第二章 (壱)
翌日、朝の学科ミーティングを兼ねた気功の時間に滑り込んだ心は、昨日の事を思い出してどんよりとした溜息のような呼吸法を繰り返した。
自然体で立ち、腕は一抱え程の樹木を抱くように円を形作っている。
そしてゆっくりと、腹式呼吸を繰り返す。
心がやっているのは
気功をすると気持ちが落ち着き、記憶力が良くなるなど学力が向上すると言う理由で、学園のカリキュラムに取り入れられていた。
気功に慣れてくると、体の内外にエネルギーを感じる様になる。
熟練すればする程、それははっきりと感じられ、大きくなる。
この、気と言うエネルギーが無限に大きくなったらどうなるのだろうか?
時々、心はそう思う事がある。
心は苦笑いを浮かべた。ろくな目にあわないと、変な事を考えるものらしい。
いつの間にか、するすると後ろの席の成田が寄ってきて、耳打ちされた。
「
そらきた。
心は内心で舌打ちをした。
学園一の実力者の呼び出しでは、無視もできない。
厄介な事にならなければ良いが。
放課後、心は呼び出された場所に向かった。
心の通う両印学園は、丹沢山系を背後に望む小山の中腹にある。
都心からそうは離れていないものの、国道を逸れて一歩山間に分け入ると、山道に詳しくない者は元に戻れなくなりそうなほど、木々が深い。
初秋。
山は紅葉に包まれていた。
学園のあるここ一帯は丹沢には珍しく大紅葉が多く、この季節になると学校前から街中への道一面が、紅い絨毯に覆われる。
何故こんな山の中腹にあるのか。
山岳信仰に端を発するある武術の思想を、教育理念に取り入れているかららしい。
らしいと言うのは、両印学園自体では、表立ってそうは教えていないからであった。
ただ、実習や野外活動、その他に、それが取り入れていると感じるものが多々あった。
特に、朝のミーティングの時間中に行われる、変わった気功やその学習は、両印学園のみの特色だった。
山の中腹にある学園から、更に百メートルほど登ると、真新しい御堂があった。
数年前に地元の有力者、石動家から寄贈されたものだ。
心が行くと、どうして分かったのか奥から声がかかった。
中には、声をかけた者以外に人はいなかった。
鏡のように磨きぬかれた板間、その清廉な空間に、ひっそりと咲く一輪の花のように、一人の少年が座っていた。
少年と言ったが、少女のようにも見える。
日本人離れした、美しく、清廉な容貌をしていた。
地元の名家石動家の嫡男で、各方面に非凡な才を示し、学園の生徒のみならず教師にまで一目置かれている。
両印学園において、独特の地位を築いていた。
椀と茶せん、その空間には必要な物だけが置かれていた。
皆、歴史のある茶道で使われるような品ばかりだった。
完成された空間。
それが一層、行斗の容貌を際立たせていた。
その行斗が、椀を持ち上げた。
するりするりと椀を回す。
と、口元へ。
清廉な絵が、だがなんともエロティックな光景に変わる。
その時々によって、清廉にも淫猥にも印象が変わる。
心は、この得体の知れない上級生が苦手だった。
行斗は、直ぐには心に話しかけなかった。
黙って茶を立て始めた。
心は、居心地悪気に行斗を眺めた。
――宇宙を創っていやがる。
心に茶の湯の心得はない。
肌で感じたのだ。
いや、分かってしまった。
分かってしまった事に気づいて、心は不機嫌になった。
洒落臭かった。
十代の小僧が何のてらいもなく、そんな事をやっているのが。
そして、それが分かる自分にも。
心は、完成したものに疑問を持つところがあった。
同時に戦慄もしていた。
この若さで、そんな芸等ができる事に。
「どうですか」
直ぐには何を聞かれているのか、心には分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます