第6章 仮面の商人 (5)
「アヴァイン・ルクシード……ですか?」
「そうよ!」
建設されて15年程の《政都庁舎》で、ケイリングがそこの受付で責任者を呼び付け、「アヴァインは、もう捕まったの?!」と聞いていたのだ。
ファーは、その大胆過ぎるケイリングの一言で思わず目が点になり、言葉を失っていた。
それを受けたそれなりに偉いらしい役人は、背後の他の役所数人に確認するかの様に振り向いた。
だが、どの役人も首を傾げるばかりであった。
それで、その役人はケイリングの方を改めて向き直り言う。
「いいえ。どうやら生憎と、まだ捕まってはいない様ですね」
「……そう」
ケイリングはそれを聞いて、ホッと安心した。
そんなケイリングの様子に、役人は厳しい表情を見せ、口を開く。
「ところで……貴女様は、そのアヴァイン・ルクシードとは、どの様なご関係の方で?」
「え?」
「あ、いや!」
これは拙い、と思ったファーは空かさず口を挟んだ。
「実はこの
「ほぅ……それはまた、興味深い話だ。
もし時間がお有りでしたら、少々その辺りの話をもう少し詳しくお聞かせ願えませんか?」
「あ、いえ! 捕まってない、という事ですし。それほど大した事でもありませんから!」
「大したことではない? しかし、彼女の弟さんが酷い目に合われたのでしょう?」
「あ、いや。そう大袈裟にするほど大したことではありませんので! 私たちは、これにて! ──では!!」
ファーはそう言い。不満顔を見せるケイリングの手を引っ張って、《政都庁舎》を出た。
「ちょっとファー! なんなのよ、一体!!」
《政都庁舎》を出て、直ぐに曲がり角を複雑に急ぎ足で入りいき。あとを着けて来た役人数名を巻いたところで、ファーが安堵の吐息をついていると。ケイリングが握られていた手を振り払い、怒ったようにしてそう言って来たのだ。
「なんなのよ、じゃありませんよ! ケイ様!!
アヴァインは、手配書で追われている身なんです。その様な人間を、メルキメデス家の者が探しているとキルバレス本国に知られたら、どうなるか。ちゃんとお分かりになった上で、訊いたのですか?」
「それは! ……ちゃんと分かっているわよ。お父様達が迷惑をするんでしょう?」
ケイリングはそう言いながらも、今気づいた、思い出した、という様子だった。
ファーはそんなケイリングを見て、再び溜め息をつく。
「何度も言いますけど……アヴァインは、メルキメデス家に迷惑を掛けない様にと思い、アイツなりに考えた上で去った訳ですから。その思いを少しは汲み、もっと慎重に行動をなさって頂けませんか?」
「だから、それは分かっているわよ。分かってるけど……さ。それにしたって、どうして1日くらい……最低でも一度くらい会って、ちゃんと説明してから行ってくれなかったの? ねぇー、どうしてよ?! ファー!」
「それは……まぁ…」
その時は、ファーも今のケイリングと同じ思いだった。取り敢えず一度くらい顔を見せて、それからでも良いだろう? とアヴァインを一度は説得していたのだ。だけど、アヴァインはその時、こう言ったのだ。
『なにを言ったところで、あのケイの事だから。例え理解はしてくれても、直ぐに納得はしてくれないよ。
きっと色々と考え、他の策を講じたり。君にも無理なお願いをしてくるかもしれない』
『別にそれくらい、気にすることはないだろう? ケイ様が好きで勝手にやるだけの話だ。
それに、私に出来ることがあるのなら、寧ろ手伝うし。今更、遠慮なんてするなよ!』
『ハハ。それはとてもありがたいことだし、嬉しいけど。
でもね……そうこうしている間にも、キルバレス本国に知れて。メルキメデス家に迷惑を掛けるかもしれないだろ? それは私にとっても、ルーベンさんにとっても、困ることなんだ』
『ン……。まあーそうなれば、確かにそうかも知れないが……』
『その前に、メルキメデス家の旧臣が、私をキルバレスに突き出すかもしれないしね?
だけど私は、まだ捕まる訳にはいかないんだ。ルナ様の仇を取るまでは、ね……』
『……』
確かに、メルキメデス家の旧臣が、アヴァインをキルバレスに突き出す可能性は十分に考えられた。だから、ファーもアヴァインの話を聞いて、納得をしていたのだ。
そして、今のケイリングの様子だ……。
アヴァインが考察していたことは、今更だがつくづく尤もだったなと思えてしまう。
「全ては、メルキメデス家の為であり。アヴァイン自身の為、ですよ。ケイ様……」
真剣な表情で言ったファーの言葉に、ケイリングは
そして一言だけ、こう返す。
「ごめん……ファー。分かった……でも、今は少しだけ胸を貸して……」
「……はい」
ファーは胸元で顔を埋め、必死に出来るだけ静かに泣くケイリングを見つめ、そして思う。
アヴァイン……私からすると。お前は、本当に贅沢な男だよ……。
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