第3話 夢と果実と田の神と(後編)
魔法少女とは何か。
たまに勘違いしている人がいるが、魔法少女とは、魔法が使える『少女』の事ではない。
魔法少女とは、厳格な審査によって選ばれた人間に与えられる、国家資格なのである。
魔法少女とは別に、魔法使い、なる言葉が存在する。こちらは魔法が使える人間すべてを指す言葉だ。
魔法使いの人口は全人口の一万分の一前後と言われており、大変希少である。
私もこの魔法使いに入るし、装果もなんとかギリギリこの言葉の範囲に入る。
では、わざわざ希少な魔法使い達をさらに選別し、資格まで与える魔法少女とは何なのか。
一言でいえば、魔法少女とは、魔法使いの中のアイドルだ。
魔法少女とは皆の憧れの象徴となり、その身を危険にさらしても人々を救う事を生業とする、崇高な使命を持つ少女の事、とものの本ではうたっている。
だが実際の所、魔法少女といえば歌って踊れて、CMにもテレビにも出る魔法使い芸能人というのが世間一般の認識である。
魔法使いは古今東西問わず常に人々の憧れであり、そして同時に畏怖の象徴でもあった。希少な私達魔法使いは、時代、場所によっては崇拝の対象であり、同時に迫害の対象でもあったのだ。
魔法使いという存在が公になっている現代ではそのようなことは少なくなったが、常に少数派の魔法使いたちは、かつての悲劇が再び起こるのを恐れている。
そんな事情から、人々の『憧れ』の面を背負い矢面に立つ、魔法使いの広告塔になる存在が必要だったのだ。そうして生まれたのが魔法少女、というわけだ。
芸能活動を通じてのプロパガンダとはいえ、魔法使いの代表として矢面に立つ以上、人々の『畏怖』を受けることにもなる。そのため魔法少女には不測の事態に対応できる危機回避能力と、魔法使いの代表としての品格、能力、その他もろもろが求められた。
そんなわけで、魔法少女は厳しい審査基準を持つ国家資格になったというわけだ。
……正直、目指すものにとってはメイワクな話である。
試験は年に二回あるが、合格者は毎回一人二人。時には合格者無しという年もあるくらい厳しく難しい。ついでに一応少女と名がつくので年齢制限もある。
だというのに、ああ、私には準備のための時間も必要だというのに……。
――
「お、お嬢様が農業、ですか?」
私の可愛い装果は驚いた声を上げる。快晴の空の下、私の気分は勝手に沈んでいく。
「そうよ。お父様の言いつけでね」
私はため息をつき、これからの事を考えて憂鬱になると、またため息をつく。さっきからこれの繰り返しだ。庭のベンチに装果と腰掛けて、空を仰ぎ見る。
「ああ、なんでこうなるのかしら」
私は今、お母様の残した緑豊かな菜園を前に、悲嘆に暮れていた。
お父様の言いつけで、私は魔法少女の修行として農業の手伝いをすることになった。
農業、と言っても庭師の宗谷さんと、庭師見習いの装果を手伝うという形で協力するだけだ。何も今から農家になれ、と言われたわけではない。そう……。
私もつい十五分前までは、そう思っていたのだ。
――
「それでは、お嬢様にはこの区画の中からひとつ選んで、世話をしてもらうことになりますので」
緑のエプロンに身を包んだ庭師の宗谷さんは、穏やかな口調でにこやかにほほ笑みながらそう言った。
今年で三十代になるはずなのだが、元々が童顔のせいでとてもそうは見えない。くせっ毛の強い茶髪と私と同じ三白眼。人柄もよく物腰もやわらかなこの人は続けてとんでもないことを口にする。
「どこか一角を選んで下さい。そこをお嬢様の菜園として自由に使っていただいて構いませんので。私や装果は手出ししませんから。もちろん何か分からないことがありましたら聞いてください。基本的な道具は全て揃っていますので……」
