2-3 対話


 レイゴオウがホノカの足元についた時、彼女は厳しい目をしていた。ノボルにはそれがはっきりと見て取れた。手に握るボムも——明らかに、攻撃するという意志があった。


「ぬ……?あの女、怒ってるの?なんで?」ジンが気の抜けた様な声を出す。

「これがガイタスだからだろ、一応」コクピット内の発言が外へ漏れるスピーカーをオフにして、ノボルは言う。

「そうだよな……それで警戒してるってワケかい」ジンは面倒そうに息をつく。

ノボルは一応集音機を起動する。ホノカの言い分を聞くために。


『あなたの家にある武器が「どうしてガイタスなのか」、話を聞かせて欲しい!私の声が聞こえているのなら、質疑に応じて……』


「あーあー、聞こえてなーい」ジンはノボルのシートに足を放り投げて、言う。

「ジン……!僕にも教えてくれよ、どうして僕の家に、君のレイゴオウがあったのか……それから、父さんの何を知っているのかとか!」

「おーおー、前から後ろからうるせーなァ」ジンはスピーカーの電源を入れて、言う。


「そこのお嬢さんよーい!聞こえてるのなら手を貸してくれねーか!機体から降りたいんだが、リフトがねーで困ってんだ!!それから、アンタの怪我も早く手当してやらねーとなァ」にやりと笑うジンに、ノボルはすっかりあきれ果ててしまう。モニター上のホノカもすっかり呆れているようで、ボムを握った腕をだらんとぶら下げて肩で息をついていた。









 いつの間にか空は晴れていた。姿勢を落としたレイゴオウから降りるのには、街の中の小さいテーマパークにあった観覧車をリフトにして、外にいるホノカにそれを操作してもらう事で成功した。


 勘弁してくれよと不満げな顔をするホノカに、ジンはいち早くポケットからのハンカチを取り出して、指のケガを止血してやった。ノボルはそれを見て、つまらなそうにレイゴオウを見上げた。

 

 彼の「剛」を絵に描いて現したような脚が最初に映る。それからノボルはレイゴオウの項垂れた顔がやはり動かなくなっていて、瞳に光など点っていないのを寂しく思う。しかし、さっきまでそれは確かに息づいていたのだ……という事実を噛みしめていた。気が付けば後ろに、ジンの姿があった。


「本当にもう動かないんだね」ノボルは本当の寂しさを口に出す。

「ノボル……」ジンは落ち着いた声を出す。「もう動かない訳じゃない。お前がレイゴオウを生かすのだ、それが限られた時間の一部であろうともな」

「生かす、か……」

「それにしても、今日の敵は厄介なブキを持つヤロウだった」

「あのガイタスに乗っていたキラビトは、死んだのかな?」

「さあな……ガイタスそのものの破壊はさっき見ての通りだ、『そんな事はどうでも——」


 その時、二人は気付いた。尻尾の中ほどに掴まる男の存在に。正確に言えば、さっきまで尻尾の裏側にいたその男は、今になって姿を現したのだ。男は後退し始めた黒い髪に、短く刈り込まれた髭、そしてサングラスが特徴的で、夕焼けが服に対して見慣れない反射を見せていた——ノボルとジンはそれが、キラビト星にしかない材質を持った服である事を知っていた。


「……生きてやがったな、まあいいんだけど」ジンが心底呆れたように言う。

「何?つまりアイツがキラビトって事?」ホノカが背後でバツの悪そうな声を漏らす。「人間とまんま同じの見た目じゃない……」


 男は三人の姿に気付くや否や、慌てて逃走を図り出した。


「逃がすかッ」誰よりも早くホノカが反応した。先程近くのドラッグストアから材料を補充し十分に作ったばかりのボムをすかさず投擲した。しかしそれは、彼の手前で爆発した。


 後を追おうとした彼女の肩を、ジンが掴む。

「放っておいてもいいだろう、乗るガイタスを失ったアイツに母星へ帰る術は暫く無い……何も無い荒野の中を彷徨うか、街に辿り着いたとしても迫害を受ける運命しか——」ホノカはジンの言葉の全てを訊かずに、彼の制止を乱暴に解いてキラビトの男を追いかけて行く。


「……フ」身を翻すジン。「どうやら特殊な事情があるらしいな……!」夕焼けに浮かぶシルエットが妙に腹立たしいと、ノボルは思う。


「って黙って見過ごすアンタも特殊だよ!!僕、ホノカの様子見てくる!」

「勝手にしな……その代わり、場所が場所で時間が時間なので早めに帰ってくるんだぞ……」振り返った時、とうにノボルの姿は廃墟の向こう側に姿を消していた。鎧を着た怪獣の前に立つジンは、仕方ないなと言って、レイゴオウを見上げた。


