第23話 偽世界の怪物(後編)


「お嬢様っ! お待たせ致しましたっ!!」

「うぶっ、うぐうっ!」


 門をくぐり、一気にうちの玄関前まで車で駆け抜ける。漆黒のベンツが緑に包まれた菜園を抜け、キャアアアアアアッ、と凄まじい音を立て、ドリフトしながら横付けするように急停車。さながら映画のワンシーンのようだ。


 そしてドアが開かれ……。


「うげえええええええええええっ」

 せっかくの格好いい登場シーンの流れは、台無しだった。


「おっ、お嬢様っ!? 大丈夫ですかっ!?」

「大丈夫です。外に吐かせましたので」

 そういう問題?


「さ、マスター。これを飲んでください」

 ダキニに差し出された魔力ジュースの入ったボトル。それを受け取り、呼吸を整えながら一口。

「っぱあ! あー、あー……苦しかった」

 ジイヤの本気の運転で、私は久しぶりに車酔いした。いや、これは車酔いというか、乗り物酔いという次元じゃないというか。


「も、申し訳ありません。急ぐあまりに」

「い、いいのよジイヤ。急げって言ったのは私なんだから」

 結果はどうあれ、あっという間にうちまで戻ってこれたのだから文句は言うまい。緊急事態なんだし。


「それにしても、乗り物酔いにも効くのね、魔力ジュース」

 まるでRPGの回復ドリンクよろしく、吐いたばかりとは思えない位調子が良くなった。

「魔力の充填は体調を整える力があるようですね。顔色が良くなりましたよ、マスター」

「うん、我ながら本当に凄いわ……って、のんびりお喋りしてる場合じゃないってのっ!」


 私達は車から降りて、周りを見渡す。普段なら菜園で作業する装果や宗谷さん、他のメイド達で賑わっている菜園も、今はひっそりとしている。人影はどこにも見当たらない。


「みんな、中に避難できたのかな?」

「ここに来るまでは、少なくとも一人も見当たりませんでしたね」

「じゃ、じゃあ、きっと大丈夫よね。間に合ったのよね?」


 私は楽観的にそう言ったが、確かめようにも誰もいないのだ。まずは家の中に入って誰かに聞いてみるべきか。それとも外を回って一刻も早くドラゴンを退治すべきか。


 と、そこで裏手の方から大きな音が鳴り響く。爆音、と言ってもいいだろう。文字通り何かが爆発したような激しい音。


「あれ、薫さんの魔法!?」

「そのようですね」

 どうやら薫さんが先に対処してくれたようだ。薫さんの魔法なら、例え魔法無効化を持っているあのドラゴンにも後れは取らないだろう。


「良かった。ならもう、ほとんど解決済みね」

 私はほっと胸をなで下ろす。というか、薫さんが対処できたのなら私達が戻ってくる必要は無かったかもしれない。


「後は皆の無事を確認して……」

 そこでさっとダキニが私を庇うようにして真横に立った。丁度私と家をダキニの背にして、菜園の方を向いている。


「マスター、どうやら、戻ってきて正解だったようですよ」

「えっ!?」

 私はダキニの向いているほう、菜園の方に目をやる。


 目に映るのは、赤と黄の警戒色の肌。


 鋭い目。巨体にも関わらず俊敏な動きを可能とする強靭な足。トカゲのような、いや、太古の昔の恐竜のような出で立ち。見紛うこと無く、かつてうちを襲ったあのドラゴンだ。


 そのドラゴンが、三匹、悠々とした足取りでこちらへと向かってきていた。


「なっ!? 嘘っ!? 一匹じゃないの!?」

「お、お嬢様っ!」

 私は驚き、ジイヤが最悪の状況にうろたえる。


 まさか、あのドラゴンが複数体いる?


 ただでさえ魔法を無効化する厄介で、凶暴なあのドラゴンが?


