妄想「例えば、こんな風に・・・・・・」
雷鳴が轟く夜だった。
廃墟の天井は雨水をろくに凌ぐことができないらしく、所々から雫が滴り落ちて床を濡らしている。肌寒い冷気とカビの臭気が支配するこの場所は、およそ人が暮らすべき場所ではない。
だが、にもかかわらず、最奥の部屋には手入れされた
その上には、金髪の美しい娘が寝かせられている。
「くそっ・・・・・・こんなはずじゃ・・・・・・」
もっとも、寝かせられているという言い方は不適切だったかも知れない。その両手には鉄製の手枷が嵌められて、身動きできないように寝台にくくりつけられているのだから。見れば、両足の先にも重い鉄球が鎖でつながれている。
「お目覚めかな、女騎士殿?」
そこで、部屋の中にもう一つの影が入ってきた。
何という醜悪な姿だろうか。丸々と肥え太った腹肉や下品に出っ張った鼻は、まさしく豚のそれだ。だが、口から生えた牙は、獲物を蹂躙する肉食獣のそれを彷彿とさせる・・・・・・金髪の娘はこの豚頭で二足歩行する怪物を知っていた。
オーク。
捕らえた女子供を嬲り、陵辱することを何よりも楽しみとする最低最悪のモンスターである。
「くくく・・・・・・アクセルの街一番のクルセイダーと名高きダクネス殿も、こうなってしまっては形無しですなぁ」
「ぐっ!」
下卑た挑発に血が上ったのか、金髪の娘は思わず目の前のオークに殴りかかろうとする・・・・・・だが、その抵抗は手枷の金属が
女騎士。
そう呼ばれこそしたものの、今の彼女の姿は「アクセルの街の鉄壁」と
その芸術品のように整った肢体を舐め回すようにジロジロと見ると、オークの男は興奮したように鼻息を荒くした。
「私はとても運が良い。たまたま捕らえた娘が、これほど美しいとは・・・・・・随分と可愛がり甲斐がありそうじゃありませんか。ブフッ」
「こ、こんな事をしても無駄だぞ。すぐに私の仲間が、助けに・・・・・・」
眼前に突きつけられた脂ぎった鼻先に嫌悪感を示したのか、反射的にダクネスは顔を横に逸らした。そうだ、こいつが余裕で居られるのも今だけだ。カズマたちさえ来れば、こんな奴・・・・・・
だが、そんな彼女の強気な態度を嘲笑うかのように、オークの男は残酷な真実を告げる。
「仲間ぁ? あの三人なら、あなたを見捨ててとっくに旅立ちましたよ?」
「なっ!?」
それを聞いた途端、明らかにダクネスの顔色が変わった。
「う、嘘だ!! そんな、カズマたちが、私を見捨てるわけ・・・・・・」
「残念ですなぁ。あのリーダーらしき男はこう言っていましたよ・・・・・・『使えない
「そ、そんな・・・・・・」
水面に波紋が立つように、女騎士の中にみるみる動揺が広がっていく。
カズマは・・・・・・私が全幅の信頼を寄せたあの男は、こんなにあっさりと自分のことを裏切ってしまったのか? あの日、大切な夜を一緒に過ごしたと思っていたのは自分の方だけだったのか?
「うくっ・・・・・・カズマ、カズマぁ・・・・・・」
「可哀想ですなぁ。大切な仲間に置き去りにされて、醜悪なモンスターの慰み者になる女騎士・・・・・・さぞエリス様もあの世であなたを憐れんで居られることでしょう。ブヒャヒャ!」
「くっ、殺せ・・・・・・!」
うっすらと瞳に涙を浮かべながら、ダクネスは言った。
このままオークに
「そうはいきません・・・・・・むしろこれから、『どうか殺して下さい、オーク様』って泣いてお願いするような目に遭うんだよ、お前はなぁ!」
「ああっ!」
それまで内に潜めていた獣性をむき出しにすると、オークの男は女騎士の胸元の衣服に手をかけた。岩の塊のような拳に力を込め、既に下半分がなくなっている布地を強引に引き千切る。
「う・・・・・・くそ、くそぉ・・・・・・!」
残っていた最後の大きな布地を奪い取られたダクネスは、その顔を悔しさで歪めた。同時にこみ上げてきた恥辱の感情が呼吸を荒げさせ、露わになった豊かな双丘がゆっくりと上下する。
「ぐふふ・・・・・・見れば見るほどいやらしい体つきの女だ。この胸など、とても
「・・・・・・っ!?」
声にならない悲鳴が、ダクネスの口からこぼれた。オークの男が彼女の胸を乱暴にまさぐったのだ。
「あっ・・・・・・あぅ! や、やめ・・・・・・やめろぉ!!」
最初に襲ってきたのは痛みだった。しかし、徐々に痛みは恥辱に変わり、口から漏れるのは悲鳴ではなく別の声になりつつある。
自分の中の大切な価値観が塗りつぶされる恐怖に抗うかのように、ダクネスは必死に手足をバタつかせた。だが、鉄鎖につながれた状態での抵抗など、赤子のそれも同然だった。
そのダクネスの動きが身悶えしているようにでも見えたのだろうか。嗜虐心をくすぐられたオークが、胸をこね回す手に更に力を込め、醜い顔面を女騎士の側まで寄せてくる。
「いいか。お前はこれから一生、俺様に飼われて生きるんだ。醜い豚面のオークに、人間以下の豚並みの扱いを受けて生きるんだ! 明日からはこの首に家畜用の首輪を付けてやるから覚悟しておけ! じっくりと時間をかけて調教してやる!」
「ひぐっ・・・・・・殺せ、殺せぇ・・・・・・!」