「ちょ、ちょちょちょっと待ってよ! え、何、私一人で世話していくの!?」
聞いていた話と違う、と私は非難の声を上げる。てっきり私は彼らの手伝いをする程度だと思っていた。
宗谷さんは我が家専属の庭師。
庭師と言ったが、実際はこの菜園、つまり野菜や果実を中心として栽培している農場で何年も働いている、プロの農家さんだ。
勿論彼は庭園の草花の世話もしているので、ひっくるめて『うちの専属の庭師』なのだ。そんな彼に従っていれば何も難しいことは無いだろう、と高をくくっていた。
どうやら、ちょっと違うらしい。
「ええ、旦那様からも許可を頂いていますよ。魔法の実験で植物の育成の研究をしたいと仰ったそうですね」
「え? ええ、まあ……」
成程、そういう話になっているのか。娘の顔を立ててくれたのか、お父様はそんな風に彼に伝えたらしい。
「お嬢様がこの菜園に興味を持っていただける日が来るとは。これはお母様の残したこの菜園を知っていただくいい機会ですから。自由に使ってもらって構いませんよ」
「え、いや、その気遣いはありがたいんだけれどさ」
何というか、『自由にやってくれ』なんて言われても困るわけだ。植物の育て方のいろはも分からないというのに。
「その、もうちょっと色々教えてくれない? 出来ればその、手伝いとかさせてもらえると」
そう、私はここに手伝いをしに来たのだ。このスタンスは変えちゃいけない。
でないと、とんでもないことをさせられそうだ。
「いえ、私には魔法の事は分かりませんので。お嬢様の魔法の弟子の装果に尋ねながら作業するといいと思います」
宗谷さんはずれているのかとぼけているのか、見当違いな答えばかりよこす。ああ、もう、どうして分かってくれないのかしら。
「あ、それとこの時期でしたら、育て始めるのはきゅうりや玉ねぎがいいかもしれません。あとはエシャロットもありますかね」
「う、うーん……」
宗谷さんはにこやかな顔で説明してくれる。実はこんなに饒舌な宗谷さんも珍しいのだ。
普段は温厚で私を立てるような態度で、自分から意見を言うような感じの人ではない。黙って見守っていてくれる、そんな感じの温かい人なのだ。
だから今日みたいな宗谷さんは本当に珍しい。好きなことの話題になると止まらない人だと聞いたことはあったけれど、この人にとってはやはり、野菜や果物の話は特別なのだろう。
それに、彼はお父様がこの家に婿入りする前から庭師として働いている。子供の頃からこの家に仕えていたのだ。その彼がこれまでずっと大切に育ててきた、お母様の菜園。
娘である私がそれに興味を持ったと知った彼の心情は、今どのようなものだろうか。
「じっくり考えて、お嬢様の好きなものを育てられるといいと思います。好きなものを、愛情を込めて育てるのが、やはり一番の醍醐味でしょうから」
この爽やかで柔和な笑顔。ああ、聞くまでもないわよね。
「え、ええ。そうするわ……」
宗谷さんの期待を裏切れない私は、彼とは対照的に引きつりそうな笑みを浮かべるしかなかった。
――
「それで装果、何を育てたらいいと思う?」
私はその後、庭仕事をしていた装果を捕まえてこれまでのいきさつを話し、協力してもらうべく作戦会議を開いた。
青空の下、この上なくいい天気なのだが、私の前途には今暗雲が立ち込めている。それを払しょくするのに、彼女の協力は必要不可欠だ。
「ええっと、やっぱり宗谷さんの言う通り、お嬢様の好きなものを育てられたらいいのではないでしょうか?」
装果は庭に出ている時はメイド服ではなくエプロン姿の作業着だ。宗谷さんとお揃いの緑のエプロンで、こちらは所々に黄色いアクセントが入っていてちょっとお洒落。
