第四章 (参)

 功宝は灰となって消えてしまったらしい。

 心は大きな脱力感に襲われた。消防署に連絡する事も忘れる程に。

 二人の背後に、人影が現れた。

 大紅葉の落ち葉を踏む音もさせずに、それが近づいてくる。

 酔螺は気づいていて、とっくに振り返っていた。

「お久しぶりです師匠。と言ってもお会いするのは二度目ですが」

 遅れて心が振り向くと、石動行斗が立っていた。

「成るほどねぇ、お前さん〈関係者〉だったのかい」

 酔螺の問いに、行斗はあっさり肯定した。

「ええ、母方の先祖が。最も、つい最近まで〈本家〉とは交流がありませんでしたが」

 そうだ、まだ仲間がいるはずだ。心は警戒して辺りを見回した。

「安心して下さい、守人は帰りましたよ、功宝が灰になったと思って」

 行斗は、燃え盛る校舎に視線を送っただけだった。ついさっきまで通っていた学校なのに、何の感慨もない様だった。

「功宝については大変興味がありまして、校舎中を探しましたが、残念ながら見つかりませんでした」

 功宝がなかった?

 どういう事だ、心は訳が分からなかった。

「功宝は何処です?」

「お前さんが思っているようなものじゃあないかも知れないよ、それでもかい?」

「と言う事はありますね」

「師匠!?」

 心は疑惑の目を酔螺に向けた。やはり、得体の知れない企みに巻き込まれたのか?

「まあねぇ」

 酔螺は、出来の悪い息子を見るように、視線だけを斜め下に向けて心を見た。

「心、お前添付ファイルを読まなかっただろう」

 酔螺からのメールに、そんな物がついていた事を思い出した。あの時は、どうせろくな物ではないと削除してしまったのだ。

「あ……」

「あ、じゃあないよ。翻訳ができたところまで送っておいたのに」

 大きく溜息をつく。

「危うく学校もろとも灰になっちまうところだったよ」

 と言う事は、まだ功宝はあるのだ。

「そうだ師匠、理事長は!?」

「王木のお嬢ちゃんとこに匿ってもらってるよ。秘伝書も返しといた。もう狙われる事もないから安心おし」

 少し残念な気もするが、鉄砂掌で叩かれるリスクは避けたいので、よしとする。

「普段はやる気の〈や〉の字もないくせに、突然突っ走るところがあるからねぇ、お前は」

 不肖の弟子を持つと苦労するねぇ、とカラカラ笑う酔螺に、心は不機嫌な顔で弟子じゃあない、と否定した。

「やはり、全てはあなたのはかりごとの中でしたか」

「こっちにも色々都合があってねぇ、悪く思わないどくれ」

 全然悪びれずに答える酔螺。

 悪く思うに決まってるだろう、と呟く心に蹴りを入れて黙らせる。

 酔螺はにやりとすると、行き成りとんでもない事を言い出した。

「心と戦って勝てたら渡してもいいよ」

「師匠!?」

 思わず心は叫んだ。無茶を通り越して狂っている。賭けにもなっていない。

 一瞬警戒の表情を見せ、次いで笑うと、行斗は言った。

「功宝を使って、私たちに何かをさせようとしていますね」

「そうと知っても、やるのだろう?」

 狐と狸の化かし合だ。哺乳類にしては、かなり凶悪な種類ではあるが。

「不本意ですが、乗せられましょう。こちらへ」

 燃えている校舎が、炎に耐え切れなくなって崩れ落ちる。

 それを振り返りもせず、三人は山道を上がって行った。

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