1-3 零號王
10分ほど走り続けた。
ノボルは住宅街に囲まれた自分の家に着いた時、ひどく落胆した。ノボルの家は全体を球型に、ごっそりと「喰われて」いたからだ。自分が家から離れた父の地下室に逃げ込み、籠城している間にである。家を守るのは、ノボル一人しかいなかったに違いないのに……自分の「何もしなかった」罪の大きさに気付き、彼は膝を突いて落胆した。もう望みは無いと愁傷に暮れる内に、ノボルは静止したままやはり「何もしないで」数分を持て余した。
遠くで人の声がした事に気付いたのは、廃墟となった敷地の中に、傷ついていない「入り口」を見つけた時だった。その入り口のある場所をノボルは知っていた。家と一緒に食われてしまった、父のガレージ……父は家の中の自室だけでなく、その狭いガレージでも怪しげな研究をしていた……という微かな記憶が、ノボルにはあった。
ガイタスが来るときに備えて、物騒な武器を作っていたという事をノボルは知っていたが、まさかここにも地下室があったとは。大きな瓦礫を乗り越え、彼は勇気を以てその場所に歩み寄った。
入り口から下へ伸びる梯子は思ったより深く、ガイタスから逃げ自分の家へ辿り着いた時と同じくらい時間がかかるだろう。梯子を取り巻き縦に伸びる通路は煙突のように狭く、ノボルの胸の中の不安を異様に駆り立てた。
ようやく一番下に到達すれば、今度は迷路のように曲がりくねった、真暗い路が待ち構えていた。普通の公共施設の廊下くらい広い路。暗さでノボルの目にはよく分からないが、天井も壁もどうやら鋼管で埋め尽くされているらしい。
照明一つ無い路の入り口を目の前にして、ノボルは少し恐怖に噛みつかれそうな気持ちを抑えながらも一歩、また一歩と歩んだ。するとどうだろう。足が見える程の最低限の照明が、ノボルが足を進めると共に、先を追い越すように点いていくではないか。不思議な事にノボルがそれに導かれるように歩んでそれに追いつけば、照明は役目を終えたかのように消えていくのだ。迷路には分かれ道が幾つかあるが、照明はその「正しいルート」を教えているのだという事に、ノボルは気付いた。
幾つかの堅牢そうな扉(ノボルの背を縦に2つ重ねたような大きさ)が、ノボルがその目の前に立てばいとも簡単に、自動的に開く。彼は何故か、父の幻に導かれているような気がした。そもそも、父は何故こんなに大規模な空間を作っていたのか——?
最後の扉には焼いて捺されたような印字があった。『武器庫/最終機密』——ノボルが一歩前に進んだ時、扉は大きな息を吐いた。長く開示されていない秘密が明かされるような音を立て、扉はゆっくりと開き始めた。扉の外は比較的眩しい光に照らされていてよくは見えなかったが、何かの格納庫であるという事が分かった。
——格納庫?
