……君は?」

「何をするかって、今まで通りにやるだけよ」ホノカは昨日の戦士の顔に戻っていた。「だから好きにやるんで、邪魔しちゃったらメンゴメンゴって事で」

「そっちの方がやりやすいかもな、僕、作戦とかうまく立てられるワケじゃないし、ジンも協調とかは皆無だと思う」

「クソだな……まあ、いいけどさ」


 ホノカが頭を掻いた時に、また爆音と振動が辺りに響いた。カンガルー型のガイタスは歩くだけで、辺りに「災害」をもたらしている……

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