第11話 夏の野分と君の瞳に映る世界(中編)


「え? 台風、ですか?」

「うん。やっぱりうちの菜園でも対策したりするの?」

 他の野菜の手入れをしている装果を捕まえて聞いてみる。梨の防鳥ネット張り作業が早く終わっても、装果にはまだまだ仕事があるようだ。


「はい、もちろんですよお嬢様」

 エプロンを軽く叩いてからこちらに振り向いて、私と正面で向き合って話す。こういう所でもしっかり礼儀作法が行き届いている。


「梨のようにある程度大きくなった成木ならそんなに被害は無いのですが、茎が弱い野菜等は年によっては全滅したりすることもありますし」

「ぜ、全滅!?」

 被害の規模に私は驚く。

「え、対策しててもそんなに被害が出るものなの?」

「そうですね。どんなに対策しても、自然の猛威に完全に打ち勝てるわけではないですから。一昨年のこと、覚えていますか?」


 はて、一昨年?


「何かあったかしら?」

「大型の台風が来て、うちの菜園でもビニールハウスが一つ飛んでしまって」

「ああ、そう言えばそんな事あったわね」

 一昨年は確かかなりの大型の台風がやってきて、ニュースでも散々とりあげられたりした。うちの菜園も被害をこうむってビニールハウスを一つだめにした他、野菜の出荷も出来なくなってしまったものがあったらしい。


 尤も、私は当時学校が休みになると喜んでいた記憶しかない訳で、今更ながら苦労していたであろう装果たちに申し訳なく思ってしまう。


「あの時は出荷出来なくなった野菜もたくさんありましたし、ビニールハウス以外の器具もいくつかダメになりました。近年稀にみる被害だったと思います」

 この子の礼儀正しさはよく知っているが、装果の歳で近年まれにみる、なんて言われると何か不思議な感じがする、なんて関係ないことを少し思う。


「そう。じゃあ、対策はしっかりやらないとね。風を通さないように石垣を作るとか?」

「マスター、野分を城攻めか何かと勘違いしていませんか?」

 唐突に私に意見してくる私の使い魔、ダキニ。何も言わずとも彼女は私についてくるので、最近はそれが当たり前すぎて空気みたいな扱いになってきてしまった気がする。


 良くも悪くもダキニに慣れてしまったなと思う。


「何よ、別に悪い方法じゃないでしょ? 石垣みたいな暴風堤で風を通さない壁を作ったり、木で小屋を作るみたいに野菜を囲ったりすれば台風なんて怖くないでしょ?」

「お、お嬢様……」

 装果も困ったような笑顔で私を見ている。何だろう、ダキニが私に意見する時は決まってダキニと装果が結託して私がのけ者みたいな雰囲気が出来上がっていく気がする。


「マスター、そんな事が出来るのなら苦労はしません。収穫する野菜を守るのに、一体いくら費用と人員をかけるおつもりなのですか?」

「え? 費用? 人員?」

 何故か意外なことを言われたような気になる。考えてみればすぐに思いつきそうなものだけれど。


「野菜の収穫の利益に見合うような暴風堤でなければ意味がありません。例えば寒気への対策にも使える、杉などの冬でも葉をつける木を利用するんですよ」

「よく知ってますねダキニさん。うちでは昔はスギ花粉が駄目な時期もあったので、サンゴ樹を使っていた頃もありました」

 杉? サンゴジュ?


「えっと、木で台風の対策をするの?」

「そうです。木が風を抑えてくれるので、それで風の被害を軽減しているんですよ」

 木で風を防ぐ、ね。成程、自然には自然の力を利用して対処するわけね。


 しかしそう考えると、うちの菜園の周りに生えている木って、このためにわざわざ植えられていたりするわけよね。改めて考えてみると凄い手間がかかっている。


「木で台風の対策をするのは分かったけれど、それってどのくらい効果があるの?」

「あるのとないのとでは雲泥の差だと思いますが、実際にはうちでも被害が出てしまっているので、当然完璧ではありません。梨の方は今日張った防鳥ネットの他に、防風ネットというのも張らなければなりませんし」

