第4話〈星空の下で〉

第4話「俺の覚悟を返せイケメン……!」 赤髪のイケメンの手には一振り細身の剣。刀身は銀に輝き、派手では無いがどこか気品を感じる装飾。 イケメンは剣についた汚れを払い、鞘に納める。 赤髪のイケメンはそこそこ長身だ。ガッチリした感じでは無いが、細マッチョくらいはある。 イケメンの足元に転がっていたゾンビの切れ端が霧散し、通路が明るくなる。どういう事だ。そういう演出なのか。 だが、残念な事に……その背中の赤のマントには、デカデカとシャチホコが描かれていた。 「シャチホコ……!」 「怪我は無いかい?」 赤髪のシャチホコイケメンがこちらを見、話しかけてくる。その瞳は、淡い金色であった。 「あ、大丈夫です……」「ボクも……。」 「足を噛まれました。」 ここは多分大丈夫とか言うべき場面なんだろうが、怪我をしているんだからしょうがない。 アキトは正直者なのだ。決して良いところをゴッソリ持って行かれたからと言って嫉妬しているわけでは無い。 大体、アキト1人ではどうにもならなかったのだ。助けてもらって有難うございますくらい言ったらいいのに。 「ふむ、見せてもらえるかな?力になれるかも知れない。」 「はぁ。」 アキトは胡散臭いものを見るような目で赤髪のイケメンを見る。こういうのは大体勘違い勇者とかそういう系に決まっているのだ。 とか内心ではそういう事を思っているくせに素直に足を出すアキト。痛いものは痛いのだ。 「これは少し歩くのがキツイかも知れないね……治しておこう。」 「あの、でも俺らお金持ってないですよ?」 アキトの言葉に、しかしイケメンはポカーンとする。 「ふふっ……はははっ!面白いなぁ君。僕は騎士さ。治療にお金を取ったら首を刎ねられてしまう。」 「なるほど。ではお願いします。」 「うん、いいね君。気に入った。」 手のひらを返したの如くさっさと治してもらおうとするアキトに、騎士はそんな事を呟くと、右足のふくらはぎに手を当てる。 「うぉっ⁉︎うぉぉぉ⁉︎」 微かな光とともに、傷が再生していく。 それはほんの20秒程で完全に治ってしまった。 「魔法…………。」 「ふぅ、少し時間がかかったな。試しに動かしてみてくれないか?」 「へい。」 アキトはさっきまでの態度などすっかり忘れ、赤髪イケメンにヘコヘコしだした。カナタなどはすっかり冷たい目でアキトを見ている。 アキトは言われた通りにピョンピョンその場で跳ねてみる。 「うん、違和感は無いです。」 「そうか。それは良かった。」 そう言うとイケメンはこちらをグルリと見渡し、問う。 「ところで君達はそんな格好でどうして迷宮ダンジョンに?」 「っ……」 やはりか。やはりだ。ここは、異世界。これは、異世界トリップ。 こんなナチュラルな赤髪イケメンが日本にいるわけないし、そもそも傷を魔法で治した。魔法。そして、先程のゾンビ。 そして、極めつけにイケメンの口から出た迷宮ダンジョンという言葉。 間違いない。ここは、日本では無かった。 「いやぁ、何と言いますか、巻き込まれたというか……」 「巻き込まれた?」 「ボク達、ここに来る時に気絶してて、どうしてこんな所にいるのか分からないんです。」 「…………なるほど。」 アキトの歯切れの悪い説明に、サチコが補足する。 「私達、多分凄い遠い所から来ました。何も分からないんです。ここから出たいんですけど……。」 カナタもここから出たい旨を説明する。 どうやら混乱は解けたようだ。 「ここから出るのをお手伝いするのは構わないか……ここから出た後はどうするんだい?」 うっ、とアキトが言葉に詰まる。それは、そうだ。ここは、異世界。日本では無いのだ。右も左も分からない。ここはいっその事全部言ってイケメンにお世話になるとかは…… 「大丈夫です。」 妹よ、何が大丈夫なのかお兄ちゃんに説明してご覧なさい。 だが、それも仕方が無いだろう。ここから出るのを手伝ってもらう上にお世話になるなど出来るはずも無い。それに、何よりこのイケメンを信用しきれない。 「そうか……分かった。出口まで案内しよう。君……」 「あぁ、俺はアキト。漣 暁人です。」 「妹の彼方です。 「ボクは梢 幸子。」 「すまない、名乗り忘れていたね。僕はアレクス・アベレダード。オーボレルの騎士をやっている。よろしく。では行こうか?」 (オーボレルって何ぞや……) さて、何というかなし崩し的にここ、つまり迷宮ダンジョンから脱出する算段が整った。 ここから、アキト達3人の異世界生活が始まるのであった、まる。 △△△△△△△ 「なるほど……では、幽鬼の事は何も知らないんだね?」 「はい、そうなんです。」 アキト達一行は迷宮ダンジョンをぐんぐん進んでいく。 アキト達は遥か遠くから来た何も知らないど田舎人という設定で、先程の幽鬼(あのゾンビ達は幽鬼というらしい)についてあれこれ聞いていた。 本当はもっと迷宮ダンジョンの事とか、背中のシャチホコマークとか突っ込んで聞きたい事は山程あるが、何が身の危険に繋がるか分からない今、大人しくなるのも自然といえた。 「幽鬼に出逢う為には様々な条件が揃わないといけないんだが……君達はその点運が無かった、いや、あったと言うべきなのかな?」 と、いうことらしい。もうあんなのに付きまとわれるのは御免だ。まぁ、迷宮ダンジョンなんて入ろうと思わなければ2度と入らずに済むだろうが。 「幽鬼は君達のいうゾンビとは少し違うな。幽鬼の事はまだ分かっていない事の方が多いが、彼らが死体では無いことは分かっている。」 