そう、彼女は私の義妹であり専属メイドであり魔法の弟子であり、そして同時に宗谷さんから仕事を教わっている庭師見習いなのだ。
「好きな物って言っても、それで育てるのが大変だと後がきついじゃない」
私は現実的な意見を述べる。私が植物の栽培に関して素人なのは彼女も知っているはずだ。
「そうは言いますがお嬢様、どれもそれなりに大変ですよ? それだったら、楽な物より育って嬉しいものを選んだ方がいいと思います」
「うーん……それも一理あるか」
私は装果の意見に頷かされる。まあ確かに、どれを選んでも苦労することには変わりないのだろう。だったら自分の好きなのがいいかな。
「じゃあ、どうしようかなー。茄子もいいかもしれないし、ああ、うちトマトも育ててたよね」
私は自分の好きな食べ物を羅列するように述べていく。が、どれもピンとこない。
「いざ自分で育てるとなると、何かこう、育てたー、って実感の湧く物がいいわよね」
「実感、ですか?」
こうなってくると欲が出てくる。いざ育てるのだから、とびきりおいしいものを作りたい。いや、一人で食べるわけではなく、みんなに配って喜ばれるものがいいかも。
「そうすると、他の食べ物と一緒くたに調理される野菜はNGかしら? ああそうよ! 果物系なんていいんじゃない?」
茄子もトマトも大好きだが、茄子やトマトを単品で食べる機会というのもあまりない。大抵は料理の中、他の食材と混ざって出されるのだ。美味しいのはよくても、それではありがたみが少ない。
その点果物はどうだろう。デザートとしてぽんと出てくるし、味が調味料や調理法に左右されない。素材の味がダイレクトに評価される食べものだ。
私は一人でそこまで結論付けて、装果に告げる。
「そうよ、私、梨を育てるわ。私好きだし、うちで毎年とれる梨、美味しいものね」
私は意気揚々とそう言ったのだが、反対に装果は少し眉をひそめ、困ったような顔を浮かべた。
「えっと……そうですね、いいんじゃないですか?」
「装果、あんた今何かまずいって思わなかった?」
「いや……あの」
露骨に目線を逸らす装果に詰め寄るように顔を近づけると、この可愛い義妹はあっさりと降参した。
「実は、梨は難しいんですよ、育てるのが」
ああ、やっぱり。
懸念していたことが現実になってしまった。
「あっ、で、でもっ、ちゃんと気を配ればきちんと育ちますし! ええと、いいんじゃないでしょうか?」
「はあー、無理しなくていいわよ装果。そう、梨は難しいのね……」
うーん、どうしようか。
「具体的に、何が難しいの?」
「えっと、具体的にですか? そうですね、梨は……一番は、病気と害虫に弱いんです」
うわー、何か今嫌な単語が聞こえた気がする。
「病気は……うん、やっぱり薬とかで対処するの?」
「それも一つの方法です。予防のためにあらかじめ薬を撒いておくのですが、病気になってしまった場合はその個所を取り除いたり、最悪収穫をあきらめなければならなくなります」
「結構シビアね。だったら、薬を予め大量に撒いておけばいいのかしら?」
何というか、素人でもそれがあまり人体によくないことだとは理解している。農業で使う薬、と言えばそれはつまり農薬の事だ。使用を避けるのに越したことは無いのだろう。栽培した作物は、最終的には人間の口に入るのだから。
でも一度くらいは聞いておきたいわよね。実際どのくらいが良くないのか、とか。
「予防の薬を多く撒くと、今度は耐性菌が出てきてしまうので」
と思って質問したら、涼しい顔をした装果からは予想外な答えが返ってきた。というか耐性菌って何?
