第2章 アクト=ファリアナの心友(9)

 その翌々日……パレスハレス近くの貴族用邸宅前にて──。


「あのぅ……本当に、先日はすみませんでした」

「いいえーっ♪」

 リリアはそう笑顔で微笑み言うと、『早く馬車を出しなさい』とばかりに騎手に対し、無言で手をサッとやる。それを受け、騎手は鞭を打ち、彼女を乗せた馬車は領地へと向かい走り出す。

 その間も彼女はずっと、アヴァインに隙なく変わりない、動じない、感情さえも感じさせない、凍り乾いた笑顔を向けたままだった。

 それが返って、怖くもある。



 あれは間違いなく、怒っていたよなぁ~?



 と、アヴァインは心のどこかでひっそりと感じ、見送るしかなかった。


 つまりアヴァインは、リリアからフラれてしまったのだ。それも鮮やかなほど、あとも濁さずに、である。

 


 その様子を、貴族用の邸宅三階窓際のカーテン越しに背中を向け、外の様子を伺う為にそっと顔を出し、横目にひっそりと見つめていたケイリングは。その一部始終を見終わると、そこで再び室内へと顔を戻し、「ほぅ……」と吐息をつく。


「リリア……本当に、ごめん……」

 それから、ふと天井を虚ろに見上げ。

「『恋』って、時として、残酷なものなのよ……」

 と、一見悟りめいたような。それでいて、自己中心的なことを一人呟いていた。




 そして……その、次の日の事である──。


「え? それは、どういう事でしょうか?!」

「だからな、お前は今日から。メルキメデス様の身辺警護に回されることになったんだ」


「どうしてまた、急に!?」

「そんな事まで私が知るものか! そんなにも知りたければ、本人に直接、聞いてみればいいだろう。

これはご指名なんだ。メルキメデス様からのな!」

「え? また、ご指名ですかぁ……?」


 最近はなにかと、ご指名の多いことだなぁ~。


 アヴァインはそう思い、ため息をつく。

「まあな……これが一時的なのか、長期的なものなのか、私にも正直なことは分からん。何故、急にこうなったのかも全く、皆目見当がつかん。普通に考えて、強引な取り決めだよ、これはな」

 そこでベンゼル衛兵長官は、困り顔にため息をつく。


「メルキメデス様といえば、名門もいいところだが。そこの1衛兵となれば、だ。一種の左遷、とも言えるのか……。

お前も、先日のリリア様との縁談さえうまく運んでさえいれば。もしかするとこうならずに済んで居たのかもしれないんだろうがなぁ~」

「はぁ……どうもすみません」


「いや、いいさ。その理由までは解らないが、向こうから断られたのだから仕方がない。

それにな、遅かれ早かれ。同じだったのかもしれないからなぁ~。この私だって、時機に、遠くへ飛ばされるかもしれんよ……。そうなったらこの私は、色々と考え、家族とも相談したのだが。この仕事を、辞めようかと思っている」

「え? お辞めになられるのですか」


「ああ。もしそうなったら、な」

「……そうですか」

 なんだか、残念な気がしてならない。どんどんここも、寂しくなってくるなぁ……。


「まあ、そうならずに済む様であれば、だ。機会を見て、お前をなんとか呼び戻すから。それを唯一の希望とでも思って、期待していろ。まあ、余りあてにはならないがね」


 その長官の好意ある言葉を受けて、アヴァインは力なくだが、笑顔を見せた。それは実に、あからさまなほどの作り笑いではあったが。


「わかりました。正直、カルロス技師長のこともあるので。このキルバレスから離れるのは残念なのですが……仕方がないですからね」

「まあ……そういうことだ。カルロス技師長に近い者を、どんどんとこうして引き剥がしてゆく。それも、強引にだ。

この調子だと、《科学者会》自体もこの先、どうなってゆくのやら……だなぁ~。

何にせよ。お前にはこれまで色々と苦労をさせられて来たが。いざ、居なくなるのかと思うと、寂しく感じるのだから不思議だよ」


「ハ、ハハ……度々どうも、すみません……」

 なんだか最後の最後まで、この長官には謝ってばっかりだ。


 と、そこへ。コンコンと扉をノックする音が聞こえた。


「はい、どうぞ」と長官が言うや否や。扉は『バン☆』と大きく勢いよく開き。そこには、驚くことにあのケイリングが立っていた。



 ──って、なんでこんなトコにお前が居るんだよっ!? 



 そして、呆けるこちらのことなどお構いもなく。ケイリングは、ズカズカと中へ遠慮も無く入って来て。一枚の証書らしき紙切れを長官に『ビッ!』と開いて見せるなり、軽快な調子で口を開いてくる。



「《アヴァイン・ルクシードは本日をって、ケイリング・メルキメデスの〝専属〟警護に任ずるものとする!》

ってなコトでぇ──っ、よろしくぅ~~~。アヴァイン♪」

「──はあぁああーっ?!☆」


 その証書を、長官の机の上に『トン☆』と置き。ケイリングはそこで、イタズラっぽく『ニッ♪』と笑み。まるで状況を掴めていない自分の首根っこを、問答無用とばかりに『むんず!』と掴むと。引きずるようにして、ズルズルと長官室の出口まで連れ出した。


 そして、そこで呆けたままのベンゼル衛兵長官が居る方へと向かって、『くるりん♪』と振り返り、満面の笑みで長官に対し、手を振り振り。

「と、まあーそういう訳なのでぇ~。長官さん、アディオぅ~~~ス♪」

「ア、アディオ………」


 ──バタン☆


 そんな長官の言葉も最後までろくに聞かず、扉は閉まった。しかも、手を上げたままやり場を失った長官は、そのままその手を顔にあて、


「これだから、最近の若い娘は……」

 と、深いため息をついていたのである。



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