言われてみればそうかも知れない。あんなに激しく損傷、というか崩れていても臭いなどは全く無かった。 「ねぇアキト。」 「ん?何だサチコ。」 アキトが先程のアレクスの言葉を思い出していると。 「アレクスさん、信じられると思う?」 右手側、サチコから声がかかる。 あの脳天気なサチコがこんな事を言うなんて。アキトは少なからず驚くが、サチコはいたって真面目な顔だ。 「そうだな……少なくともアレクスさんが来てから一度もモンスター出てないし、害を為す感じでは無いな。」 そう。あれからモンスターに襲われるどころか、モンスターを見かけてすらいないのだ。アレクスも警戒とか全くしないで顎に手を当て考え事をしながら歩いている。 「うん……」 「アレクスは信じなくていいさ。俺を信じろ。」 「うん!」 サチコの不安げな声を、アキトが一蹴する。セリフはカッコいいが、残念ながらこんな変人を信じるなんてサチコもどうかしている。 妹の盗撮写真を常に携帯している男だ。他にもどんな変態行為を働いているか分かったもんじゃない。 「ねぇ、お兄ちゃん。」 「ん?今度は何だ?」 今度は左手側、カナタから声がかかる。 「手繋ぎたいのか?」 バカか。この話の流れでそんな事言うわけ無いだろう。助かったと思ったらこの調子。少しばかり走りが足りなかったのでは無いか。 「はぁ。サチコさん、繋いであげて下さい。」 「う、うん。」 「お兄ちゃん、真面目な話。」 カナタに華麗にスルーされ、代わりにサチコと手を繋ぐ。ちなみに、サチコはアキトの手を取ると当たり前のように恋人繋ぎを組む。アキトも当たり前の顔をしている。 この2人、別に付き合ってはいない。付き合ってはいない、はずなのだが……爆発してしまえばいいのに。アキトだけ。 「ここはやっぱり、異世界、って事でいいんだよね……?」 「あぁ、そうなるな。というか、神隠しの話途中だったろ。」 そう言えば……とアキトが言う。神隠し。肝心の話をアキトはまだ聞いていなかった。いや、ようこちゃんが散々していたはずだが、アキトの耳は興味のある音しか拾わない特別製(ただのアホ)なのだ。 普段から真面目に聞いていれば良かったのに、とは後悔しないアキト。 そう、何故ならここにはようこちゃんの授業だけ真面目に聞いている優等生の皮を被ったサチコと、全ての授業を真面目に聞く本物のカナタがいるから。 この男の頭脳はここでは必要ないようだ。 「その話は後でゆっくりしよう?」 「それもそうだな……ふぁ〜ぁ……走ったから眠くなってきた……」 異世界。日本、地球の存在する世界とは根本的に異なる世界。 恐らくだが、この世界はテンプレ異世界だ。アレクスの格好と言動を見るに、やはりここでも例外無く剣と魔法が世界を支配しているようだ。シャチホコだけは納得いかないが。 それと、あの後学校はどうなってしまったのだろうか。 これが異世界トリップだとして、他の人達は巻き込まれていないのか。あの生き物はどうなってしまったのか。皆は、無事だろうか。 ようこちゃん、心配しているだろうな……。 「さぁ皆。地上の光が見えたね。」 アレクスが指差す方向を見ると、一筋の光。 「「「おぉ〜!」」」 8階層と聞いてもっと時間がかかるものだと思っていたらしいアキトは少し拍子抜けた顔をしている。 だがそれもそうか。アレクスも剣しか持っていなくてかなり軽装だから、こんなものなのかも知れない。 数時間ぶりに会う太陽の光…………!と、思ったら。 「ありゃ、月光かよ……」 「すまないね。まだ真夜中過ぎだね。」 そこは、鬱蒼と茂る森林の中とか、ファンタジー感溢れたものでは無く、何やら石壁にぐるっと囲まれた空間。 迷宮ダンジョンの入り口は、何ていうかショボい感じで、一見すればただの洞窟の入り口みたいだ。この地下にあれ程広大な空間が広がっているかと思うとそれはそれでファンタジー感があるが。 そのまま一行は石壁の門へ向かう。門をくぐると、そこには槍を持ったいかにも騎士っぽい格好の門番がいたが、アレクスを見ると一礼しただけで何も言わない。 「あれ?アレクスってもしかして偉い人?」 「ははは。そんなに大したものではないよ。」 1つ目の門をくぐると、そこにはさらに高い石壁。2つ目の門も抜けると、そこにはやっとこさファンタジー感溢れた光景が広がっていた。 街。 端的に言うと街だ。 ただ、想像とスケールが違った。まず、凄い道幅の大通りが目の前に広がっている。脇には商店やらが立ち並んでいた。もっとも、真夜中なので人通りがほとんど無く、店も飲み屋以外はしまっているようだったが。 「アキト……見てよ。凄い星空だよ……」 「おぉ……」 サチコに促されるままにアキト、そしてカナタも天を見上げる。光がほぼ無い街では、星空を遮るものは何も無い。東京では見る機会が少ない星空に、アキトは心を奪われる。 「星空なんて久しぶりに見た気がするよ……」 「お兄ちゃん……」 「何だ?我が愛しの妹よ。」 「…………星、綺麗だね。」 「あぁ。綺麗だな。…………カナタの方が綺麗だけどな。」 「……もう。それはサチコさんに言ってあげて。」 3人はその地球と変わらない、不変の星空に、ここが地球で無いどこかという事を一時忘れ、無心に星空を眺め続けたのだった…………。 「僕、お邪魔かな……?」 ここに、1人の救世主の愚痴を拾っておこう。

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