第5話〈その胸の中に〉

「あの……お楽しみの所申し訳ないんだが……」


「あ゛?あ、いや、すみません……。何ですか?」



恐る恐る話しかけてくるアレクスに、カナタとサチコの2人の美少女を両隣に、星空を眺めていたアキトが振り返る。


ついつい普段通りに振舞ってしまうアキトにカナタは呆れ顔だ。サチコは、マイペースに星空を見たまんま。



「いや、もしかしてこれから行く所の当てがないんじゃないかと思ってね。余計なお世話かも知れないが……もし良ければ少しの間うちに泊まっていくといい。」


「え⁉︎いいんですか⁉︎」



アレクスのマジでありがたいお言葉に、アキトがとんでもない形相で齧り付く。ノーマルな人間ならばヤクザ系の人間が出たと思うようなソレだが、その点アレクスは大丈夫なようだ。



「あぁ構わないさ。お2人もそれでいいかな?」


「ボク達はアキトに従うよ。」


「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」


「信頼されているね……では、馬車を用意してくるよ。」




そう言ってアレクスはシャチホコマントを翻し、門の方へ向かっていく。



「頼っていいのかな……」


「大丈夫だよ。アレクスは多分大丈夫なタイプだろ。そんでもって……」



アキトは不安げなカナタに、息をついて言葉をつなげる。



「アレクスは強い。戦闘力という意味でも、多分立場という意味でもな。」



そう。それは先程の一幕を見ればわかる。明らかに完全武装した騎士達が、アレクスを見た途端に頭を下げ深々と下げたのだ。

間違い無くアレクスはあの騎士達よりも格上。

ここは、素直に好意を好意として受け取っておくべきなのだ。



「それに……」


「それに?」


「早く寝たい。」



大きな欠伸を噛み殺し、アキトはそんな事を言うのだった。





△△△△△△






「ふぁ〜ぁ……」



ガラガラと夜の街を馬車が静かに駆け抜けていく。意外と悪くない乗り心地にアキトは更に眠気を増大させ、大あくびをかます。



「随分と眠そうだね、アキト君。」


「あぁ、そうですね……こんなに全力疾走したのは本当に久しぶりだったから……」



2人を抱えて走り回るという行為、はじめはアレクスもだいぶ驚いていた。そりゃそうだ。常識的に考えて人2人を抱えて何十分も全力疾走するなど正気の沙汰じゃぁないだろうから。