 ふむ、そう簡単にはいかないみたいね。


「じゃあやっぱり完全に風をシャットアウト出来る壁が必要になるんじゃない。もしそんな壁を安く用意できるなら、それで問題無いのよね?」

「え、お嬢様、それはいくらなんでも……あ、魔法で壁を作るんですか?」


 装果ははっとして私にそう言ってくるが、私はすぐには首を縦に振れなかった。


「今色々考えてみたんだけれど、パッと思いつくのが無いから何とも言えないわ。それにここの菜園全体をカバーするだけの壁ってなると、規模も相当大きいし」

 そうやって考えると、さっきの石垣を作るだの小屋を建てるだのは確かに現実的な案ではなかった。子供の浅知恵というやつだ。


 だが、子供の浅知恵であっても有効なのは確かなようだし、何より私には心強い神秘の力、魔法がある。


「ちょっと考えてみるわ。魔法で農業の手助けをするために私はここにいるんだしね」



――



「マスター、野分を侮ってはいけませんよ」

 ダキニは釘を刺すようにそう言った。

「昔は野分で死人が出ることなどよくあったのですから」

「今だって危険なのは同じよ。でも、どうにかしないといけないでしょ?」

 まずは宗谷さんに詳しい事情を聞いて、暴風堤を作る規模を正確に把握しないと。もしくは特に対策が必要な場所だけに設置するとか。


「確かに野分の被害は甚大で、対策が出来れば大きな利となるでしょう。マスターのされようとしていることは偉大な事です」

 ダキニは言葉を切って、私の前にずい、と進み出た。ダキニの身長も相まって、前に立ちふさがれるとちょっと圧迫感を覚える。


「ですがマスター、これだけは忘れないでください。例えどんな技を使ったとしても、どんな秘術をもって挑んでも、自然を完全に超越することなど出来はしないのです」

「何よ、ずいぶんと食って掛かるわね。もしかして誰かさんの経験談?」

 私は自分の過去を明かさない使い魔に冗談交じりで言った。きっと今回もはぐらかされるだろうと高をくくっていたのだが、意外にも真面目な顔をしたダキニはこう告げた。


「言ったでしょう。昔は野分で死人が出ることなどよくあったのです」

「……重いわね」

 ダキニの言葉の背景にあるものを察して、私は一瞬押し黙ってしまった。ダキニの叱るでもなく、脅すでもなく、ただ事実を淡々と告げるような口調も逆に怖い。


 この間の果実の瞬間育成実験とは違う。今回は気軽に挑んではいけないのだと理解出来た。目の前の彼女は、確かに威厳といえる何かを持って私に助言をくれたのだ。


「う、うん。分かった、肝に銘じておく」

「ええ、気を付けてくださいね。マスターはどうにも危なっかしい感じがしますから」

 ダキニは表情を崩しいつもの裏のある笑顔でそう言った。いつもならこれで反論できるんだけれど、ちょっと今の話の後だと気が引ける。


「わ、分かってるって、ちゃんとするから……あんたも私の事、その、いざという時は守ってよね?」

「え?」

 私は誤魔化すようにそう言うが、何故かダキニは一瞬虚を突かれたように声をあげ、立ち止まった。

 何事かと思って振り向くと、そこには満面の笑みと興奮を抑えきれないような顔を浮かべたダキニがいた。


「ま、マスター……はいっ! この命に代えてもお守りいたしますっ!」

 何故かダキニの心に火がついてしまったのだ。

「えっ!? いや、そんな張り切らなくても……」

「ああマスター。マスターの方から私を頼ってくれるなんてっ! ええ、どんな時でもお守りいたします。ずっと一緒です! 片時も離れずにお傍にお仕えいたします!」

 そう言って跪いて私の手を握る。その輝く瞳は、まるで恋する乙女そのもの。


 ああこれ、ちょっとまずいやつだ。


「いやいやいやっ! そう言ってあんた寝る時も一緒に、なんて思っているでしょうっ!?」