「う、うーん……なんか難しそうね。というか、素人がにわか知識で扱っちゃいけないわよね、薬とか」
そこは宗谷さんと装果に任せるわ、と私は白旗をあげた。
「はい。と言っても、うちではなるべく薬の使用を避ける方針なので、使う機会はないかもしれませんが」
そういえばお父様も言っていたが、うちの菜園では農薬をあまり使っていないらしい。確かにそれらしいものを撒いているのを見たことは無いが、では、今度は一体どうやって病気の対策をしているのかが気になる。
まあこれは後でいいだろう。問題はもう一つの方。
聞きたくないが、聞いておかなければならない。
「で、残る障害が……」
「害虫ですね」
ああ、嫌だ。
「具体的には、カミキリ類やシンクイムシ類ですかね」
「か、カミキリはまだ大丈夫。カブトムシみたいな見た目のやつよね?」
「か、カブト虫、とは違うと思いますが? ひげが長いやつですよお嬢様」
装果はそう説明してくれるが、私にとっては硬い殻に覆われているのはみんなカブトムシの仲間だ。そっちは大丈夫。
「で……えっと、シンクイムシ、って何?」
「ああ、米食い虫って言ったほうが分かりますか?」
「分からないわよ」
そんなさも知ってて当たり前みたいに言わないで。
「ええっと、果物や野菜や木の芯を食べてしまう虫です。だからシンクイムシという名前がついたみたいですね。ガの幼虫です」
「が、ガの幼虫、ってことは……」
私が言いづらそうにしていると、装果が気づいたのか付け足してくれる。
「見た目は、芋虫みたいな感じですね。釣りのエサでも使われるらしいですが」
「うあああー!」
私はその場で頭を抱えて唸る。
「駄目っ! 私そういうのダメだからっ! 無理っ!」
「い、いえ、お嬢様。流石にこれはどの植物を育てていても行き当たる問題ですから」
「ダメダメっ! 無理っ! あの気持ち悪い体を想像しただけでさぶいぼが出るからっ!」
私は自分で言ってから頭の中でその姿を思い浮かべてしまい、思わず身もだえする。想像しただけでも怖気が走る。
「大丈夫ですよ。そのうち慣れますから」
それに引き換え、装果のこの落ち着きっぷり。駄々をこねる子供状態の私をあやすようにそう語りかけてくる。今日ほど自分の義妹を頼もしいと思ったこともない。
「あー、装果ぁー」
私は思わず装果に抱き付いた。エプロン越しに感じる義妹の柔らかく温かい体。ああ、癒される。
「お、お嬢様。これじゃ立場が逆ですよ」
照れながらもそんな事を言う装果。可愛いやつめ。
「お姉ちゃんだってー、装果に甘えたい時くらいあるんだぞー」
「お、お嬢様ー」
頭の上から困ったような声が聞こえてくる。うん、このまま現実から目を背けて装果といちゃつくのも悪くないかもしれない。
「もー、これからどうするか作戦会議するんじゃなかったんですか?」
装果が現実に引き戻してくれなかったら、しばらく続けていただろう。
「ああ、うん。大体わかったわ。何が大変か、それと、私が何をしなくちゃいけないか」
私は気持ちを切り替えて、ベンチから立ち上がり、装果に告げる。
「行きましょう装果。私は、魔法使いとしてこの菜園に来たんだって忘れるところだったわ」
――
菜園の一角。梨を育てている区画の前にやってきた。
「うちの梨園って、結構大きいのね」
下手したら学校の体育館くらいすっぽり収まっちゃうんじゃないかしらコレ。
「そうでもないですよ。専門の農家さんのはこれよりずっと広いですから」
装果はそう言うが、素人からすればこれでも相当広いと思える。木一本でどれだけ梨が収穫できるか分からないが、この広さでこれだけ生えているといくつ採れるのだろう。
青々と茂る梨の木々。実のつく部分には紙の袋がついていた。あれは何だろう?