「……地球にはあとどれくらいのガイタスがいるんだろうな」ジンはレイゴオウを見つめながら、一人呟くように言った。「その全てを粉微塵にするまで、俺は——」








  公共交通機関という仕組みそのものが何年も前から既に無かった街、電車の通らなくなった高架の下で、ホノカは、コンクリートの灰色を背にしてしゃがみ込む男に銃口を向けていた。ノボルはそれを見つけた所で立ち止まった。


「そんなブキも持ってたんだな、爆弾女さん」追い詰められた男は、汗を拭きながら答える。

「自害用よ」ホノカは淡々と答える。冗談だとノボルは思う。「どうしてこんな事を?」

「深い事は考えていなかった。……たった少し、食料を奪うだけのつもりだった。でも気が付いた時にディープの野郎は暴走して、あんな事になっていた」


「ふうん……あの怪獣は悪くないね、事の発端は全て貴方個人の魔……そう?かわいそうね、ディープが」

「ああ、俺はディープを……たった一つの俺のアニマを失ってしまった。もっと深く考えるべきだった、行動を起こす前に……俺の心が弱いばっかりに」夕焼けに別のモノが照らされた、それはキラビトの涙だった。ホノカはその涙を見て更に困惑しているようだったので、立ち尽くしていたノボルは口を開く。


「心が弱いっていうのは、少し違んじゃないかな」沈黙。ノボルは必至で考える。「ユイツブキを持ったガイタスはキラビトとか人間に対する服従を、似た内面を持ったキラビトや人間にしか受け付けないという……これって、ガイタスに僕達の魂が映されているって事だと思うんだ……だから、言ってるのは逆で、君の心は、ある一部分が強すぎただけだと思うんだ。だから必要な事は、それを抑えつけるもう一つの自分っていうか」


「気持ちが先走ってうまく話せてねーよ、マヌケ」ホノカは呆れたように溜息をついて、もういいやと頭をかき乱す。

「大事な事だけ訊いていい?」

「ああ」ノボルの言葉を聞いて悟ったような表情をしていたキラビトの男は返す。

「アンタに黒幕はいるの?」シンプルな質問。ホノカはそれだけを口に出す。


 キラビトの男は首を振った。


「俺は夢を見て宇宙を旅したが、色々あってここに流れ着いただけのよくある浮浪者さ……アンタが何を探しているかしらんが、アンタが望んでる情報を提供してやれそうもない」

「そうか、わかった」ホノカはそう言って銃をおろす。

「恨んでいるんじゃなかったのか?俺を殺さないでいいのか?」


ホノカは渡りに広がる廃墟を一瞥して言う。「確かにアンタはひでー事をしたが、だからといって私に裁く資格はねーしそんな事すんの胸糞悪い。さっさと失せな」ホノカはぴしゃりと言い放った。


 男は無言で立ち上がり、高架の下へと出た。彼だけが夕焼けに照らされ、廃墟の中に赤く輝いた。彼は決意したのかぼうっとしたのか分からないような気持ちで、重い足取りを進め始めた。


「永遠に彷徨い続けるかもしれないわね。そして人間からは迫害を受ける」ホノカは無感情そうな目線を、その人影にやった。「ヤツの言ってる事が本当だったとすれば、キラビトも可哀想なモンよ……自業自得だとしても、軽い気持ちが生んだコトがここまで飛躍して、取り返しのつかない所まで行きついてしまうチカラを与えられてしまったなんて」

「君が言ってるのは大袈裟だよ、僕はなんとかなるって思うけどな」

「私と同じくらいだってのに、本当にガキな考え方をしているね、さっきの言葉だってそうで、どこかから拾ってきたパーツを組み合わせたようなモノばっかり。アンタにはまだ芯が無い」

「君だってよくわからないさ……てっきりキラビトに恨みを持って行動していると思ったけど……」

「『与えられたこの力』があるからって、この場所を守りたいというのは本当だよ、でも、奴等を殺したいかどうかはまだわからない、いや……『分からなくなった』」


 それでは、君の目的は——ノボルはそれ以上訊く事が出来なかった。彼女の言葉そのものをあまり咀嚼できていなかったからだ。ホノカは高架の影から出ると、遠い町の向こうに広がる夕焼けを見つめ、言った。


「貴方やあの男にも聞きたい事は山ほどあるけれど、まあそれはじっくりと時間を掛ける事にするわ」

「これからどうする?」ノボルは訊く。

「あのガイタスを保有している以上、『私達』はもう普通じゃいられない」

「……僕はこれから、どうすればいいんだろう?」

「素直ね、それを訊くに丁度よさそうなヤツはあの男じゃない?」


 彼女はそう言うと、銃をしまいこんで、夕焼けの向こうへ歩き出した。

帰中、ホノカは初めて自分の名前を明かしてくれた。彼女の名前は「弥生仄(ヤヨイ・ホノカ)」と言った。

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