「当然です。私、マスターになら何をされても……」

「何もしないわよっ!!」

 興奮するダキニを必死に振り払って、私は宗谷さんの所に向かう。



――



「ああお嬢様、先ほどはどうもありがとうございました」

 庭仕事をしていた宗谷さんは私に気づくなり、作業を止めて頭を下げてくる。うちの人達は本当に礼儀正しいのばかりね。


「いいのよ。防鳥ネットの一張り二張りくらい。私の魔法にかかればちょちょいのちょいよ」

「流石お嬢様。本当にお嬢様の魔法は凄いのですね」

 自分では謙遜のつもりで言ったのだが、宗谷さんには自慢と取られてしまったようだ。私と同じ三白眼の目を綻ばせて笑いかけてくる。相変わらず人のいい笑みだ。


「宗谷さん、あまりマスターを褒めないでください。調子に乗ってしまうと面倒です」

「ねえ、もうちょっと言い方無いの?」

 ダキニにそう言うも彼女は何事もなかったかのようにすまし顔。ついさっきまで『お守りしますー!』だなんてはしゃいでおいてこの有様。時々こいつが本当に私を慕っているのか分からなくなるわ。


「それでお嬢様、どうされました? 今日は梨園のほうの作業は特に予定はありませんが」

「ああうん、ちょっと別の事で」


 私はかいつまんでここまで来た経緯を話す。


「成程、魔法で台風の対策を」

「そう。それで、だいたいどれくらいの規模で作ればいいのかなあってまずは聞こうと」

「……魔法で壁、と言いますと、ドーム状の透明な壁で覆うような形なのでしょうか?」

 宗谷さんは興奮気味にそう聞いてくる。ああ、これバリアーみたいなの想像してるな。


「いやあ、そういうのは出来ないんだけれど」

「でしたらやっぱり、地面からずずっと巨大な壁がせり出してくるような感じなのでしょうか?」

 うん、そういう描写する忍者アニメとかあるわよね。


「いや、宗谷さん。そんなに何でも出来るってわけじゃないから、魔法は」

「そ、そうですか、すみません」

 あからさまにしょんぼりする宗谷さん。こういう所は装果と似ている。宗谷さんも魔法に対しては夢見がちなタイプなのだ。


 装果は魔法をある程度どんなものか知っているが、宗谷さんは魔法に関する知識はほぼ皆無。絵本や漫画の世界の魔法と、現実の魔法との区別がついていない。


 まあ薫さんのド派手な魔法なんかを見ていたら、あながち現実の魔法も絵本や漫画と大差ないと思うかもしれないけれど。


「では、その魔法の壁というのは完全に空気もシャットアウトしてしまうようなものなのでしょうか? それとも単に板を立てる様に壁として使えるものなのでしょうか?」

「ん? どんな種類の壁になるのかってこと? うーん、まだ具体的にどうしようか決めてないから、何とも言えないわ」

 魔法で壁を作ると言っても選択肢は色々ある。実際は先ほど宗谷さんが言ったような地面を盛り上げてそのまま壁にする、という事も出来たりする。


 勿論、素材になる地面はその場で調達しなければならないから、うちの菜園でそれをしてしまったら植物の根っこがぐちゃぐちゃになってしまうのだけれど。


「あの、お嬢様。贅沢を言うようで申し訳ないのですけれど」

 宗谷さんは、そんな前置きをしてから、私に改めて向き直る。

「出来れば台風を完全に防ぎきるのではなく、多少風雨を菜園の中に吹き込んでしまうような壁、というのは作れないでしょうか?」

「……え?」

 意外な提案に、私は驚きの声をあげて宗谷さんの顔を見つめる。


「い、いや、それは別にいいけれど……何で? 完全に風雨を防いだ方がいいんじゃないの?」

「ああいえ、台風というのは確かに厄介な自然災害なのですけれど、それで恩恵を受ける部分もあるのです」

 台風で、恩恵?


