第3話 開かれた扉
(ここから先の展開は原作7巻までのネタバレを多分に含みます)
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結局、数時間ほど経ってもダクネスは眠りに落ちることが出来なかった。
「う〜・・・・・・眠れん、眠れん、眠れん〜・・・・・・っ!」
苦しさと焦りが合い混ぜになったような表情で、ダクネスはベッドの上でゴロゴロしていた。その様は、祭りの前日に興奮しすぎている子どものそれである(傍から見てる分には微笑ましいが、本人にとっては死活問題であるところまで含めて)。
まさか、このまま朝を迎えてしまうのだろうか?
最悪の可能性が金髪の美女の頭によぎった。確か、深酔いなどで昏睡してしまうと夢を見せられないと店の方で説明を受けた気がする。あくまでも『眠っている状態』の相手にサービスを提供するのがサキュバスの仕事なのだと。
つまり、このまま眠れなかったら・・・・・・
「・・・・・・今回は見送りかぁ」
安堵したとも思える吐息が、ダクネスの口からこぼれた。
やはり、自分にはサキュバスの店・・・・・・夜の大人の世界など早すぎたのかも知れない。貴族のパーティでは顔も知らない男達から歯の浮くような賛辞を浴びせられ、誰かさんからは「エロい身体をしやがって!」と内心で散々罵倒されている(に違いない)自分だが、実際は二十歳に満たない生娘なのだ。この不思議なほどの眠れなさも、きっとエリス様のご意志に違いない。
そんな諦観を抱きながら、ゴロンと寝返りを打つ。
「一体、どんな夢を見るはずだったんだろう・・・・・・?」
だが、かといって胸の中の残念さが消えるわけではないダクネスだった。
店の方では、現実では不可能なシチュエーションの夢を見ることもできると説明を受けた気がする。なので、「この世界の雄のオークは絶滅してしまった」と以前めぐみんが言っていたが、先ほどのような『女騎士 VS 雄のオーク』という状況の夢も問題なく見れるはずだったというわけだ。それどころか、夜な夜な寝所で想像しているあれやこれを体験する可能性すらあったわけで、その機会を逸したと思うとやはり勿体な・・・・・・
部屋の扉がガチャリと開いた。
「っ!?」
あまりに驚いたのか、ダクネスはベッドの上から飛び起きてしまった。反射的に壁に立てかけていた大剣を手にとって、臨戦態勢に入る。
(何だ? 夜盗でも忍び込んで・・・・・・って)
ああ、そうか。
そこで、ダクネスは「サキュバスは枕元に立つ」という基本的な事実をようやく思い出した。いくら夢を操る悪魔とは言え、離れている相手の夢まで無制限に操れるわけではない。サービスを予約したからには、夢を見せるためのサキュバスが一人、こちらへ出向してこなくてはならないはずだ。てっきり窓からやって来るとばかり思っていたが、ただの決めつけだったらしい。
・・・・・・タイムリミットか。
ダクネスは静かに応戦の構えを解いた。
「わざわざ来てもらって済まない。だが、この通り寝付けなくてな。こちらから頼んだ手前で申し訳ないが、今日のところはお引き取り・・・・・・」
「よ、ようっ、ダクネス」
扉の向こうから現れたのは、サキュバスではなく
ダクネスは再び大剣を構え直した。
「待て、落ち着いて話し合おう! 俺たちは分かり合えるうううううううう!?」
「何が話し合おうだ! この外道め!!」
渾身の力を込めた横薙ぎは、残念ながら空振りに終わってしまった。だが、部屋の隅っこで冷や汗を流している侵入者に対し、鬼のような形相で二の太刀を放つ。
「紅魔の里での前科はめぐみんから聞いていたが、まさか私の寝込みまで襲いに来るとはな・・・・・・まったく、見下げ果てた奴だ! さすがだ!」
「今『さすがだ』って言わなかったか!?」
「言ってない!」
どこか頬を紅潮させながら、ダクネスは握っていた剣を手放してカズマの頭を掴んだ。一度でも掴んでしまえば命中率の悪さなど関係ない。徐々に、だが確実にこめかみを締め上げていく。
「あだだだだだだだだっ!! 割れる! 本当に頭が割れるから勘弁・・・・・・あっ」
死の淵で何かを垣間見たのか、ふと思い出したようにカズマは何かつぶやいた。
「こ・・・・・・今夜は、月が綺麗だな」
「はぁ?」
こいつ何を言ってるんだ?
