第6章 仮面の商人 (4)

 オルブライト・メルキメデス貴族員が治める領地アクト=ファリアナへ、アヴァインはこの日のお昼過ぎに到着した。

 早速、荷物を運ぶ為に人を雇い。その荷物を、今晩泊まる宿まで運んで貰った。……が、そこである問題が発覚する。

 手元に、お金が全くなかったのだ。ポケットの中を慌てて弄っても、コイン1つ見つからない。


「あ……そっか」

 理由については、直ぐに思い当たった。

 アヴァインは困り顔で苦笑い。その場に居る呆れ顔の運び屋の手間賃は、宿の女将に州都アルデバルで現在流行の服を見せ、低価格で買い叩かれはしたものの、何とか出来た。

 アヴァインは、そこでようやくホッと安心する。

 コージーにお金を上げたのまでは良かったのだが。自分が今、無銭人であることをつい先ほどまですっかりと忘れていたのだ。


 つくづく自分は迂闊うかつ者だよなぁ……と思わず溜め息をつく。

 宿屋の女将さんが買ってくれたから良かったものの……そうでなかったら、今頃大変なことになっていたからだ。


 コージー達が乗る駅馬車と別れる際、アヴァインは笑顔で手を振り、コージーも駅馬車の屋根の上で両手を大きく振り振り振って、笑顔を元気よく見せてくれた。

 機会があれば、またいつか会うこともあるだろう。あの少年コージの元気な笑顔を見たことで、なんだか気持ちが晴れ嬉しくなれたから、アヴァインの思いとしては寧ろ感謝だった。



 このアクト=ファリアナには、一週間ほど滞在する予定である。その間に、この衣服の品物は完売し。それから再び仕入れ、また州都アルデバルへ移動して売る。当面は、このサイクルを繰り返すつもりだ。

 

 早速、明日から品物を並べるのに適した場所を探す為に出掛け、3ヶ所ばかり見つけた。それから自分が買った品物の相場を見て回り、メモをする。


 この相場なら、まあまあ利益が得られそうだな。良かった。


 ふと見上げると、このアクト=ファリアナの丘の上に白く美しい城が見える。アヴァインはそれを見て、雑貨屋で買った帽子を深く被り、俯いて宿へと戻ることにした。

 それから軽く食事を済ませ、借りた部屋へと上がる。


 正直、未だに今後どうしてゆくのかで心の迷いがあった。


 当面の喰い繋ぐ為のかては、今の方法で良いとして──ルナ様の仇であるディステランテ評議員の件。これをなんとかしたい──そんな思いが、未だに根強く心の中にある。 


 それに、あのままケイリングに預けたままとなっているシャリル様の件……。シャリル様が、不自由な思いをしてなければ良いが……と気になりもするが。無闇に自分が近づけば、メルキメデス家に迷惑を掛けることになる。恩をあだで返す様な真似だけは、出来ないし。やりたくもない。そう思うと、どうしても足が重たくなってしまうのだ。


 ルーベン・アナズウェルは、『力になれ』と言っていたが……今の自分がオルブライト・メルキメデス貴族員の傍に居た所で、幾ら考えても、迷惑なことばかりだとしか思えない。



「シャリル様の事は……ケイなら、きっと良くしてくれている筈だろうしな」


 アヴァインはそう思い、あのケイなら間違いないさ、とポツリ零し頷く。


 問題は──ディステランテ・スワート評議員の方をどうするか──だった。

 ディステランテ評議員の周辺や首都キルバレス市内は、厳重な警戒態勢で近づく事さえも今は難しいだろう。


 未だに続くこのアクト=ファリアナ内の衛兵の巡回や、手配書を見ても想像が出来る。やはりもうしばらく、ここで喰い繋ぎ。今は、時を待つしかないのだろうか……?


 ぶどうの搾り汁を一口飲み、宿屋の窓辺から月明かりに照らし出される城を遠目に眺めながら、アヴァインはふとそう思い、深く溜めをついていた──。

 


  ◇ ◇ ◇


 アヴァインが、本来ならケイリングが居る筈のアクト=ファリアナでそうしていた頃。ケイリングとファーは、タイミングさえ良ければアヴァインが州都アルデバルに居た。


「ちょっと、ファー! アヴァインがどこにも見当たらない、ってどういうコトよ?!」

「そう、言われましても……」

 ファーとしても困ってしまう。


「アヴァインは──このアルデバルに行く──って言ってたんでしょう? だったらどうして、居ない訳??!」


 それは、こっちが聞きたいくらいだよ。


「アルデバルへ行く、と言ったのは確かです。しかし、四方八方探させましたが、見当たらないのも事実なんです」


 昨日の夕方から、今日の夜……つまり、1日半も掛けて『見つけた』という報告が未だにファーの元には届いていなかった。捜索人数は15人で、5組に別け、主立った所は一通り捜索済みである。


 アヴァインは、『ここでしばらく商売でもやって、生計を立てているよ』と、笑いながら言っていた。それは確かだ。居るとしたら、目立つ所で商売をしている筈だが……まさか!? いや……。


「明日も引き続き捜索はさせますので、もうしばらくお待ち下さい。それから私は、明日の朝、役所の方へ一度行ってみようかと思います」

「役所へ?」


 この州都アルデバルの至る所に、アヴァインの手配書が貼られてあった。まさか、とは思うが……念の為、明日、確認してみたが良さそうだ。


 ファーはそう考えたのだ。


 実際には、アヴァインは早々に仕入れた商品を完売し。単純に、お互いに途中でになっていたに過ぎないのだが。まさかそうだとは2人とも思いもしない。


「……そうね。だったら私も、一緒について行くわ!」


 アヴァインが関知しない所で、こうして段々と話が大袈裟に膨らんでいたのである。



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