第弐話 起動せよ!無窮の機装「怪獣」

2-1 起動

 時をほんの数分遡る——レイゴオウ出撃の、数分前に。


「ああ……緊張するよなァ」レイゴオウのコクピットに搭乗した時、ジンはノボルに語り掛けた。

「そうだね」ノボルは高鳴る胸を抑えた声で返す。


 レイゴオウの複座式のコクピットは、頭部に近い背びれの根元の部分にあった。外から搭乗者の姿は確認できない(ために、コクピットそのものの場所も簡単には特定できない)が、搭乗者からは外の360度、見える範囲の、一切の全てが見渡せる球型の全天周囲モニターになっているのだ。


 これは第四世代ガイタスより採用された仕組みで、この場合搭乗者が座るシートは後部からのびる細いロボット・アームで支えられたリニアシートになっている。これらの全天周囲モニターやリニアシートは古いアニメの中でのメカ設定を参考にして幾度とシミュレーションされてきた技術だが、それを実際にリアルの物としたのはキラビトが初めてである。


 ロボット・アームが外的要因によって生じる衝撃・視界の祖語などを事細かにキャッチする事で、操作性や乗り心地に至るまでがより敷居の低いモノとなっている。つまり、「ある条件さえ満たせば」ガイタスに簡単に乗れてしまうという仕組みが、第4世代より実装されたのだ。たわけな理由で地球に降りるキラビトが絶えない理由の一つではあるが、ガイタスを操縦するのには一応、「最低限の資格なるもの」が存在する……


 二人のシートは縦に並んでいて、基本座ったままで操作する事が出来た。ノボルはジンの前のコクピットに座っているため、背中に関してはジンに全てを任せなければならなかった。勿論、自分に課せられた使命はあくまでも「補佐」であるので全てを見る必要はないと、ノボルはその時何故か思っていた。


「最後に訊いておこう」ジンは頭上から話しかける。

「ノボルお前……帰りを待つ父親はいるか!?」


 ノボルはその質問に一瞬惑う。


「父は僕が生まれてすぐ、どこかにいなくなった!」

「そうか……では母親は!?」

「母は僕が15を超える頃、昔からの病が悪化して死んだ!」

「……、そうか……では!恋人はいるのか!?」

「僕は……ウブだッ!!!」

「そうか……」


 ジンが気まずそうに数秒だんまりして、そして唐突に叫んだ。


「ならばよかろう!出撃するぞ、ノボル!!」

「……」


 その時だった。コクピットの下方からもう2つのロボット・アームが伸び、先にくっついた射出口から、白色の気体を放出し始めた。正確に言えば、この水蒸気に似た気体は、単にあるモノをコクピットの隅々に至らせる役目を持っている。パイロットに付着する微生物レベルのナノマシンだ。これが無ければガイタスを操縦できない。


 靄が透明になり、ノボルの身体に新たな感覚が現れる。別の身体を持ったような。ノボルとジンに付着したナノマシンはレイゴオウ本体と常に通信を取りつつ、パイロットの意思とレイゴオウの動き、完璧なシンクロを生む。要するに、思考制御である。だが、それならばナノマシンが付着するのはジンの身体だけであっていいはずだ。レイゴオウはミサイルや光線を発射する時のための操縦ユニットがついているのだから。ノボルはジンの方を振り返る。


「ナノマシンは、コクピットに搭乗する人間がパイロットに足る人間かそうでないかを判断してからその肉体に取り付く……それはもしかすると、レイゴオウそのものの意志なのかもしれん」ジンは呟くように言う。「俺もレイゴオウもお前の闘志を迎え入れたのだ……こうなれば二人で、痛みも全てを共有して、ガイタスを叩くしかない!!」

 

 そう、痛みすらも――ナノマシンに取り付かれた以上、ガイタスが受けた痛みは全て自分が負わなくてはならないのだ。それはノボルに取ってとても恐ろしい事だった。何といっても初めての体験なのだから。しかし……

