第二章 (肆)

 そう言って、静かに心を見つめた。

 心にと言うより、心を通してその向こうの何者か、或いは自分自身に語りかけているようだった。

 心は、何を行斗が語ったのか、半分も理解できなかった。

 ただ、途方もない事を言われた事だけは分かる。

 妄想と片付けるには、それは真摯で深過ぎる内容だった。

「何かレベルが高過ぎて、良く分かりません」

「本当に、心の底からの言葉ですか?」

 嫌な事を言いやがる。

 心は再度、内心で毒づいた。

 そこを自覚したら、引き返せなくなる。

 茫洋とした、ぬるま湯のような世界から。

 行斗は、心が巧妙に避けてきた、自分自身への根本的な問いを突きつけてくる。

 自分が何を求めているのかを。

 苦手だ。

 逃げ出したかった。

 でも、逃げ出せなかった。

 行斗の問いかけは、魅力的でもあったからだ。

「思い出しました。〈師匠〉はお元気ですか?」

 椀を置いて、行斗は切り出した。

「……さぁ」

 やはり本題はそれか。

 全く厄介な人間と知り合ってしまったものだ。

 石動と知り合いだった事については、納得できた。

 顔の広い酔螺らしい。

「意外ですね、弟子のあなたが知らない訳はないでしょう」

「あちこちで誤解が宣伝活動をしているようですが、おれは〈師匠〉の弟子じゃあありませんよ。そりゃあ、小さな頃から知ってはいますが」

「弟子ではないと。秘伝とされた狂心功を伝授されておいて、ただの知人と言うのですか」

「狂心功?」

 心には初めて聞く気功法の名称だった。

 酔螺からは、何も聞かされてはいなかった。

 ただ、それだけは毎朝やらないと、ひどく怒られた。

「お前さんの家系は本来短命なんだよ。長生きしたかったらサボらずおやり」

 いつもは鷹揚としている酔螺が、その時ばかりは鬼のようだった。

 おかげで今は、唯一の習慣になってしまった。

「小さな頃、気功みたいなものを教えてもらった事はありますが、そんな恐ろしげなものじゃあありませんよ。ただの健康法です」

「なるほど……」

 行斗は茶器を脇にどけた。

「あなた自身にも、興味が湧いてきました」

 行斗がすっと立ち上がった。まるで、始めから立っていた様な、何の力みもぶれもない動きだった。

「少し、手合わせしてみませんか」

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