第3話〈赤の救世主〉

「に、逃げるぞ……!」


アキトの号令で一斉に反対側へ逃げ出す3人。


先程とは違い、見通しも明るさも問題無い為、ばっちりとモンスターの姿が見えた。いや、見えてしまった。



「何……だよ、あれ!」



人型。一見した所でそのモンスターを言葉に表すならそうだろう。そのモンスターは紛れもなく二足歩行しており、体も人間のものと相違なかった。

だから、もし目の悪い者がそれを見たならば普通の人間だとおもってしまうだろう。


だが、生憎とここにいる3人はいずれも視力は良かった。だからこそ、明らかにおかしい所にすぐに気づいてしまった。


上半身裸のそのモンスターの心臓の位置。そこには、何も無かったのだ。

いや、正確に言うならば風穴があった。


そして、全身は腐敗したかのように崩れていて、今にも四肢がもげそうな風体。


つまり、ゾンビだ。


ゾンビにしては目が変な気がしたが、おちおち観察している場合でもあるまい。


ゾンビがいる。リアルに。それがこんなに恐ろしいとは思ってもみなかった。おぞましい。

これを化け物モンスターと呼ばずして何と呼ぶ。


アキトはお化け屋敷などは全然平気なタイプではあるが、それとこれとではまるで話が違う。


アキトでさえ回れ右して全力で逃げ出すのだ。他の2人など言うまでも無い。



アキトが後ろを振り返ると、そのモンスターは追ってきてはいなかった。カナタとサチコは必死な形相だ。よほど怖かったのだろう。


もちろんアキトが本気の本気、マジのマジで走れば美少女2人など遥か後ろだ。だが、アキトに、シスコンのアキトにカナタを置いていくという選択肢は愚か、サチコを置いていくというのも当然無いのだ。



「2人とも大丈夫か?」



カナタは剣道部なのでともかく、運動部ではないサチコは相当きついだろう。ゾンビから大分離れ、角を曲がった所でスピードを落として聞く。



「う、うん……私は大丈夫……。」


「はぁ、はぁ……ボクは……ちょっと、休みたい、かな……。」


「そうか。じゃあ歩きながら休もう。」



そう言うアキトは全く疲れていない。そう言えば、アキトも運動部には入っていなかったはずだが……



「俺は『カナタを見守り隊』だからな。」


「ただの帰宅部でしょ……」



こんな時にも下らない事を言うアキトにカナタが力無く突っ込む。




アキト達が、追って来ないのを確認しすっかり安心して曲がり角を曲がった時。



『ゔぅ……うゔぅ…………』


「「きゃぁぁぁ!」」


「あ゛あ゛あ゛っ⁉︎」



ぬっ、と現れたゾンビに、美少女2人は悲鳴をあげ、脳筋からは野太い声があがる。


すぐに手が出る男は最低。常識である。だが、それは相手があくまで人間の場合。相手がモンスター、その中でもゾンビとくれば手が出るのは仕方がない。いや、むしろ褒めるべきだろう。