「具体的に何とは言えないのですが、台風は自然のシステムとして昔から存在しています。生き物たちはそれを当たり前として暮らしてきました。だから、自然のサイクルの一部をむやみに切り取ろうとすれば、その当たり前を壊すことにもなるのです」

「当たり前を壊す、ねえ……そうすると、どうなるの?」

「お恥ずかしながら、私もあまり具体的には把握できていないのです。どうなるか分からないなら、なるべく避けたほうがいい、という事しか言えません」

 少し困ったように笑う宗谷さん。彼は優しい柔和な笑みを浮かべて、菜園の方を見た。私もつられるようにして、宗谷さんの目線の先を追う。


 うちの緑で豊かな菜園が目の前に広がっている。葉が夏の日差しを反射するようにキラキラと輝いていた。


「自然は人間の科学ではまだ解明しきれない多くの役割と仕組みを持っています。その恩恵を享受する術の一つが、農業です。私達はあくまで自然の中で生きている。だから、むやみやたらに自然の仕組みや掟を曲げるような事はしてはいけないのです」


 宗谷さんは、とても優しい目で菜園を眺めていた。ただ静かに慈しむように。

 自分が毎日毎日世話をし続けて見慣れているはずの菜園を、まるで旅先で見つけた美しい景色に思わず足を止めてしまったかのように。


 初恋をした男の子のような初々しい瞳で。


 成程、装果も惚れちゃうわけだ。


「でも、台風に備えて杉なんかを植えている、って装果から聞いたけれど? あれ、もともと生えていたものじゃないんでしょ?」

「はは、そう言われると耳が痛いですね。ちょっと都合のいい御託を並べすぎました」

 宗谷さんは照れたように苦笑いをするが、私にも言わんとしていることは伝わった。


 当たり前の日常。例えばダキニが来る前の日常。休みの日は装果が起こしに来てくれて、優雅なコーヒーから一日が始まった。

 今では結局ダキニが半ば押し切るような形で装果からその座を奪い、ペットボトルに入れた緑茶を持って起こしに来る。そして農業に駆り出される休日が始まる。


 当たり前の日常とは、失ってしまわなければ自分がどんな恩恵を受けていたのかも分からないものだ。


 失ってみて初めて分かるとはよく言うが、失ったものがどれほど貴重で、どれほど大切だったか、などと後から知ったところで、その当たり前は戻っては来ないのだ。


 尤も、私の場合は今も結構楽しくやれているのだけれど。


「うん、分かったわ宗谷さん。ちょっとそこらへん気を付けてみるから」

「我儘を言って申し訳ありません」

 何を言っているんだか。これまで宗谷さんや装果が世話をしてきた菜園でわがままをしているのはこっちよ。お父様の言いつけとはいえ、ね。


 ともかく、この菜園を台風から守るため、やれるだけのことはやってみよう。



――



「さて、どうしようかなー」

 私は具体的な策を考えるべく、うちの庭のベンチに座って思案にふける。

「材料は、まあ、まともに調達できるものから作るとすれば、土が手っ取り早いんだけれど」

 私は菜園の方を見てぼやく。当たり前だが、そんな壁を作れるほど土が余っているようには見えない。中庭から一時的に持ってくる、という手もあるような気がするが……。


「うーん。怒られるわよね、宗谷さんに」

「何がです?」

「中庭の土を持ってったりしたら」

 ただでさえ魔法少女試験の練習で芝を焼いていたり、穴をあけてしまっているというのに。これ以上したら本当に不毛の地になってしまう。


「土で壁を作る、というのは悪い発想ではないと思うのですが、土を固めて防壁を作る、となると多少専門の知識が必要になるのではないかと」

「あれ、土を積み重ねるだけじゃダメなの?」

「それでも防風の役割は果たすと思われますが、まずきちんと固めていなければ土が崩れてしまい、結局作物に被害が及びます。野分は風だけでなく雨も大量に降り注ぎますから。そして風を防ぐために理想とされる角度もきちんと計算しなければなりません」