「お兄ちゃん……」「アキト、ごめんね……」



そんなアキトの無茶を思ってか、2人がアキトに申し訳なさそうにする。だが、実際のところアキトは別にどうとも思ってはいなかった。



「いや、いいんだよ。なんたって俺は2人の騎士だから、な?」



アレクスが自らを騎士と呼んだ事に対抗してアキトは誰もが赤面するような事をこんな風にドヤ顔で言ってのけた。何て恥ずかしい奴なんだ。


案の定カナタは顔を真っ赤にして俯いてしまっているが……



「えへへ……アキトありがと。」



サチコはというと、こんな感じだ。


何というか、アキトはやっぱり爆発すればいいのに。


大きめの馬車の中。アキトの両隣にカナタとサチコ。向かいにアレクスが座っている。アレクスの金色の瞳は時折月明かりに照らされ、妖しく光る。



「さて、そろそろ到着だ。」



木造りの建物の密集地帯を抜け、何やら林を抜けた先。そこで、馬車は止まった。



「さぁ降りてくれ。ここがグロータニアン内の我が邸宅だ。」



馬車を降りると、目の前には3階建の洋風の屋敷。普通の学校サイズくらいはありそうだ。これが個人の所有物?笑っちゃうね。



「お帰りなさいませ、アレクス様……おや、そちらの方々は……?」



出迎えたのは、初老を迎えたくらいの白髪の交じった金髪のダンディ執事。しかも黒スーツにネクタイを締めたナイスミドル。こんな夜更けにご苦労様です。



「ヤエサル、この方達はオーボレルの8階層で保護した。取り敢えず今日はここに泊まってもらう。右からアキト君、カナタさん、サチコさんだ。」


「は、分かりました。ではお客様方、ご案内いたします。こちらへおいで下さい。」



温厚そうな執事、ヤエサルさんがにっこり笑って案内を始める。いや、それ自体はなんの問題も無い。何の問題も無いのだが……

こういうお帰りなさいませ!とかはメイドの仕事だろう。大切な事だからもう一度言おう。

これは、紛れも無くメイドの仕事だ。一体どういう事なのか。だが、アキトも眠気に負けて、それを問い詰めるのは明日にしておくようだ。



「お客様、お部屋はご一緒になさいますか?」


「はい、それでいいです。ご迷惑をおかけし、申し訳ありません。」


「いえいえ、こういうご訪問も偶にはいいものですよ。」



眠すぎてうつらうつらし始めたアキトに代わり、カナタがヤエサルの応答をする。



「ではこちらになります。」



案内されたのは屋敷の最上階、3階の部屋のうちの一つ。ヤエサルがいくつも並んでいた扉の一つを開ける。



「「うわぁ……!」」



そこにあったのは、何と天蓋付きの巨大ベッド。見ただけでフカフカと分かるそれに、いくらか感動すら覚えてしまう。


何せあの命懸けの逃走劇の後だ。さぞかし天国のように思えただろう。


美少女2人は揃って歓声をあげるが、アキトはと言うとそのままの格好でフラフラと即座にベッドにうつ伏せに倒れこみ、そのままグースカ眠り始めてしまった。



「お二人のお召し物は今ご用意いたしますが……おそらく、アキト様のサイズに合うものがあるかどうか……」


「あぁ、それなら大丈夫です。お兄ちゃんは明日まであの格好でも。」


「分かりました。明日のうちにアキト様に合うサイズのものを調達いたしますので。それでは少しお待ち下さい。」



そのままヤエサルは扉を出、小走りに去っていく。


アキト程ではないにしろ、2人も十二分に疲れていた。2人もベッドに腰掛ける。



「サチコさん……私達、これからどうなっちゃうんでしょう……?」


「うーん、なるようになるんじゃないかなぁ。ボクはどっちにしろアキトについてくだけ、かな。」


「でも、今日だってアレクスさんが来てくれなかったら……」


「いや、それでも多分大丈夫だったと思うよ。」


「ど、どうしてですか⁉︎危うく死ぬ所だったんですよ⁉︎」


「………………火事。」


「っ…………!」



サチコがポツリ、と言った言葉。火事。それ自体は大した言葉では無い。当事者にしてみれば大惨事だが、外野から見れば他人事だ。


だが、その言葉は大きな効果をもたらした。カナタは、火事という単語を聞いて固まってしまう。



「アキトは、あの時からボクの全てなんだ。」


「そ、それは……」


「それにね……アキトは、絶対に負けないよ……。」


「…………」



アキトを見、絶対に負けない、というどこか確信めいた事を言うサチコ。何がサチコをそこまで信じさせるのか。それは、まだ分からない。


扉がノックされてヤエサルが2人分の着替えを持ってくる。



「こちらに置いて置きますね。お手洗いは向かって右の突き当たりにございます。他に何かありましたらこちらの呼び鈴でお呼びください。それでは、おやすみなさい。」


「……はい。おやすみなさい。」


「おやすみなさーい。」



一礼し、扉を閉めてヤエサルが去っていく。








「……お兄ちゃん。お兄ちゃんは……どうして…………」




△△△△△△△





「ヤエサル。3人の様子はどうだ?」


「は。彼らは静かに眠っております。」




寝静まった屋敷の、離れにある部屋の一角。


真夜中をとっくに過ぎ、そろそろ早起きな人なら起きてくるであろう時間帯。既に東の空の果ては赤く染まり始めている。


執務室のような雰囲気の部屋、大きな机に高級そうな黒い椅子。そこに、アレクスは座り、対面するヤエサルと話をしていた。



「アレクス様、彼らは……」


「あぁ。状況から考えてそうだろうな。」



ヤエサルの問いに、アレクスは肯定する。



「……彼らをどうするおつもりで?」


「ここに置いておく。」


「アレクス様!それは……」



アレクスの言葉に激しく反応するヤエサル。温厚な執事の、隠された顔が垣間見える。



「分かっている。分かっているさヤエサル。だがな、状況を打開する為には彼らが必要なんだ。」



そういうアレクスの顔色は優れない。



「……それは……」


「ヤエサル。その事抜きで、彼らをどう感じた?」


「……信頼度に関してはまだ何とも。ですが……彼は、かなりでしょうね。」


「……そうか。ヤエサルから見てもそう思うか。」


「はい。ですが、どちらかと言うと私よりミレンデ様の方が適任でしょう。」


「……ほう?」



アレクスがヤエサルの言葉に目を細める。


ヤエサル程の者をそこまで言わせる少年。アレクスは俄然その気になる。



「力量の差があった方が彼も思い切りできるのでは?」


「そうか。そこまでか。」


「それと、カナタ殿。彼女も、恐らくは。」


「それはそうだろうな。」



カナタのアレクス達を見る目。あれは、強敵を強敵と判断できる者の目をしていた。



「ですが、サチコ殿は……」


「いや、彼女は特別だ。」


「と、言いますと?」


「彼女は、視えていた。」


「っ……それは!」


「考えておけ。ヤエサル。」


「はっ…………。」




ヤエサルは下がり、アレクスは部屋の中にまた1人。

彼らの会話には謎が多かった。隠し事をしているのは、何もアキト達だけでは無いという事か。





机の灯りを消し、朝焼けに照らされ、アレクスの赤い髪がまるで呼応でもするかのように輝く。



「…………アキト君。君は、一体どんな世界を見せてくれるんだい?」



また、新しい1日がやってくる。

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