ノボルがハッとして目を見開いた瞬間、もうこれ以上は開かないというラインに達した扉が、ガチンと大きな音を立て、沈黙をもたらした。
彼の目は、唐突な明るさにようやく対応した。
「……レイ」
ノボルは目の前に立つ巨大な怪獣の、その名を呟いていた。
三角のシルエット。どっしりとした三本の爪を持った脚に、鎧を纏った非常に長い尻尾。天然の灰色の背びれが鎧の銀色と奇妙なマッチングを見せ、その背びれを下から上へと目で辿ると、最後に行きつくのはまたもや銀色の鎧に包まれた、しかしどこか愛嬌にも包まれたような、それに少しまぬけそうな頭部。たくましい胸から、直接のびるように首を形作る幾つもの線(血管、筋肉の筋など)がグロテスクであると同時にセクシィでもある。
……何度も何度もヴァーチャルで眺めたモノが、リアルな大きさを持って目の前に立っていたのだ!50mのレイゴオウが目の前にいる!……しかし、ノボルは少し落胆した。『レイスィクル』……腕に着こんだ巨大な武器。機械の、刃が取り付けられたトンファーが融合してしまったような、アンバランスでグロテスクだが、クールな造形を持った一つの芸術作品は、リアルなレイゴオウにはくっついていなかったからである。
レイゴオウの前に、一人の男が立っている事に、ノボルはようやく気が付いた。ノボルより少し背の高い男。白色の髪の毛は肩に掛る程で、白いカッターシャツとジーパンを身に着けている。それだけだ。レイゴオウを格納する鉄臭いドックにしては不似合な清楚な恰好だと、ノボルは思う。扉の前で立ち尽くすノボルに男も今気付いたらしい。ゆっくりと振り返り、その中性的だが美しい顔立ちを彼に見せたのだ。年はきっと同じくらいだ、とノボルは思う。何故ここにいるのか?疑念を持たないでノボルは彼に話しかけようとした。
「そこにいるてめえはァ誰だアアァァッ!!!!」
ノボルは驚愕した。
怒気の波動に、彼は吹き飛ばされそうになった。
冷たそうな男の表情は一気に豹変し、厳格に満ちたものになったのだ。
ノーモーションで繰り出された波動(幻)に溜まらなくなったノボルは、扉の裏側に隠れ、男の様子を伺いだした。
「あ……」男はノボルが怯えたのに気づいたらしい。
「その……違うんだ!お前を驚かせようとしたつもりはないっていうか!!あの、元から地声が大きいというか……マイクを渡されても抑えきれない性分で……ビジネスシーンではこれが役に立つから直そうにも直せないというか……」
「誰、……ですか?」半ば男の声を遮るようにノボルは掠れた声で言う。
「お前は誰だと、今そう聞いたのか?フン」男は目を瞑り不敵に笑むと、バッと身を翻して奇妙なダンスを中途半端にやめてしまったような姿勢のままで静止した。
「オーダーに答えられているかは微妙だが……俺はなぞの男!!」答えられてねえよ、と思いながらノボルは聴く。「なぞの男だから素性も名前も明かさない!!だが……それでは困るので取りあえず名乗っておこう!俺の名は星ヱジン(ヒカリエ・ジン)!このレイゴオウの真の持ち主さ!!」
「レイゴオウの真の持ち主?」最後の言葉には、流石にノボルも驚く。
「悪いがその通りだよ……見た所君もレイゴオウを求めてここに来たらしいが……」スッとニヒルな男のイメージに元通りし、ジンと名乗る怖い男は続ける。「諦めた方がいい。俺というこれ以上はないってほど優れたパイロットがいるのだから……」
「そうですか、じゃあ帰りますね……」と言って帰ろうとするノボル。
「おいおいおーい!!」ジンはそれを全力で制止する。「ちょっと君ィ!さっき迄運命に導かれたような表情をしてたじゃないか!コイツに出会うために俺は生きてきた、みたいな!そんな簡単に引き下がっ……いいのか!?」
「何がやりたいんですか」
「単刀直入に言おう」単刀直入に言えよ、とノボルは思う。「なんだか知らんがコイツは複座式に改造されているようでな……丁度いいのでお前の力を借りたい」
「え……」
「外にいるガイタスの事なら知っている……ヤツは凶暴で凶悪だ、あの『ユイツブキ』が無ければ防衛隊の火力でもどうにかなっただろうが……最早奴等を頼る事はできん」
「……」
「考えている事は同じだろう?コイツでなければ状況はいつまでたっても好転しないし、奴の気が済みましたからハイ帰りますやったーやったー……ってのもシャクな話だ」
