2-2 戦闘
灰色の街をバックに、向かい合う二体の怪獣。
体格差は一目瞭然、レイゴオウの方が20mほど上回っている。
『ならばこっちも自己紹介させてもらうが……俺のガイタスの名前はディープ!』
「ディープ……それがお前のANIMA、底なしの沼って所か」
『コイツにそんな恐ろしいイメージを植え付てもらっちゃ困るな、こいつはただおお食らいなだけで、ただお腹を空かしているだけさッ』
「ジン、気を付けてくれ! アイツは、指定した空間を『球の形にくり抜いて、消滅させる』っていう『唯一能力(ユイツブキ)』を持ってる」
「跡形も無く食い尽くしてしまう、というワケか……『暴食』、かな」
ジンはノボルの声を聞きながら、辺りに出来た無数のクレーターを一瞥して、「許せん」と一言呟いた。
ノボルはその間にホノカの生死を確かめる。ホノカは丁度レイゴオウの後方、大きなビルの破片を盾にして身を潜めていた。ノボルは安堵し、溜息をつく。彼は(ディープへの警戒を怠らないように)無言でモニターに彼女の現在地点を映す。
「ぬッ! こんな所に人間、よくも生き残っていたもんだ」モニターを見て驚くジン。
「彼女は戦えるけどおそらく疲弊している。踏みつぶさないよう気を付けて戦って」
「いいだろう……しかし、可能な限り、というお決まりの条件を提案させてもらうとするがなァーッ!!!」
ジンは前触れも無しにバーニアでビルの残骸を吹き飛ばしながら、レイゴオウを前に進める。ディープとの距離は急激に縮まり、ディープはその接近に対してぎょっとしたように塵を被った腕を上げる。ついに、二体の怪獣は完全に接触した。
爆裂。
耳を裂く様な音が、弾け。
鋼の軋む音が、瓦礫や植えられた木々やコンテナなどの「彼らに対しては微細なモノ」と共に霧散する。多くのモノを巻き込み散らしながら、二体の怪獣の取っ組み合いが幕を開けたのだ……
ディープは例によって、球型に周りの風景を「喰らう」! 無差別に! ヤツがどこだか特定できない空間を「喰らう」度、レイゴオウは一歩前に出る。その挙動はノボルの仕事だ。
『なッ……何だって!? このままでは! 下手にユイツブキを打てば自分で自分を食ってしまうッ!!』
「どうだいディープのパイロットさん! これくらい接触してしまえば、お前のお気に入りももう使えん!!」
『確かに、簡単には……だが!敢えて接近戦に挑むお前も愚かよッ!!』
取っ組み合いの末に、手と手で互いをがっちりと掴みあう両ガイタス。二体の怪獣には、ディープがおよそ30m、レイゴオウがおよそ50mという差があったはずだった。しかし、太い腕を軽々と持ち上げるディープは、その身長の差を軽々と埋めるどころか、肥大化したその腕でレイゴオウを逆に圧倒していた。
「ぐッああああああ」圧倒され押し潰されそうになる腕に、ノボルは悲鳴を上げる。
「ジン! レイゴオウにはユイツブキがあるんじゃないのか!! とっておきの……それも、腕で圧倒できるモノが!!」
「! い、いや……まだ……まだだ! まだ遣えん! それを問題無く使えるという、確証が得られん……」苦しそうにジンが放つ、その発言の意味をノボルが考える事は、今は出来なかった。「こいつで……十分だ!」
レイゴオウは前に足を繰り出し、ディープの、昆虫の折りたたまれた太い足に細い触手がくっついたような胸部に、蹴りを繰り出し、吹き飛ばす。ディープの手は火花をあげてレイゴオウの手から離れ、後ろに倒れ込む。飛沫、それはディープの血液である。
『いだだだだだだ!! ヤロウ、食ってやッ』
ディープが目を光らせた途端、レイゴオウの尻尾が彼に追い打ちをかける。
非常に固く太いその尻尾のムチは、ディープを其の場から立たせる事を許さない。
『痛い……チョッ、痛いって、あのッ』
「黙れッ! 大方こうなる覚悟もしてこないままでこの地に降りてきたんだろうが……」
『覚悟だって!? 俺はただこいつの腹を満たすために……』
「こうまでしといてまだ言うか!? クソッ……貴様などユイツブキを使ってやる義理も無いわ!!」
レイゴオウは背びれを光らせた。
まるで稲光の如く、明滅を繰り返し。
「体内放射制止!!」ノボルは、突然の武器発動に驚きながらも、溢れそうなパワーをなんとか制御したところでジンに叫ぶ。
「ならばエネルギーを口腔に集中させろ! いいかノボル、お前が大方日頃やっているであろうマニア向けのシミュレーション・ゲームとは根本的に違うぞ!! 引き金は無いので、『意識を集中させ一気に解放する』のだ! 例えばそう、画家が心の深い部分にまで立ち入り、少ない筆でそれをひと思いに表してしまう時のようにな……」
「わ、わかった! 行くよッ!!!」
「「うおおおおおおおおッッ」」
ノボルがジンの言う通りにすれば、彼の中に手を動かす、首を振る——といった日常的な感覚の中に、新しいモノがインプットされる。凄い、と素直に彼は思う。耳を突き刺す音と共に、背鰭の光は激しく明滅を繰り返す。一体何が起ころうとしているのか?ノボルにとって既にそれは、知れた事だった。決まっているではないか! その高まりが頂点に達せば、レイゴオウは肩を鳴らし、頬を震わせ——そして、ああ見よ! 光の束が! レイゴオウの口腔から……一気に放出された!!
