第四章 (壱)

 夕日の沈もうとする山道を、心は自転車で駆け下りた。町中を最短コースで走り抜け、もう直ぐ両印学園に続く山道が見えてくる。

 学園内の理事長室に着く頃は、すっかり夜になっているだろう。

 どうせ解読されなければ何も分からない。それに、下手に行動を起こせば、功宝を狙う者達に在り処がばれる危険性がある。と酔螺には止められたが、功宝が本当にあるのか確かめたくなって、居ても立ってもいられなくなったのだ。

 ――つけられている。

 妙だった。

 監視されているのは、物見遊山の出口を過ぎてから分かっていた。

 暗がりの中、周辺視野に一定の間隔で映る人影があったからだ。

 おそらく酔螺絡みだろう。

 その風貌は明らかに日本人ではなかった。外国人なのは確かだが、どこら辺の国なのかが全く分からない。

 欧米人でもなくアジア系でもなく、最近良く見かけるアラブ系でもない。

 そのどれもの特徴が交じり合った独特の風貌だった。

「外国人にまで迷惑をかけているのか、あのフェロモン付喪神は」

 内心、やはり拙かったかと後悔したが、ここまできてしまったものは仕方ない。今更後戻りはできないのだ。

 突然、長身の男が目の前に現れた。

 行き成り前を塞がれて、心は急ブレーキをかけたが間に合わなかった。

 ぶつかったと思った瞬間、しかし自転車は止まっていた。

 目の前の男から延びた腕によって。

「先々酔螺ハ何処ダ?」

 男が片言の日本語で聞いてきた。肌は浅黒く、髭を蓄えた精悍な顔をしている。

 頭を見た事のない形の帽子で覆っていた。

「……ああ、本名か、何て名前だ」

 男の眼光の鋭さに気圧されて、誰の名か思い出すのに時間がかかった。

 他人から聞くと、尚更本当の名前とは思えない。

「秘宝ハ何処ダ?」

 男にユーモアのセンスはないらしい。或いは単刀直入が美学なのか。

 何処だと聞かれて、ペラペラ喋る奴は余りいない。心が何処まで知っているのかを探っているようだった。

 心は瞬時に観察した。数々の経験によって、もはや習慣と化していた。

 男は普通に立っていた。この普通に立つと言う事が、実は至難の業なのだ。

 日常、普通に立つ事は難しい事ではない。しかし、プレッシャーがかかったり、何かしようと意識すると、体のどこかに力が入り、容易に重心は崩れてしまう。

 意識を自然体にする。これが至難の業なのだ。

 心は自転車を男から離そうとした。だが、自転車はびくとも動かない。

 男はかなりの使い手だ。どんな技かまでは分からないが、武術の熟達者に共通する重心の異様な安定感がある。

 自転車を諦めて後ろに飛ぶと、ボヨンと背中を弾かれた。

 男に向かって蹈鞴たたらを踏みそうになるところを、肩を掴んで止められた。

「お取り込み中かい?」

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