「……」
「俺はな、えっと——」
「ノボル」
「ノボル。アイツにこのレイゴオウのパンチをお見舞いしてやりたいのさ……でなければ後悔が一生に渡るまで残るであろうと確信しているんだ……やらなかった後悔、ってヤツはな」
ジンのどこか遠く、馬鹿らしい言葉の断片の全てが、しかしノボルの心には何故か突き刺さっていた。その理由はすぐに分かって、単純だった。「僕の心の奥にしまい込んだ気持ちと、今彼が言っている事は全て同じだから」だ。どうして自分は今迄、その真意にそぐわない行動ばかりしていたのか?というくらいに、である。
激しい心の動きは外に現れる事が無かったが、それでもどうにかして、この気持ちを外に出したいと——照れ臭い事ではあるが——彼は考え、長い熟考の上で、全ての疑念を捨てて口を開いた。
「だったら、僕は君に見せたいモノがある」
ん?と腕を組むジン。ノボルは両ポケットをまさぐり始めたかと思えば、十枚強の四角形の光ディスクを取り出し、両手からぶら下げてジンに見せつけた。
「こいつは驚いたな」と、ジン。
「外にいるヤツのラインを経由して、近くのガイタスを手当たり次第ハッキングして手に入れた。ガイタスの起動用データが詰まった光ディスクだ。強いヤツがこの中にあるかは疑問だけど、速度とか攻撃とか、変なのに振り切れてて使えるっていえば使えるヤツならある」
「それを使って、その辺にでも捨てられたガイタスで戦うつもりだったのかい?」
「僕程度のスキルでも補えるくらい、強いデータが『引き当てられれば』、そのつもりだったけどね」
「素晴らしい……」ジンは優しい顔つきで目を閉じると、ドックの、砂の様に塵を積もらせた床を指さして言った。「それ、ちょっとここに広げてみな」
「?」ノボルは言われた通りにした。ディスクに書かれたステータスが見やすいように、表面を向けて縦三列に並べて置いてみせた。気が付くとジンは優しい顔で、手にハンマーのようなモノを握っていた。そして……
「え?おい……よせ、よせよせよせよせよせ」
破裂音。
飛び散る破片。
地面にめり込むハンマー。
ノボルの二週間の結晶は、易く砕け散った。
なんという事を……!!ノボルは悲鳴を上げそうになるのを堪えて、ジンを信じられないという目で見る。
「安心しなノボル!このレイゴオウにそんなモノは必要ない!!」清々しい顔でジンは高笑いした。
「スッキリしてんじゃねえよおおおおおおお!!バーカバーカ!!あの……え?いや待って酷いよ!?!!」
「どーどー、レイゴオウには既にディスクが入ってるって言ってんだ」
「だからって……」
「それも数字で表せるシロモノじゃないんだ、わかるか?」
「!!……」その言葉が冗談や根拠の無いモノで押し通されたのではないと、ノボルは悟る。「それって、まさか」
「ああ、こんな風にちっぽけな俺如きの一振りで粉々になるようなモノじゃないって事さ……なんせ、『形が無いんだからな』」
ノボルは目を見開いて、レイゴオウを見上げていた。父の資料の端っこにあった、興味深い一節——ディスクが挿入されないで起動する、不思議なガイタスの話をしよう。それは何でも、「魂」なるモノを持っているのだという——を、克明に思い出していた。だが、下から見上げるレイゴオウの目には、光が点ってはおらず、その巨体は頑として動かなかった。
形が無い……ノボルは下に転がったディスクの破片を、悔しくも踏みつけ、ジンを睨みつけて、ノボル史上空前の大声で言った。
「だけど、これじゃあ報われなさすぎる!!」
「……」
黙り込むジン。長い長い空白の後で、ジンは口を開く。
「ようやく『いい目』ってヤツを見せてくれたな、ノボル……それでは」彼は組んだ腕を解いて続ける。「俺はその闘志を買おう……その二週間の努力、否、『執念』、そして今ソイツを踏みつけた、お前の立派な『勇気』という名の闘志を」
「!!……」
上の事様に変化があったらしく、ガイタスの足音が二人の真上に向かって疾く詰寄ってきていて、それに伴って格納庫の高い高い天井から降りてくる砂子の雨飛の中。
見つめ合って沈黙する二人の男を、レイゴオウの眼が捉えていた。
神様のように高い視点で。
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