1-終 咆哮

 とうに30分は経っている——

 ビルの影に自分の身を隠そうとしたホノカの背後で、再び!球の形を持った爆発が、彼女の身体を弾き飛ばす。


 瓦礫の海に飛び込んだ所で、彼女は光学迷彩ジャケットのコーティング・メカニックスを起動させた。30mの動く山の様なガイタスの目には、瓦礫の山のほんのひとスペースが少し屈折して見える事を視認する事はできないだろう、とホノカは想定する。彼女は残り少なくなったボムを抱きかかえるようにして、ヤツの接近を待つ。


ドシン——ドシン——


 下半身を瓦礫の中に沈め、頭に至るまでがジャケットの中にしまい込まれたホノカに伝わる情報は、音しかない。息遣いのような音ひとつ(メカ部分の防塵か何かだろうか)ですら、辺り一帯の空気をびりびりさせやがる。足音は少し焦るように早まるが、ホノカは最後に見たガイタスを見て思い出す。幾度の爆発を与えたヤツの皮にも肉にも、傷一つついてはいなかった。


 ものの30分で辺りは急激に、クレーターの様な半球の断面だらけの黒い地帯へと姿を変えた。一体何が彼の、あれに乗るキラビトの逆鱗に触れたのか?ホノカは考える。しかし、音を増して近づいてくる怖けに対しては、そんな事を忘れてしまう。ひきずられた腕にすり下ろされない事を祈り、彼女はガイタスの猫背の胴体が自分の頭上まで来た事を悟ったところで……


——今だ!!

 迷彩解除。

 ホノカは身体を回転させ。

 掌を、ピロティの軒天井のように覆いかぶさるガイタスの胸に向ける。

 閃光。

 青く透明な四角形が飛んでゆき、ガイタスの胸に焼印のごとく張り付く。


 アレがホノカの作り出した「地面」。どんな物体であろうとアレに取り付かれた物体は新たな作用を生み、引力を発生させる。ホノカはボムを取り出し、ベルトにつけられたボム解除用打ちプレートにボムの起爆ピンを激しく擦らせ。

 火花の明滅しだしたボムを、そのままの腕力では確実に届かない高さにある、ガイタスの (短い触手が集合する、気味の悪い)胸にまで「投げ落とす」。ボムは引力に吸い込まれ――その近さが至近距離にまで達した所で、爆ぜた。ホノカは身を伏せ、それを確認したところで、再び転がりながらも走り出す。


 やはり、ヤツはボムの爆発を「喰ってしまう」事で処理しようとはしない。……何故?ホノカは思考の途中で瓦礫に躓き、彼がいつか開けてしまったであろうクレーターの中へ滑り落ちてしまう。


「しまった……」


 舌を打って、ガイタスの方を見る。今迄で一番近い距離での爆発を受けたガイタスは、何ともないように煙の束を引き裂いて、現れた。30m先。ホノカが隠れない内に、ヤツは彼女の方向へ目を向けていた。


「やる事はやり尽したッ」


 ホノカが目を瞑り、祈るという最後の最後の最終手段に出た時だった。

 ガイタスがゆっくりと身体の向きを変え、何を見ているのか……?あらぬ方向を向いて、身を固めてしまった。あらぬ電波を拾い、それに攪乱され、耳をそばだててしまっているかのように……ホノカはクレーターの中で身を潜め、それが何故か考える。


 ガイタスの中で何らかの「問題」が起こり、ヤツの頭の中で何らかの「変化」が起きたらしい、という事は分かった。ヤツの三角のアタマについた眼球が白から赤へ色のパターンを変えたからである。そして……ガイタスの歩く先を見て、ある事に気付く。


「勘弁しろよ……」


 ヤツが向かっているのは、あの男の子が指さした先。

 思惑いつつも、ホノカはもう一つのボムを発火させた。

 重力射出。

 投擲。

 間もなく、ガイタスの背中で爆散するボム……


 三角形の頭部が身体ごとぐるんと回り、円形の軌道を描く腕を振り上げ、ガイタスは溢れる憤怒と共に、ホノカに向けて哮った。

 地響き。

 硝子を引き裂く轟音。

 静止するホノカ。


「くッ……そがアアァッ」


 重なる大いなる咆哮と、それにかき消される小さなモノの雄叫び。

 ホノカはボムを握りしめ、クレータの中から飛び出し、ガイタスの足に重力の四角を射出し、張り付ける事で、彼女はホバー移動でガイタスに急接近する。


 ガイタスは目を光らせ、ホノカのすぐそばを「喰らった」。起爆させていないボムをすれすれの所で離すと、それを包み込む透明な球は、ホノカの三本の指の先っぽを飲み込み、爆散。

 激痛。


 ホノカが再び倒れながらも、痛みによろけながらも立ち上がり、冷たいざらついたアスファルトに食われていない方の指先をつければ、このまま倒れてしまえば全てが終わる、という怖気に似た闘志が彼女を包み込む。


ドシン——ドシン——


 だがガイタスの目がきらりと光った時には、「それだけではどうにもならない、今度こそ本当に、本当にダメだ」と目を瞑る。


ドクン——ドクン——


その瞬間は、とても長い物に感じられた。少年は今どこで、何をしているのか?今の叫びが聞こえたのなら、応えてくれよと……彼女は縋る様な思いでもう一度、怪獣のようなハスキィな猛り声を、鈍重に歩く本物の怪獣に浴びせかけた。


 その時。

 地面の絶叫。

 急激な地下からの上昇。

 高まり。

 高まり。

 高まり。

 そして——

 爆裂して、散る。

 沈黙。

 ガイタスの背後。

 ホノカの臨む先から、しなるムチ、いやそれより太い何かが飛び出し。

 巨大な山の様なガイタスが、のっそりと振り返ろうとした時。

 ヤツはしなるモノに強く殴られ。

 山は蒟蒻のように。

 ヤワくなって。

 弾け飛ぶ。

 という、幻想。

 いとも、

 簡単に。

 土埃の波が押し寄せてきて、ホノカがそれに数秒視る事を奪われ。

 次の瞬間、ガイタスは横に崩れていた。

 

 長いテールで、ヤツの身体を倒したのは……

 三角の鋭い目が、オレンジ色に光るところで、ホノカは思う。怪獣。

 逆光に照らされたシルエット。

 巨大なツノを持った恐竜のアタマ。

 白銀色の鎧をまとったもう一つの怪獣の姿がそこにはあった——


「「機装神臨場!!零號王!!!!!!!」」


よどんだ空を、空気も、鈍重な音に至るまでぶっ千切る二人の男の雄叫びと、レイゴオウの咆哮が、辺りに希望の鐘の様にその時正に響き渡った。


(一話終わり)

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