歪まない奔流。
心地の良い音の雪崩。
ディープの腹部にそれは直撃し、どこかの筋か切れたのか、緑色の体液を巻き散らしながら、ディープは後方へ押し出される。幾つかの、まだカタチだけ残ったビルを巻き込みながら。50m、100m。街に現存していた「城」に到達した時、ディープはその屋根、瓦、石垣に至るまでを無差別に弾き飛ばす。 堀の水は一瞬にして蒸発し、そして——一気に広がる真っ赤な火炎の広がりの中に、ディープは見えなくなった。大きな爆発が巨体を包み、四散する破片が彼のモノなのか建物のモノなのか、最早わからなくなる。
「やった……」思わずノボルは呟いていた。凄いよ、レイゴオウ……天高く咆哮をあげる怪獣と一体になったノボルは恍惚に駆られ、その爆炎の広がりをぼんやりと眺めていた。その時だった。
「ヤロウ……まだ!!」唐突に響き渡るサイレンに、ジンは舌を打って前方を睨みつける。
その時不思議な事が起こった。爆炎が、球の形にくり抜かれたのだ! 一度では無い、二度三度と繰り返しながら……ついに爆炎の全てがくり抜かれて、残った空気の塊が吹き飛ばされた時、新たなディープの姿が顕わとなった。
単純な変形だ。昆虫の足が折りたたまれたような形をしていた胸部が一気に展開し、六本の脚となっていた。あれだけ太かった腕は大きさを急激に縮め、背中の羽の一部に、畳み込まれ。六本の脚がその腕と同じ位に肥大化し、地面にしっかりと根を伸ばしている。
胸が地面の方を向いても、三角の頭部はしっかりと前方を捉えていた。うめき声の様な咆哮をあげて、形を変えたディープは炎を吐く。それはレイゴオウには届かずに、瓦礫の丘を再び焼くだけとなる。
「我を失ったな……」ジンの息を呑む音が聞こえる。「ノボル、ユイツブキは使えないと言ったが状況が変わった。一気に畳みかけるしかないようだッ」
「え?どういう……」
「決まってるだろうが……多少のムチャをするっていう」ジンが緊張しているように、声を震わせている。「ことだよォォォォォォッ!!!!」
再びノボルの頭の中に、電波の奔流が押し寄せる。新たな感覚が、生まれようとしている。しかし、四つに引き裂かれてしまいそうなくらいの電撃が、主に腕を襲う。その電撃は、明らかにノボルの中の「許容範囲」というヤツを超えている!