「お嬢様っ! ダキニさんっ! 急いでお屋敷の中へ!」

 ジイヤは血相を変えてそう叫び、私達を家に入るように促した。確かに、ここは一度あの三匹に背を向けて隠れるというのも手かもしれない。


 だが……。


「ダキニ、いける?」


 私は自分の体を盾にドラゴンたちの前に立ちはだかった私の使い魔に、笑顔でそう尋ねた。


「ええ。お任せ下さい、マスター」

 不敵に、一度振り返って余裕の笑みを零すダキニ。視界が二重になり、彼女の視点から同じように不敵な笑みを浮かべている私が映る。そして、改めて命じる。


「じゃあ、あの三匹をブッ飛ばしなさいっ!」


 私の命令が声高に響くのを合図にしたように、三匹のドラゴンが吠え、一斉にこちらに駆けてきた。


 ダキニはその三匹の中に飛び込んだかと思いきや、一番先頭の一匹の顎を思い切り蹴り上げる。


「なっ!?」

 驚くジイヤの声を他所に、ダキニは続けて蹴りあげた一匹の顔を横殴りにして地面に叩きつける。

 状況を理解する間もなく二匹目は首根っこをダキニに掴まれ、今度はダキニの膝蹴りを顎に喰らう。ぎゃあ、と低く一声鳴いて、白目を剥きながらその巨体を横たえた。


 三匹目は流石にダキニとの力の差を理解したのだろう。一度怯えたように後ずさる。だが行動できたのはそこまでで、飛びかかったダキニに頭上から一撃をもらうと、他の二匹同様呆気なく気を失った。


「こ、これはまた……お見事」

 ジイヤはそう言って感嘆の声をあげた。


「上々ね、ダキニ」

「ありがとうございます。ですが、このくらいは当然です」

 笑顔でこちらを振り返るダキニ。息一つ乱さず三匹のドラゴンをあっさりと倒してみせた。


 魔法少女試験でダキニに戦ってもらうにあたり、当面の課題だった私の魔力切れを克服した今、もはやあのドラゴン程度では相手にもならないと分かっていた。


 あのドラゴンたちがいかに力が強く、俊敏で危険に見えようと、それはあくまで人間の視点だ。ダキニの目からすればあいつらは止まった的と同じ。力比べだって負けない。


 ここ暫くの特訓で、ダキニの凄まじさはよく理解していたのだ。


「魔力は、うん、まだたっぷりあるわね。どうやら、うちに紛れ込んできたのは一匹二匹じゃないみたいだけれど」

 そしてダキニも私に負担のかからない戦い方というのを見つけていた。その上魔力を補充できる魔力ドリンクを手にした今、私達は向かう所敵無しなのだ。


「全部、片っ端から叩きのめしてやりましょうかっ!」

「ええ。無粋な侵入者には相応の罰を受けてもらいましょう」

 そう言って意気込んだ所で、突然視界の端、うちの建物の角から見慣れたショートカットの髪の少女が飛び出してくる。


「えっ!? しょ、装果っ!?」

「あっ! お嬢様っ!!」


 誰であろう装果が、こちらに向かって走ってきたのだ。


「何であんた外にいるのよっ!? 隠れてなさいって言ったでしょっ!!」

 私はこんな状況にも関わらず外に出てきている装果にそう怒鳴るが、装果は必死に走ってこちらまで来ると、血相を変えた表情で叫び返した。


「すっ、すいませんお嬢様っ! で、でもまだっ! 宗谷さん達が外にっ!」

「えっ!?」

「ほとんどの人はお屋敷に避難して、薫さんにも知らせましたっ! で、でもっ! まだ宗谷さんと、一緒に菜園で作業していたメイド達がっ!」

 私にしがみつき、縋りつくように、訴えかけるようにして叫んだ。悲壮な顔で、汗だくになりながら息を切らしそうなほど必死な装果。


 この様子では恐らく、自分の身の危険も顧みず飛び出してきたのだろう。


「装果、安心して。私とダキニがすぐに助けに行くから。どこにいるかは、分かる?」

「わっ、分かりませんっ! 外に呼びにいったみんなも、あの大トカゲに出会ってすぐに引き返すしかなくてっ! 外にはまだ宗谷さん達がいるはずですっ!」

「分かった! 分かったから落ち着いて!」


 私は正面から装果の肩を掴み、何とかなだめようとする。装果は興奮して我を忘れそうな勢いでまくし立てている。混乱気味でも今の状況をきちんと伝えているあたりは流石だが。


「ダキニ、音を拾って! 宗谷さん達がどこにいるか探すのよ!」

「承知しました」

「装果、あいつらは一体何匹いるの?」

「わっ、分かりませんっ。一匹だけだと思ったら、何匹もいて……裏の薫さんがいる方は二十匹以上も群がっていて」

 そう言っている間にも爆発音が響く。薫さんの方はどうやらこちらより厳しい状況らしい。薫さんの助けは期待できないか。


「あの山で使われた膨大な魔力、まさか質じゃなくて量を優先するためだったとはね」

 私はダキニが倒した三匹のドラゴンを見つめた。そう、あの膨大な魔力は、一体の使い魔を呼ぶためのものではなかったのだ。一匹での襲撃に失敗したから、今度は数を頼みにしようとしたようだ。


