第四章 (弐)

「師匠!」

 振り返ると、どうやって追い着いたのか、酔螺が立っていた。

 酔螺は辺りを見渡した。林の中に複数の気配がある。そして山道に何人も通った痕跡があった。

「なるほどねぇ、足止めかい。そうと分かっても止まるしかない、か」

 男は酔螺を認めると、目を光らせた。

 酔螺は、まじまじと男を見た。

「いい男だねぇ。美味そうだ」

 何故か心はムッとして酔螺を睨んだ。

「おや焼き餅かい。うれしいねぇ、女冥利に尽きるってものさ」

 ぱんっと、唐突に酔螺が手を叩き、心はびくっと硬直した。

 意表を突いたつもりなのか、だが男の意識は微塵も揺らがない。

 同時に男の方へ飛んだものがあった、心だ。

 心が酔螺に押し飛ばされて男にぶつかる。

 男は意に介さず、ごみでも掃うかのように腕を振り上げた。

 その男が突然、どうっと倒れた。

 心は自分の体を力が通り抜けたのを感じた。触れたところから、衝撃波が男に浸透したのだ。

 心が肩越しに後ろを見ると、酔螺が背中の辺りに両掌を当てていた。

 古流武術に重ね打ちと言うものがある。両掌打を僅かなタイムラグで当て、強力に打撃の威力を浸透させる技だ。酔螺はそれを人の体を利用してやったのだ。

 通り抜けただけと言っても、並の人間なら二、三週間は動けなくなる。が、長年気功をやっている心には、かなりの耐性が備わっていた。だるさはあるが、動けない程ではない。

「な、何て倒し方をしやがる……」

 ふらつく心を、酔螺は襟を掴んでしゃんとさせた。

 男の仲間達が現れた。やはり人種は分からないが、皆精悍な顔付をしている。

「心、さっさと片付けるよ」

「どうやって!」

「阿呆だねぇ、十年も気功を練っているのだろう、手足振り回しゃあ大概の奴はぶっ倒れちまうよ!」

 酔螺は文字通り、さくさくと男達を倒していった。

 どういう技なのか、襲い掛かってきた男達の方が、触れた途端にすっ飛んで行った。

 格闘そのものは素人なので、腕刀を振り回すようにして男達を倒した心は、学園の異変に気づいて校門に飛び込んだ。

「火災!?」

 心は膝から崩れそうになった。

 焼夷弾でも投下されたように、理事長室のある校舎棟が赤々と燃えていた。

 これでは功宝は跡形もないだろう。

「奴ら予想以上に動きが速かったねぇ」

「奴ら?」

 しまったと言う顔をした酔螺を、心は見逃さなかった。

 どういう事かと、聞き咎めた。単に功宝を狙っているだけの者達ではないようだ。

「崇鬼の守り人。遺跡を守る連中さ」

 酔螺は国境近くの遺跡での顛末を話した。

「じゃあ、盗んできたんじゃあないかっ!」

「見解の相違だねぇ」

 頭を掻きながら、酔螺は明るく笑った。

「どう聞いても、窃盗でしょうがっ!」

 酔螺は惚けて、良く燃えているねぇ、と言いながら校舎を眺めた。

「これだけ燃えたら、跡形もないだろうねぇ」

 大紅葉を蹴る心。無意識に浸透させた打撃の振動で、バサバサと葉が落ちる。

「おや、残念そうじゃあないか」

「見解の相違ですよ」

「言うねぇ」

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