 ああ、ちゃんと作ろうとするとそういう専門的な知識も必要なのか。


「土塁でしたら、固めるには土を積み重ねた後に芝や竹を植えるというのが有効らしいです。植物の根で土を崩れにくくするのだそうで。尤も、そんな時間はありませんが」

 ダキニの言う通りだ。芝や竹が根を張るのを悠長に待っているわけにはいかないだろう。


「何にせよ、この菜園全体を守れるほどの土塁ともなればかなりの大きさでしょう。魔法の力を借りたとて、一朝一夕で用意するのは現実的ではありません」

「やっぱり、土の壁作戦はなし、かあ」

 どこから土を持ってくるかのめども立たない上に、素人の知識で作れば土砂崩れなどの二次災害も引き起こしかねない。残念だが今回はこの案は無しだ。


「じゃあ、他の材料を使っても同じね。石でも木でも、それだけの量を確保するのは無理だもの。仮に用意するとなれば、費用もたっぷりかかるし」

 現実的な範囲で考えていくと、あれもだめこれもだめとなっていってしまう。まあ、そんなに簡単に対策出来るんだったら苦労もしないものね。


 私はため息を一つついて、温めていた案を口にする。


「なら、やっぱりここは『風向を逸らす魔法』を使うしかないかしら」

 そう、現実的な案が駄目だというのなら、ここはやっぱり、魔法らしい魔法の出番だ。

「風向を逸らす……風向きを変える、という事ですか? マスター」

 ダキニは私の顔を見ながら聞いてきた。あまり馴染みのない魔法を言われたかのように、確認するような口調で。


 こいつが知らないのも当然だ。これは比較的最近研究開発された魔法で、使い方を知っているのは一部の魔法使い達だけ。現状、魔法学校のような魔法専門の機関にのみ通達されているのだ。


「そうよ。完全に向きを変えるんじゃなくて、力を分散させて風の勢いを弱めたり、吹かないはずの方向へ風を吹かせたりするための魔法だけれども」

 これは東から吹く風を西に向けて流す、というような魔法ではない。風の力を暖簾をかき分けるように、割って分散させたり、ちょっと斜めに向けたりする、という程度の魔法だ。


 勿論固形物としての実態を持たない風を動かすのには相当な工夫と繊細な感覚を要した。研究は困難を極めたという。だがその甲斐あって、今までは不可能だった『風の動きを操る』という事も可能になったのだ。


「これを使えば、台風からの風をコントロールできると思うのよ。まあ完璧に風を防ぎきるわけじゃないけど、ちょっとは風を通したほうがいいって宗谷さんも言ってたし」

「マスター。その魔法、あらかじめ設置しておくのではなく、野分の風に身を晒しながら使う必要があるのではないですか?」

「うん、まあね」

「でしたら私は反対です。そんな危険な真似を、マスターにさせるわけにはいきません」


 ダキニはきっぱりと、厳しい表情を浮かべながら言った。怒っているようにも見える。


「何よ。私の事が信用出来ないの?」

「そういう事ではありません。先ほども申した通り、野分は危険で……」

「あーはいはい、分かってるわよ。何も油断したり甘く見ているわけじゃないわよ」

 ダキニの言っていることも尤もだと思うのだが、少々過保護にも聞こえる。私だって一人前の魔法使い。自分が無理だと思ったことはきっぱり諦める。


 でも、やれると思った事を諦めるのはただの臆病者だ。


「きっとやり遂げて見せるから。それにいざという時は、あんたが守ってくれるんでしょ?」

 私はそう言って悪だくみを思いついたみたいに笑って、ダキニを見つめる。今の仕草はちょっとこいつの底の見えない笑いに似ていたかもしれない。


「あんたがいれば、きっと大丈夫ね。頼りにしてるわよ、私の使い魔」

 不敵な笑みを浮かべる私。こんな風に言えば、こいつはきっと尻尾を振るように喜んで私に従うだろう、なんてちょっと打算的なことも考えながら。


 そんな私の予想に反して、何故かダキニは困惑した表情を浮かべながら私を見つめ返すのだった。

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