 あの魔力量なら少なくともドラゴンを百体以上呼べるはずだ。いや、そう考えると逆にこれでは少なすぎる気もするが……。


「ジイヤ、装果をお願い。二人でうちの中に入ってて」

「お、お嬢様っ! お嬢様たちも、危険ではっ!?」

 ジイヤは私を心配してくれたのか、そんな風に言ってくれる。


「大丈夫、さっきのを見たでしょ? 私達なら楽勝だって。だから」

「マスター……」

 私がそう言いかけたところでダキニが私の言葉を切る。


「宗谷さん達は見つかった!?」

「いえ、それは恐らく見つけたのですが……」


 なら早く、と急かしそうになったところで、風に乗って何か大きな音が聞こえた。


 低く唸るような、ジェット機が風を切る音のような、ゴオオッと鳴り響く音。


 装果やジイヤを見る。二人にはどうやらこの音が聞こえていないようで、私とダキニを見てどうしたのかと窺っているようだった。この音が聞こえるのはダキニの感覚共有の魔法のおかげか。


「どうやら、楽勝、というわけにはいかないようです」

「え?」

「山での召喚魔法、本命は恐らく、あれだったのでしょう」

 ダキニは空を見上げるようにして、音のする方を向いていた。私もそちらに目を向けると、空の上、丁度うちの上空あたり、何か黒っぽいものが旋回して飛んでいるのが見えた。


「何アレ、ひこう……き」


 私が言いかけたところで、ダキニからの視線が細部を詳細に見せてくれた。


 巨大な羽、いや、翼というのか。ごつごつした岩のような、武骨で頑丈そうな両翼。

 太く長い尻尾。短い首に、巨大な赤黒い顔。同じく短いが異様に太く、巨大な鉤爪を持った足。イー、と歯茎を見せるように歯をむき出しにし、その巨体に関わらず優雅に飛び続けている。


 頭の先には、まるで棘のような、或いは杭のような巨大な一本の角。


 自然界のどこにも類を見ないような、神話やファンタジー、ゲームの世界から飛び出してきたような外見の、巨大なドラゴンだった。


「うっそぉ……」

 私は思わず、恐怖するでも危険を感じるでもなく、呆気にとられてしまった。


 召喚魔法を扱う魔法使いとして、一度は呼び出してみたいと思うのが、大型のドラゴンだ。


 その雄々しい姿、神秘的で生命の力強さを感じさせるフォルム。そして破格の強さ。人をひきつけてやまない要素を山ほど抱えた存在。

 当然のように召喚の難易度は最高クラス。扱いづらさも最高クラス。神格持ちの使い魔程ではないが、狙って呼び出せるようになるには相当の腕と運がいる。故に人気があっても滅多に拝めるものではない。