「そ、それでお嬢様。どうするんですか?」
装果は興奮を抑えるようにそう聞いてくる。さっきの私の言葉で、何か期待している様だった。
私が魔法を使う時、いつも装果はこんな風に期待に目を輝かせる。いや、装果だけではない。
魔法とは、人々の憧れの象徴。
神秘の体現。
畏怖と不思議の結晶なのだ。
「そう、私は魔法使いとしてここに来た。だから、私は魔法使いのやり方でやらせてもらうわ!」
私はワンピースのポケットから杖を取り出す。指揮者が振るタクトよりも少し小さいくらいの棒状ソレを空に掲げる。銀色に輝く私の杖は、陽の光を浴びてきらりと光る。
「私は学んだわ。宗谷さんの話から。そして装果、あなたの話からも」
集中し、魔力を杖の先に込める。体の中が充実していく感覚。僅かな火照りと、湧き上がる高揚感。杖の先に、自然の明かりではない光が満ちる。
さあ、魔法を使う準備は整った。
「その中で、確かに分かったことが一つだけあるわ。私が農業と向き合う上で、避けては通れないこと、それは……」
「そ、それは……?」
装果の言葉を受けて、私はゆっくりとタメを作り、そして言った。
「それは……めんどくさいという事!」
「……え、ええ!?」
「だから私は、使い魔を召喚してめんどくさい作業を全部やってもらうことにするっ!」
「え、ええええええええええっ!?」
装果の驚いたような、呆れたような微妙なあんばいの叫びに振り返る。
「何よ装果。そんなに叫んで」
「えっ、だ、だって面倒くさいってお嬢様! その言いぐさはあんまりじゃないですかっ!」
「いや、だってめんどくさいものはめんどくさいわよ。私、別に植物の世話が好きとかいうわけじゃないし」
確かに私は茄子もトマトも梨も好きだが、その世話をしてまで食べたいか、と言われるとそんなことは無い。あくまで、お父様に言いつけられたから世話をするのだ。
正確には、これから召喚する私の使い魔にさせる予定なのだけれど。
「そんな実も蓋もない! それに私、お嬢様が農業のために魔法を使うっていうから、一体どんな凄い魔法を使うのかと楽しみにしていたんですよ!」
今度は明確に非難と分かる口調。何故か装果を怒らせてしまったようだ。
「あのねえ装果、いつも言ってるでしょう? 魔法は万能じゃないんだって」
私は魔力を留めたまま、装果と向き合う。
「魔法は、決して自然の枠組みから外れた術じゃないわ。コップの水を別のコップに灌ぐように、一方に結果をもたらせば、必ずもう一方にも影響が出る。有限の自然を右に左に動かすだけなのよ。その不思議は何もない所から無限に湧いて出るわけじゃない。そう教えたでしょ?」
「そ、そうですけれど……」
なおも何か言いたそうにする装果。まあ、気持ちは分からなくもない。
「確かに農業で魔法を使う、っていうのは私も経験がないし、今までも調べられてきたか分からないから、ひょっとしたら農業に使える凄い魔法はあるかもね。一瞬で植物を育てたり、実を美味しくさせたりとか」
そう、魔法は万能ではない。
けれど、決して非力な術ではない。
「魔法の可能性を探せば、パーッと派手な感じで農業に役立つ魔法も、出てくるかもね」
「……お嬢様は、そういうのは研究されたりしないんですか?」
装果はなおも食い下がる。少しむすっとして、まるで買ってほしいおもちゃを買ってもらえなかった子供のようだ。
物わかりのいい彼女は普段はこんな態度は取らない。姉という立場からひいき目に見たとしても、彼女は大人びている。そんな装果を年相応の子供にしてしまうのも、魔法の凄い所だ。
装果にとって、魔法とはやはり『憧れ』なのだから。
「そうねー……こんな機会だから、調べてみるのも面白そうね」
私がそう言うと、少し装果の顔が明るくなる。やっぱり姉として、そして彼女のご主人様として、魔法の師匠として、たまにはいいかっこしていかなきゃね。
「けど、今は農業のやり方自体よく分からないんだから、とりあえずは使い魔を呼んで手伝ってもらうことにするわ」
「あの、お嬢様。お嬢様がそもそもこの菜園の仕事を手伝いに来たんじゃなかったんですか?」