 彼が考えたのは、モタつくノボルのために、今も地上で戦っているであろうホノカの事だった。


「そんな事わかってる!」ノボルは頭を激しく振り、ハンドル型の操縦ユニットを掴む。「第一拘束解除!」

 緩やかに途切れがちの電子音を奏でていたコクピット内が、急にモーターが回るようなうるさく、耳に触る地鳴りの様な音へと変わる。


「おお、レイゴオウの鼓動が動き出したぞ!!」

「なんかッ身体が……熱いッ」

「俺もだノボル!長い間動く事を忘れていた主機から、エネルギーは無秩序に吹き出されている!レイゴオウの体内全てに迸る圧力と熱が膨大すぎて、俺一人だったら抑えきれていたかどうか……ッ」

「ば、フライバーニアを暖機無しで発動させたのか!?」モニターに映る一つのウインドゥが残した驚くべき表示を見て、ノボルは素っ頓狂な声をあげる。

「見た所このドック、そんな事している広さは無いし、それに何より時間が無い!心配するな、コイツは思ったより暖まるのが早いんだ……メンテ用隔壁の閉鎖をしっかりと確認!!まあ誰もいないがな!!」

「アンタまさか……飛んで天井を突き破る気じゃあ」

「補器回転数が垂直上昇可能数を突破!ついでの耐圧試験もクリア!出力の上昇にまでは……あと数秒待つとするか!!」

「うっそだろ……」


 空を仰ぐノボル。仰ぐ先の空、天井は、やはりしっかりと閉じられている。


「全天モニターはどうだ!酔いそうならCGの状況リアルタイム変換システムに切り替えるが!!」

「このままでいいよ、もう……」

「え?」コクピット内の騒音がために、ジンには聞こえない。

「このままでいい!!」

「よし——そしてそうこうしている間に準備が整ったようだ!ブースターユニット、天井を突き抜けるギリギリの所で減速行動に入る!いいか、突然タイミングはやってくるからな!!防衛隊の生温いメカみたいにオートじゃないんだ!!」

「バーニアの軌道修正しといたよ」

「おお!最終段階だな!!では、第二兼最終拘束を解除!!バッテリー良し!燃料良し!カタパルト作動……いらねええええ!!」

「くそッもうどうにでもなれ!」

「飛べ、グレイゴオウ!!」


 モニターに赤いランプが表示され、警告音が鳴り響くが、ジンはそれを無視して加速を掛ける。

 

 ずんと重い怪獣が、散り散りばらばらになりそうなのを必死に保ちながら上昇している。ノボルはそれだけで、そしてその状態を感覚としてリアルに迫るモノとして与えられている事が驚きだった。スマートなサイレン音が、その時鳴り響く。


「上空に敵が!」

「丁度いい……壮大な不意打ちをぶちかましてやるとするか!テール・ローリングだ!!」

「天井まで至近距離だ!減速するッ!!」悲鳴に似た叫び声を、ノボルが上げた時——

 天井は砕け。

 レイゴオウは、地上に出た。


 直後に、減速の反動をも活かして、遠心力を尻尾に集中。視認した敵のガイタスに向けて——強い反動を肌に受けながらも。二人で猛り、そして振り抜く。

 テール・ローリングを真に受けた敵は、それまで地面に張り付いていた足を失ったかのように、瓦礫の向こうへ吹き飛ばされた。

 轟音。

 残響。

 沈黙。

 そして——

 レイゴオウは尻尾を振り乱しながらがっしりと地上に足をつけ、咆哮した!


「「機装神臨場!!零號王!!!!!!」」

「……って、何で名乗る?」ノボルは言っておきながら、照れ臭そうににジンに訊く。

「ガイタスに乗ったモノどうしの自己紹介は基本だ!そうだろう、そこのツノ怪獣に乗ってるヤツ!!」

『クソ……いきなり後ろから不意打ちなんて卑怯な奴!』


 驚く事に、すぐ前に倒れ伏せたガイタスの目玉がぎょろりと動き、奴は口を開かずに「喋った」。低い男の声。それはガイタスに乗った搭乗者がスピーカごしに発した声だった。それはノボルが初めて体験した、キラビトとの「対話」だった。

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