 私もこんな光景は人生で初めて目にした。冗談みたいに巨大な体で、大空を優雅に飛び続けている大型ドラゴンの姿。


 今頭上で飛び回っているアレは、多くの魔法使いの憧れでもあるのだ。


「凄いわ。あれ、本物じゃない。角の形とかも独特だし、きっと固有種よ。それもあんなばかでっかいの。一生に一度見れるかどうかってレベルよ」

 私がはー、とため息交じりに興奮して言うと、冷静なダキニのツッコミが届く。


「確かに希少な存在なのは理解出来ますが、あまり出会いたくない部類の輩ではないですか?」

「……ああ確かに、この状況は全然嬉しくないわよね」

 まさかあれが味方というわけではあるまい。


 現実的に考えれば、今は最悪の状況だった。


「あの様子ですと、暫くしないうちに降りてくるでしょう」

 ダキニの言葉に、私は息をのむ。


 先ほども説明した通り、大型のドラゴンは強さも一級品だ。巨体な上に皮膚も鎧のように頑丈。動きも速く、あんな風に空を飛ぶ種類までいる。


 まともに戦えるのか。いや、そもそも戦っちゃいけない相手な気もするんだけれど。


「えっと、今のうちに撃ち落としちゃうとかは?」

「あれに早く降りてきてほしいのでしたら、手を出すことは出来ますが」

 ダキニの持って回った言い方。やめたほうがいいという事だろう。


「それとマスター、宗谷さんかどうかは分かりませんが、向こうの方の農機具小屋に、複数の人間が固まっています」

「えっ」

 声をあげたのは、装果だ。


「恐らくは息を潜めているのでしょう。幸い今近くにドラゴンはいないようです。今なら、安全に合流する事が出来ます」

 良かった、ドラゴンの目から逃れてみんなで隠れることが出来たのだろう。なら、あとはこちらから助けに行けば……。


「……降りてくるようですね」

「ッ!?」


 ダキニの言葉に、全員が息をのむ。


 空中を旋回していたあのドラゴンが、ゆっくり、ゆっくりと高度を下げているのが分かる。あのままうちの菜園の一角に降り立つつもりだ。


「宗谷さん達の方は、後回しですね」

 ダキニはそう言って、ドラゴンの降り立つほうへ歩を進める。


 ダキニの纏う空気が変わった。伝わってくる、静かな緊張感。あの大型ドラゴンが相手では、ダキニも本気にならざるを得ないのだろう。


 いや、流石のダキニでも厳しいのではないか。文字通り、そもそものスケールが違う。


 本当に、戦っていい相手なのか。


「まっ、待ってくださいっ!」

 そんな事を考えていると、甲高い声が響いた。


 誰であろう、装果がダキニに向かって叫んでいたのだ。


「そ、宗谷さん達を放っておいたら危険ですっ!」

「しょ、装果……」

 装果は、小柄な体で震えながら皆に訴えていた。


「装果さん、気持ちは分かりますが落ち着いてください。今行っても、後で行っても変わりません。隠れることが出来たのですから、暫くはそのままでも安全でしょうし」

 ダキニは落ち着いてそう言ったが、装果は首を振った。


「ダメなんですっ! あの小屋は、そんなに頑丈な作りになっていませんっ! 昔台風で壊れてしまった部分があって、そこを見つけられたら簡単に入ってこられてしまいますっ!」


 その言葉に、流石のダキニも顔色を変えた。


「それにあの大きなのが降りてきたら、音に驚いて外に出ようとするかもしれませんっ! その時にあの大トカゲがいたら危険ですっ! 今安全だというなら、それを伝えてお屋敷に避難してもらわないとっ!」

「で、ですが今は……」

 ダキニは言葉を詰まらせた。あの大型のドラゴンが降りてくる以上、放っておくわけにもいかない。今宗谷さん達の救出に向かうのは無理だろう。


 ダキニを連れずに行けば、今度は自分たちが危険に晒されることにもなるのだから。


 だが……。


「私が行きますっ! 今なら、安全なんですよね?」

「しょ、装果っ!?」

 状況が分かっていない訳でも無い筈なのに、装果は宗谷さん達の救出に迷うことなく名乗りを上げた。


「だ、ダメよっ!! そんな危険な事させられるわけないでしょっ!!」

 私はたまらず叫ぶが、装果はひるまずに反論する。


「お嬢様、危険なのは宗谷さん達です。お嬢様とダキニさんがあのでっかいのと戦う間、あの大トカゲたちは待ってくれません。もし今行かなければ手遅れになるかも知れません。丁度まわりにあの大トカゲがいないなら、これ以上のチャンスはありません。今しかないんです!」

「で、でも……」


 私は迷った。


 当たり前だが、そんな危険な真似、私の可愛い装果にさせるわけにはいかない。


 だが、誰かがやらねば宗谷さん達が危険なのも事実。装果が言っている事は間違っていない。今がチャンス、いや、今しかチャンスが無いのかもしれない。これを見逃せば最悪の結末を呼ぶこともあり得る。