カッコつけたつもりが少し呆れられている。威厳を保つっていうのも難しいわね。
「細かいことは言わないで。さあ、やるわよ!」
私は更に杖に魔力を込める。さっきまで込めていた魔力でも十分に召喚の魔法は使えるが、ちょっとここらで装果にいいところを見せておきたい。
頭の中でイメージを膨らませていく。
呼び出すのは……ヒト型がいいな。動物の類は私の命令を忠実に実行できない恐れがある。出来るだけ頭が良くて、きちんと命令をこなせるだけの知能が欲しい。合わせて何か特技でも持っていればいう事無しだ。今回は私の代わりに農業の雑用をさせるだけ。他の用途は考えなくていい。
先ほどは『魔法は自然の枠組みから外れた術ではない』などと言ったが、この召喚魔法だけは未だに自然と科学の観点からは説明のつかない術だ。
多くの魔法が仕組みを解明され、科学でもって再現、そして凌駕された。火の玉を出す魔法は空気中の酸素を利用していることが分かり、科学で魔法使いが出せる火の玉以上の火力を生み出せるようになった。
そんな時代であっても、召喚魔法は別格だ。
術者が魔力をイメージに込め、それに応じた使い魔が現れる。どこから現れるのか、どういう仕組みで出てくるのかも未だ分かっていない、神秘中の神秘だ。一説では死者の魂を介して呼び出している、などという学説もあるが、信憑性が高いかは甚だ疑問だ。
尤も、魔法使いの間では古くから当たり前のように存在している術だから、今更これを不思議だという魔法使いはいない。この世界に元々存在しなかったといわれる生物が出てきても、それが普通だと思ってきたのだ。
「ど、ドラゴンとか出てきたらどうしましょう?」
「出ないわよ。あくまで農業の手伝いなんだから、ヒト型を召喚するわ。そうね、ゴブリンとかどうかしら?」
「ゴブリンですか? 確かに作業にはうってつけかもしれないですが……もっと可愛いのがいいんじゃないでしょうか?」
装果の好みが混じっている気もするが、私もそれには賛成だ。じゃあ、可愛らしくて、力仕事に向いていて、出来るだけ私のいう事に忠実で……ああ、あとあんまり幼い姿だと仕事をさせるのに罪悪感があるから、私より大きいといいな。
そうしてイメージを固めて、最後にまた魔力を込める。今度はありったけの、自分に出せる最大の量を。
杖がその輝きを増す。さあ、いよいよだ。
「出なさいっ! 私の使い魔っ!!」
杖を振りおろし、杖に貯めた光を地面に放つ。光は輪になり、蒸気のように煙を上げ、やがてそれが晴れた時、中から私が召喚した使い魔が、私の目の前に現れる。
私は息をのんだ。
あの出会いは、今でも忘れることは無い。
煙が晴れ、ソレが私の視界に、いや、『彼女』が私の視界に入る。背が高い。私より頭一つ分大きいかなと思う。
煙と同じく真っ白な髪。ふさふさとしていて、まるで動物の毛皮のようだ。それを後ろで一本に結んで、前に長く垂らしている。服は……何だろう、全体的には神社の巫女さんが着る袴みたいなデザインだが、袖が短く手首に布が巻まかれていたり、胸元も空いて豊かな胸を惜しげもなく披露していたりする。
色は上は白で下は薄い茶色。輪っかのような飾りが首に一つ、腰にいくつも見られる。
そして腰の輪っかに括り付けられていたのは、大きさは小さいが、見間違いではないだろう。
ドクロだ。
私は、自分より背丈のある彼女の顔を見上げる。切れ長の鋭い目つき。口元は笑っている。整った顔で美しい、と同時に少し怖いと思わせる迫力のある笑み。
その二つの瞳が、私を捉えた。
背筋が冷える。
私は、ヒト型さえ呼べればよかった。見てくれは可愛ければいいなとは思ったが、農業をこなしてくれればそれで文句は無かった。
ヒト型どころか、完全な『人』を呼び出す気などなかった。ましてや、そう……。
「私の名は、ダキニ……」
神様を呼び出すつもりなど、微塵もなかったのだ。
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