第一章 (弐)

「知らん」

 心は正直に答えた。

 若干、相手が諦めてくれるかも知れないと言う希望を込めて。

「酔螺最後の弟子だろうっ」

 青くなる心。

 どこでそんな恐ろしいデマが流れているんだ。

「何だそれは、いつどこで誰がそんな先祖の墓にもお参りできなくなるような鬼畜外道なことをした、濡れ衣だっ!」

 いぶかしむ目で、彼女は心を見つめた。

「あの女の弟子になるのは犯罪行為と同じ事か。なぜ自分の師をそこまで貶す?」

 何か根本的な誤解があるらしい。

「確かに、〈師匠〉とは、小さな頃からの知り合いだが、おれは弟子でも、親戚でも、借金の保証人でも何でもないぞ」

「嘘を言うな」

「嘘じゃあないっ」

「嘘に決まっている」

「何で決まっているんだっ!」

「あの女が公言しているからだ、用があるなら閉門弟子の六葉心に聞け、と」

 武術において閉門弟子とは、全伝を受け継いだ最後の弟子と言う意味だ。

 師匠の実力の集大成を受け継ぐ事が多く、意味合いも重みもただの弟子とは全く異なる。

 思わず絶句する心。

 心は武術はおろか、スポーツの経験さえなかった。

 酔螺のおかげで知識だけはあるが、できる事と言えば簡単な気功法と、二、三の基本的な技だけだった。

 ――あのエロ妖怪、とんでもない事を。

 内心で毒づく。

 本気で嫌だった。

 底なし沼に、片足を引っ張り込まれたようなイメージが浮かぶ。

 嫌な予感はしていた。

 発端は、自分のパソコンに送られてきた、添付ファイル付の一通のメールだった。

『あるものを預かって欲しい』

 メールの内容は、その一文だけだ。

 数年ぶりに消息が分かった酔螺は、いつものように何の前触れもなく、厄介事を押し付けてきた。心は直ぐさま削除した。

 彼女はいつも突然だった。

 ふらっと現れては、騒動に発展しかねない土産を持ってくる。

 それは、ある時は物だったり、人だったり、出来事だったりと毎回異なるが、いずれもただでは済まないものだった。

 六歳の時、酔螺に届け物を頼まれ、運んだ先に警察のスペシャルチーム〈SAT〉が突入し、もみくちゃにされながら救出された事がある。

 後で聞いたら、ドア前まで運んだものは、遠隔操作できる発煙弾だった。

 どう言う経緯か、酔螺は警察に協力していた。

 えらい、初めてのお使いだった。

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