おぞましい舌先で首筋を舐められたことで、いよいよダクネスの精神は限界へと近づいていく。あと一突きでも何かされれば、彼女の反抗心は根元からへし折られてしまうに違いない。
ダクネスが幼い頃に読み親しんだ英雄譚の中では、ヒロインの絶体絶命の危機に際し、必ずヒーローが助けにやって来てくれた。まさに手遅れにならんとしている瞬間に、颯爽と現れて華麗に救出してくれたのだ。
だが今この瞬間、助けはやって来ない。
自分が信じていた男は、他の女たちと共にどこか遠くへ逃げたのだから。
ダクネスの中で希望の
「っ!? な・・・・・・何をする気だ・・・・・・?」
「決まっているだろう。この青臭い生娘めっ!」
吐き捨てるように罵声を浴びせると、醜悪な魔物は己の手に力を込める。女騎士は決して許すまいと、もはや覆う布すらないそこを固く閉じようとするが、抵抗虚しく徐々にこじ開けられていく。
「いっ、いやっ、いやだあああああああっ!!」
どこか遠くで、天井から雨水が滴り落ちる音がした。
ぶほっ。
鼻孔から鮮血を噴射したとき、ようやくダクネスの意識は現実へと帰ってきた。
「な、な、な、な、ななななななななななっ!!」
喉の奥から言葉にならざる言葉を吐き出して、ダクネスは必死に気持ちを落ち着かせようとする。だが、妄想の世界での出来事の余韻が残っているのか、イマイチ上手くいかない。
なんということだ。
やばい。
やばい。
やばい。
やばい!
だって今、理性の残っている状態で妄想してみてこれだったのだ。それが夢の中・・・・・・まったく歯止めの利かない状態でお望み通りにさせられてしまったら、一体どうなる!?
今のよりも凄いのを見させられるのか!?
男どもがサキュバスの店にド嵌まりするわけだ?!!
「ど、どうしよう・・・・・・」
ダクネスはかつてないほど混乱状態に陥っていた。全身からダラダラと汗が流れ、それを止めることが出来ないまま硬直してしまっている。
軽い気持ちで予約してしまったが、本当はいけないことをしてしまったんじゃないか? やっぱりこれは悪魔の契約だったんじゃ・・・・・・ほら、だってサキュバスって悪魔だし!!
意味不明な思考が頭の中を転がり続け、オーバーヒートしそうになる。それから逃れるようにして、ダクネスはふと窓の外へ視線を向けた。
わずかに空いた隙間から、夜風が部屋の中に差し込んでくる。
突如として室内に侵入してきた、肌を刺すような冷気。思わずダクネスは身震いをし、息を飲む。
きっと、奴らもここからやって来る。
そうだ、先ほどのは単なる妄想などではない・・・・・・あと数時間後に自分の身に降りかかる、
ダクネスは胸の鼓動が段々と早まっていくのを感じた。まるで時計の針が残りの時間を削り取っていくように、加速していく心臓の動悸が彼女から考える余裕を奪っていく。
・・・・・・今からでもキャンセルしてくるべきじゃないか?
普段は錆び付いてロクに鳴らない彼女の中の警鐘だが、今この瞬間は海の向こうまで聞こえるのではないかというほど鳴り響きまくっていた。「今ならまだ引き返せる」「時期尚早だったんだ」「なかったことにしてしまえ」・・・・・・やがて警鐘は具体的な歯止めの言葉の形になって、頭の中で木霊する。
臆病風に吹かれてダクネスが立ち上がろうとした、そのとき、
“おっ、何だよララティーナ、そんな怖い顔して。可愛い名前に似合わないぞ”
ふと脳裏に、
同時に、起き上がろうとしていた腰がピタリと止まる。
「ぐっ、うう・・・・・・うぐうううううううう・・・・・・うがああああああああああああああああああああああっ!!」
言葉にならない絶叫をあげて、ダクネスは再び、悔し涙を流しながらベットへと突っ伏した。
そうだ。自分は逃げてはならない。いや、逃げられない。
元はと言えば、サキュバスの店まで足を運ぶ原因となったのはカズマのヘタレ・・・・・・自分から何でも言うことを聞かせる約束を持ちかけながら、直前になって怖じ気づいた、あの男の小心さなのだ。
だというのに・・・・・・よりにもよって自分が、そのヘタレ具合を糾弾していた自分が同じように怖じ気づくなど、筋が通るわけがない!!
「あーっ! もう知らない! 知らない! どうにでもなーれ!!」
何かよく分からない感情でがんじがらめになってしまったダクネスは、部屋の灯りを消して毛布を被ってしまった。自暴自棄な心持ちで、まぶたを閉じてしまう。
そうだ、いつだったかアクアがカズマのヤツに言っていたじゃないか。「迷っているときに出した決断は、どの道どっちを選んでも後悔する。だから今が今が楽ちんな方を選べ」と。
だから私はもう寝る!
後悔なら夢を見た明日の私がすれば良いのだ!
まったくダメ人間の理屈だったが、よく分からない感情でがんじがらめになったダクネスには全てがどうでも良かった。
そんなわけで横になったダクネスだったが、
「・・・・・・ね、寝られんっ!」
期待と不安で興奮しまくったダクネスの身体は、まったく眠りに落ちれる状態ではないのだった。
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