「む……ムチャだジン!! 頭もブチ破れそうだッッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「俺達二人の、ニンゲンの差異ってヤツが更なる抵抗を生んでるらしいな……このままでは共倒れ必須……だが、俺はこれすらも心地いいぞノボル! 呼吸を合わせるんだ!!」
「アンタと俺の呼吸が合う事なんてあるのか!? 」
「何を心配しているのだ、ノボルよ……お前はレイゴオウの事を既に知っている!!ならば……レイゴオウを通じて!まずは俺の事を知る努力をしてみせよオオォォォッッ!!!」
「無茶苦茶だ……ついていけないッ!!!」
文句は言っても根拠の無い闘志に身を委ね、激しい電流の様な痛みに耐え、レイゴオウと同じように叫ぶ。するとどうだろう、肩の節から肘にかけてに更に熱い鉄を焼き付けられたような感覚が発現し、「皮の内から何かが飛び出す様な感覚」に襲われた。これは——!! ノボルは更なる苦難に身もだえし涙をにじませながらも、レイゴオウの中で特に愛してやまない部分の「発現」に、ニヤリとしないわけにはいかなかった。
「木端微塵に吹き飛ばしてやる!!!!」
ジンが雄叫びをあげながら脚部のバーニアをフル・バーストし始めたので、ノボルもそれと意識を共にする。腕から刺に満ちた物体が生まれ出でようとしているレイゴオウが、ディープに向かって急速接近し始めた時——
ノボルは体内に入り込んでくる激しい流れが最高潮に達した時、前にあるモノも何も見えなくなっていた。だが——ノボルは気付いたのだ。レイゴオウの身体は既に、「球にすっぽりと包まれている」という事に。急激に周りの空間が揺らぎだし、レイゴオウの身体そのものが音も無く消えていく、という気がした。そして……
レイゴオウは、その場から完璧に消滅した。
ホノカは巨大なガイタスが自分を守り、勇敢な拳を振るって戦っているのをただただ見ていた。その巨大さと恐ろしさに、彼女はひたすらに身を隠し、その行く末を見守っていた。私が手を出すタイミングは……あるわけがない……と、彼女はお守りのようにボムを抱きながら、指からの出血を止める様に右手を圧迫し続けていた。
埋め込まれた「重力操作ユニット」はこれくらいの傷では影響を受けない。どこかに包帯の代わりになるモノはないか、と辺りを見回しつつ、彼女は取るべき行動を探す。彼女は包帯などの応急処理に使うツールを、遠い場所に置いてきていたのだ。やがて、大いなる巨獣どうしの戦をみるごとに、私がこれに介入する必要は無い……と、安堵と諦めが混じった様な不思議な気持ちに取り込まれていた。あの大きな背鰭を持ったガイタスの後ろにいれば大丈夫なのだ、と……しかし、その喪失は唐突に訪れた。
なんという事だろう。 巨大なガイタス、レイゴオウが大きな、50mの巨体を蔽い尽くす程の球に包まれた、と思った時には遅かった。飲み込まれたレイゴオウの姿はぐらりと歪み、次の瞬間にはもう球は弾け飛んでいた。地面に巨大なクレーターを残して。
ホノカは安らかな気持ちになっていた事に激しく後悔した。不用意に敵に突っ込もうとした後悔はねじ切られた指に残っているというのに、それよりも強い強い後悔と、孤独を少しの間でも埋めてくれた仲間の急激な喪失が、ホノカの胸を覆い尽くし穴を開けた。球のカタチに……呻き声に近い咆哮をあげる怪獣のどこに風穴を開けてやろうかと、ホノカが立ち上がりかけたその時だった。
ピシリ、という音がどこかで聴こえた。
ディープと言う名のガイタスの方だった。ディープの鳴き声が苦しみ悶える様なモノへと変わり、六つの脚がねじ切れそうに歪んでいた。
三角形の頭部に隠された口が粘膜と共にギシリギシリと開き。
赤くなった目玉はグリュグリュと回転しだし。
光のヒビは、ディープの身体を埋め尽くし。——
回転。
軋み。
赤く発光。
そして——
爆発して、飛び散った。
ヤツの肉片が輪を描いて、四散し。
光の束は、十字を描いて、淀んだ空を一気に明るくした。
その光の束の中にいたのは——
レイゴオウ。
しかし、そのシルエットは最初ホノカが見たモノとは遥かに異なっていた。
腕に、刃がくっついいたのだ。まるでトンファーのような、しかしその見た目には如何せん不釣合いにすら感じられる、刃。
刃はその頭部と同じ形の、巨大なVの字を描いていた。
デルタの眼光はディープの立っていた場所を陣取り、残った巨大な脚を、レイゴオウは切り刻んだ。尻尾を振り乱す時の様に、身体を回転させながら。
周辺の空気全てを巻き込んだ唸りが、レイゴオウの口から引き出され。
切り刻まれた脚がレイゴオウの周りを包み込んで爆発した。
たちどころに上がる炎に隠れ、見えなくなるレイゴオウ。
沈黙。
ドシン——ドシン——
炎の中から鋭いシルエットを持つレイゴオウが何ともないようにこちらへ歩いてきて。
奴は、空を仰いで勝利の雄叫びをあげた。いつまでも続くかと思えた長い長い咆哮こそが、本当の希望の鐘となって、廃墟の街に出来たいくつもの空白を、轟音ひとつで埋め尽くした。
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