アキトは咄嗟に目の前に現れた第2のゾンビの顔面を、アキトが力の限り殴り飛ばす。

思えば、何かを全力で、それこそ命懸けで殴ったのは記憶の限り初めてかも知れない。


身長193センチ、体重102キロの筋肉の塊が腰の入った本気パンチをぶちかましたのだ。

こんなパンチに耐えられる者などそうそういない、カナタやサチコがそう思ってしまうのも仕方がないだろう。


そして、実際目の前のゾンビは吹き飛んで頭から壁に激突し、アキトの拳には嫌な感触が残った。


こうして近くで見るとさらに恐ろしい風貌だ。血の気の無い土気色の肌に、骨ばった体。そして何より、眼球が在るべき場所にあったのは虚無。闇だった。



『ゔゔゔゔ…………!』


「あぁ……あぁぁぁ……」「ひぃっ……」


「んな反則な……」



だが、目の前のゾンビはゆっくり立ち上がる。アキトが殴った成果が無かったかと言うと微妙である。頭は未だあらぬ方向を向いているし、首もポッキリいっている。


しかし、ゾンビはその状態で尚アキト達の方に手を伸ばしてくる。一体どうやってアキト達の場所を特定しているのか。



「ノロマのくせして……!」



アキトは今度は力の限りゾンビの腹を蹴り飛ばす。横を見ると、カナタとサチコはへたり込んでしまっていた。


サチコはまだいいが、カナタなどは恐怖のあまりラリった顔つきになってしまっている。恐ろしいのは分かるが、現役JKにあるまじき表情だ。



「ハハハ……アキト、ボク、立てないや……」



アキトがカナタを必死に揺すっていると、サチコがゾンビの方を見ながらそんな事を言う。

ゾンビは、またもやゆっくりと立ち上がろうとしていた。


アキトの性格からして、その1体だけなら何とかぶちのめして終わらせるという考えもあったかも知れない。いや、実際アキトはそう考えていたはずだ。


しかし、ゾンビの後ろ、つまり通路の奥からゾロゾロとゾンビが出てくるのを見てそんな考えはすぐに萎えてしまった。



「アキト……ボクはいいから……カナタちゃんと逃げて……」


「んな馬鹿な事ができるかっ!」



アキトはカナタとサチコをそれぞれ両腕に抱え、全力でその場を離脱する。



「くそっ、あれ絶対噛まれたらダメなやつだろ……!」



必死になって走り、右へ曲がったり、左へ曲がったり。これでまいたかと思いきや、またもや前方にゾンビの集団が現れてしまった。



「くそが……」



現れたら横道に入り、現れたら道をそれる。もはや、元来た道を戻るのは不可能なくらいガムシャラに走り続ける。


何故こんなに集まって来るのかは分からないが、進めば進むほど現れるゾンビの量が増えているような気がした。


アキトは筋肉ムキムキで短距離型だと思われがちだが、実の所はそうでも無く、長距離もイケる口である。


だが、それでも少し体力のある高校生の一角に過ぎない。


女の子は羽のように軽いとかいう例えを良く聞くが、ぶっちゃけた話そんなの嘘である。重いものは重いのだ。

いや、それでも男よりは体重は軽いし、柔らかくていい匂いがしてというのももちろんあるにはあるだろうが、そんな事はこの際関係ない。


例えば、40キロの荷物を背負うより、手で持った方が重く感じるだろう。そして、今回はそれが両手に2人だ。アキトの体力が底をつくのは時間の問題と言えた。



「はぁ、はぁ……誰か!……誰かいないのか……!」



全力を振り絞って叫ぶが、もちろんそれに答える声は無い。



「アキト……」「お兄ちゃん……」


「大丈夫、大丈夫だ……はぁ、俺が守ってやる……!」



もう何度目の曲がり角だろう。


何分走ったかも忘れ、そろそろゾンビの風貌にも見慣れてきた時。

流石のアキトもフラフラになり、それでも必死に足を動かしていた時。

通路の壁の光が弱くなってきて、3人とも不安が増してきた時。


アキトは脇道の足元から伸びてきたゾンビの手に反応できなかった。



「ぐっ……⁉︎」


『ゔぅ……ゔゔゔ……』



ーー噛ま……れた……



ゾンビはもぎたてのフルーツでも食すかのようにアキトの右ふくらはぎに齧り付く。


表情は変わらず、目はそこに無いのに何故だか嬉々として齧っているように見えた。



「くそっ、がぁぁぁぁっ‼︎‼︎」



このひょろひょろの身体のどこにそんな力があるのかと言うほどの怪力で噛み付いて離さないゾンビの頭部に、何度も、何度も左足で蹴りを入れる。



「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ」



もはや残酷という感覚も麻痺し、力の限り頭部を蹴り続け、やっとゾンビの拘束から抜け出す。



「お、お兄ちゃん……」「アキト……」



2人の呼びかけに周りを見ると、通路と脇道の3方向からゾンビの大群がゾロゾロとやってきていた。


包囲網に穴は無く、もはや逃走はかなわない。


噛まれたが、今はまだゾンビ化する様子は無い。もう一度噛まれてしまったからには何度噛まれても同じだろう。


アキトはそう考え、覚悟を決める。



「ふぅーーーーーーーー……………………」



長く、長く生きを吐き、乱れていた呼吸と鼓動を整える。目を開け、見えるのはおぞましいゾンビの群れとカナタとサチコ。


カナタは未だ状況についていけていないが、サチコの方は完全にアキトを信頼し、アキトに全てを委ねている。



「守ってやるさ……」



ズキズキと痛む右脚を無視し、ひたすらに前方を見つめ続ける。



「カナタ……サチコ。俺が道を開けるから、お前らは自分で走ってくれるか?



「大丈夫だよアキト。」


「う、うん……でも、お兄ちゃんは…………?」


「俺も、もちろん後からいくさ。」



もちろん嘘だ。ここを切り抜けられる保証なんてどこにも無い。しかも噛まれているのだ。どちらにせよ未来は無い。



「やって、やるさ…………!」



美少女2人、それも可愛い妹と可愛い幼馴染の為に死ねるなら悔いは無い。


強いて言うなら将来カナタが連れてくるかも知れない男をぶちのめし、俺に勝てるようになってから出直して来いとか言いたい。その為に、ボディバランスを一から見直し、インナーマッスルも鍛えて…………あれ、なんかまだ死にたく無いな。



「さぁ来いクソゾンビ共…………!」



直後、目を開けていられないほどの眩い光。続いて肉が断裂する音。これは別にアキトの秘められし力が覚醒した!とかいうクソ展開では無い。

ならばこれは一体何が起こったのか。



「やぁ。危ない所だったね。」



光が収まり、恐る恐る目を開けると…………


そこには、赤髪のイケメンと、大量のゾンビの切れ端があった。



「俺の覚悟を返せイケメン……!」

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