意味が分からん世迷い言だと一蹴して、こめかみを圧迫している指の力を強めた、そのとき。
あれ? もしかして、これは夢の中なのでは?
突如として、そんな閃きがダクネスの頭の中に飛来した。
「・・・・・・」
カズマの頭を掴んでいた手をほどくと、ダクネスはそのまま思いついた可能性の検討を始める。
そうだ。元々、自分はサキュバスの店のサービスを予約していた。ならば、この状況は既にサキュバスの夢の中だと考えるのが自然なのではないか? そういえば、さっき一体どんな夢を見るのかを考えていたとき、ウトウトとしていた気がしなくもない。
実は、そのときに自分は寝てしまったのでは?
眠りに落ちて、サキュバスの術をかけられたのでは?
思えば、カズマの態度にもおかしなところがあった。この屋敷で一緒に暮らし始めてから一年余りだが、どれだけ身体のラインが浮き出る格好をしようとも手を出してこなかったヘタレが今さら寝込みを襲ってくるのは不自然だ。いや、それを言うならば言動などもっと不自然だった。出会い頭に挨拶をしてくる大胆不敵さもそうだが、何よりも先ほどの発言・・・・・・とても命の危機を感じている人間のそれではない。
そうだ、これは夢だ。
そうでなければ、カズマがあんなことを言うわけがない。
事の真相に気づいてしまうと、ダクネスの中から途端に敵対心が薄れていった。鬼すら殺さんとする気迫はすっかり霧散し、その雰囲気はいつもの、冒険者稼業の仲間の前のものに戻ってしまう。
「・・・・・・」
ダクネスは目の前のカズマのことをじっと見つめた。相手が物怖じするのも構わず、鋭い目つきで睨み続けると、
「ぷっ」
いきなり吹き出した。
「な、何だよ!? 何がおかしいんだよ?」
「いや、済まない。だけど・・・・・・ぷっ、ふふっ・・・・・・あはっ! あははははっ!! あははははははははっ!!」
戸惑うカズマに謝罪の言葉を述べながらも、ダクネスの大笑いは止まらなかった。ダムが決壊したみたいに、腹の奥底からおかしさがとめどなく溢れ出てくる。
だって、サキュバスの店で自分はこう言われたのだ。「望む望まざるに関わらず、自分が本当に見たいと思っている夢を見ることになる」と。だから、雄のオークに嬲られるのではないかとか、慰み者にされてしまうのではないかとか、過酷で過激なシチュエーションをあれこれ想像して眠れなかったというのに。
その結果が、これとは。
笑っちゃうなぁ。
本当に、可愛らしすぎて笑ってしまう。
「そうだな、カズマ。お前の言うとおりだ。今夜はとても・・・・・・月が綺麗だ」
ダクネスは床に転がっていた大剣を拾って元の位置にかけ直した。そのままベッドの上に腰掛けて、一息つく。
そのまま、ダクネスは柔和なまなざしをカズマに向けた。
「ん、どうした? そんなところで突っ立ってないで、早くこっちに来い。そこからだと窓の外が見にくいだろう?」
「あ、ああ・・・・・・そうだな」
その誘いに何か含みを感じたのか、カズマは彼女の隣に腰を下ろすまでの間、終始ビクビクしっぱなしだった。しかし、その警戒心に反してダクネスは何も危害を加えてこなかった。
それもそのはずだ。彼女の関心は、既に別のところにあったのだから。
「うん、月が綺麗な夜だ」
「?」
相変わらず、ダクネスは笑ったままだった。視線を窓の外に向けたまま、ずっと笑っている。
そうだ、分かりきっていたことじゃないか。
自分が本当に見たいと思っている夢など、たった一つしかなかったのだから。
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