 私が代わりに行くという手もあるが、今度はダキニを一人にすることになる。あの最高クラスに危険な相手に、一人で立ち向かわせる訳にもいかない。


 じゃあ、でも……いや、だって……。


「お願いですっ! 行かせてくださいっ!」

 私の内なる迷いを断つように、装果ははっきりと、強い意思を込めてそう言った。


 装果の瞳が私を見つめている。きっと結ばれた口元は、あのドラゴンが初めて現れた日に、大粒の涙を零していた少女のものではなかった。


 さっき私に縋りついてきたか弱い少女とは、別人だった。


「装果さん! でしたら私が行きます! 装果さんは先にお屋敷に」

「いえ、ジイヤさん。私に行かせてください。これでもお嬢様の魔法の弟子です。魔法使いとして、人の役に立ちたいんです。大切な人を、助けたいんです」

 装果は一切物怖じすることなく、いっそ凛々しいくらいの頼もしさでそう答えた。


 装果は覚悟している。一人の魔法使いとして、もう立派に一人前のように。


「……ダキニ、本当に、今危険はない?」

 私はダキニに向かってそう聞いた。


「……はい、丁度今あの周りにはドラゴンがいません。ですが数匹が徘徊しているのも事実。たどり着いてからお屋敷に戻るまでに出くわさないという保証はありません」


 やっぱり、危険な事には変わりないのね。


 でもあそこに宗谷さん達がとどまっているのも危険。誰かが、お屋敷まで避難させないといけない。


 私は、息を大きく吸い込んで、一度だけ深呼吸して、言った。


「装果、気を付けるのよ。もし自分に危険が及ぶようだったら、どんな事をしてもいいから逃げなさい。先にお屋敷に避難しててもいいわ。無理はしちゃダメ。それと頼れる状況なら、他の人にも頼りなさい。いいわね?」

「はいっ!」


 装果は揺らがない瞳で私に応えた。私は、そんな装果を抱きしめた。


「気を付けるのよ、絶対よ」

「ッ! はいっ!!」

 感極まってこのまま装果を離さないようではいけないと、自制心をありったけ絞り出して身を離す。


「ジイヤ、こんな危険な事、頼むのもあれなんだけれど」

「皆まで申されますな、お嬢様」

 ジイヤは老紳士らしく落ち着いた笑みを浮かべ、優しくも力強い声で、言った。


「装果さんの身は、必ずお守りいたします」

「……お願い」

 ジイヤの頼もしさと誠実さの籠った言葉に、私は心から感謝した。


「では、行ってきます! お嬢様っ!」

「お嬢様とダキニさんも、ご武運を!」

 そう言って二人は、宗谷さん達を助けるべく駆けていった。


「……振り返らずに、行っちゃったわね」

 今更ながらこれでよかったのだろうかと自問自答してしまう。ジイヤは一般人。装果は魔法使いだが、あのドラゴンには魔法が効かない。出くわせば無事では済まないだろう。


「マスター、時には信じて待つことも必要です。それが誰かの力になることもあるのですから」

「うん」

「誰かを心配する気持ちや役に立ちたいという思いは、マスターと同じです」

「うん」

「装果さんなら大丈夫です。あんなにしっかりした装果さん、初めて見ましたし」

「装果は……元々しっかり者よ」

 ダキニの言葉に、私は笑って軽口を返す。そうでしたね、とダキニも笑った。


「そうね。私がここでぐじぐじ心配してたって、いいことないわよね」

 私は腹をくくる。装果は大丈夫だ。だから、装果に負けないよう、私もしっかりとしなければ。


「っていうか、流れ的に自然と私達はあの大型ドラゴンと戦う事になっちゃってるけれど」

 私は、不安を紛らわすようにちょっと一息吐いて、ダキニに聞いた。


「ねえ、勝算、ありそう?」

「さて、どうでしょうかね?」

 そんな私の心境を察してくれたのか、ダキニは余裕の笑みを浮かべながらそう答えた。自分が負けるなんて欠片も思っていないような、いつもの自信満々な態度が今は頼もしい。


「何にせよ、準備しておいて良かったではないですか」

「ん? 準備って、何の?」

「戦うための準備ですよ」


 ダキニはそう言って、どこに持っていたのか、魔力ドリンクの入ったボトルを私に手渡す。


「魔法少女試験の特訓の成果、ここで思いっきり見せてやりましょう」

「……ええ」


 私は残っていた魔力ドリンクを、腰に手を当て一気に飲み干す。


 体の内から湧き出る力。最大まで魔力を充填し、勇気もやる気もありったけみなぎらせ、前を向く。


「やるしかないわよね」

 白旗あげたって許してくれるような相手ではない。戦っておっぱらうしか、方法は無い。


 大型のドラゴンは長い滑空を終え、ようやくその巨体を地に付けた。地面を通して伝わってくる振動が、武者震いとなって心地よく体に響き渡る。


 私とダキニは顔を見合わせ、そしていつものように不敵に笑いあう。


 ダキニのふわふわの白髪が風で揺れ、妖艶にほほ笑む口元がその美形に彩を添えている。そしてダキニの瞳には、三白眼の美少女が、この上なく可愛らしい顔で凛々しく微笑む姿が映る。


 互いを見つめていたその視線を、二人で目の前のデカブツに向ける。


「私とダキニの力、たっぷりと味わわせてやるわっ!」

 私の言葉を受けるように、大型のドラゴンから低いうなり声。それが始まりを告げる合図になった。


 いよいよ、決戦の幕が上がる。

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