第一章 (参)

 酔螺の容貌は、銀を通り越して白に近い長い髪。大柄で豊満な肢体を誇る、妙にエロいお姉さんで、自称永遠の二十九歳を、心が物心つく遥か以前からやっていた。

 心は小さな頃から、彼女に妙に気に入られ、あれやこれやと教えられた。

 と言えば聞こえは良いが、実状はからかわれたり、引きずり回されただけだったように思う。

 酔螺を知る者は、酔螺を〈師匠〉と呼ぶ。

 何故そう呼ばれているのか、心は知らない。

 何をしているのかも、いつからそう呼ばれているのかも知らなかった。町中の誰も知らなかったからだ。

 気がつくと、心や他所の家に上がりこんでは一杯やっていたりして、町中の人も当たり前と思っていた。

 外見は豊満な美女、中身は賢者兼トラブルメーカー。

 博識で変な知人が多く、助けられる事も多いが、借金取りやら○クザやら、得体の知れない連中と関わって、迷惑をこうむる事も多い。

 ここ二、三年は見かけなくなって清々していたところだったのだが。

 第一心に、弟子になった覚えなど全くない。

 エロババアめ、今度は何をやらかしたと言うんだ?

 いつの間にか知らないところで理不尽な立場に置かれ、心は腹が立ってきた。

「あの女は家宝の伝書を持って逃げたんだ、居場所を教えろ!」

 立ち眩みがしてきそうだった。

 とうとう公にも一線を越えてしまったらしい

 そんな人物と関わるのは、金輪際ごめんだった。

「知らん、くどい、どっかの掲示板で情報でも募れ!」

 心が思わず叫んだ途端、彼女の体が一回り膨らんだように見えた。

 が、それは予備動作なしで間合いに踏み込まれた目の錯覚だった。

 ――まずい、行き成りやばいのがくるっ!

 致命傷になりかねない一撃。

 自分の髪の毛が逆立つのが分かった。

 腕を跳ね上げられ、胸に右掌が叩き付けられた。

 間一髪、心は体を捻るようにして飛び退る。

 そこへ、体重全てを乗せた掌が打ち下ろされた。

 間二髪目、心は転がって何とか避けた。追撃を受けないように素早く立ち上がり、構えを取る。

 振りをして、踏み込む。

 ただし、後方へ。

 裏門の方へ、心は脱兎のごとく逃げ出したのだ。

 三十六計逃ぐるにしかず。

 土地勘に任せて路地やら私道やら山道を抜ける。振り返って後を追う姿のない事を確認して、心は大きく息を吐いた。

 とりあえず逃げきった。

 が、事態は変わっていない。

 明日からを思いやり、心は憂鬱な気分と二人三脚で、帰り道を歩き出した。

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