第22話 護衛任務・前編

 すこしずつ寒くなり、そろそろ冬服を引っ張り出さないとな。という季節になってきたある日。俺は、王宮の辺鄙な場所に来ていた。

「零。呼んだか?」

「あー。呼んだ呼んだ」

 問いかけに、零は気だるげにこちらへと振り返って気の抜けた声をあげた。

 そして、「ほれ」とかたわらにあった紙飛行機を放り投げる。見事なスナップが効いたそれは、俺の胸元にまっすぐ飛んできた。

「読めよ」

 その言葉に、その紙飛行機を伸ばすと。そこには『辞令』と書いてあった。

「お前……これ、重要書類だろ」

「読んだら捨てるくらいのもんだろ? ヘーキヘーキ」

「そういう問題じゃなくてな」

「ああ。問題は中身だ。簡単に言えば、『そこそこ稀少なもんが見つかったから取りに行け。大地たちを護衛にしろ』ってことだ」

「稀少なもの?」

「稀少で、貴重だ。考古学的にはな。別に金ぴかのパジャマとかじゃないぞ」

 金のパジャマとか悪趣味すぎるだろ。

「でも、うちの隊のメンツが護衛なんて合わなそうなんだが」

「ん? あー。知らなかったか? ちょっと昔に、運んでた学者が殺されて。それから護衛付きで運ぶようになったんだよ。特に今回のはそこそこ稀少だしな。で、今若干暇気味のキミらに護衛が回ってきた。ってことだ」

「暇とかじゃない。備えてるんだ」

「目を逸らしながら言われてもな。ま、護衛は半数でいいらしいし、そんくらいなら割いてもいいだろ?」

「辞令出されてから歯向かえる訳ないだろうに……」

 肩を落とし、嘆息する。その様子を見て、零が笑った。


 で。

「それで、私たち。と」

 出発の日、護衛として出発するのは俺と千夜一夜、神無。あと男子隊員が5名佐藤、高橋、渡辺、吉田、井上の8名。他を留守番とした。

 移動には馬車を使う。うちの隊は騎乗戦闘はそこまで重視していないから、馬で囲むのは最低限の偵察のみにした。

「それで? 私と一緒に乗るのは誰だ?」

「お前さんが言うとなんでも卑猥に聞こえるんだけど」

「卑猥な意味で言ってるからな」

「昼間からするのか」

「密室で暇ならするだろ」

 千夜一夜と零が言い合いを始めた。……護衛とかの任務には千夜一夜のほうが向いてるかと思ったが、護衛対象との相性は良くなかったか。

「じゃ、大地乗ろうか。大地の味は私も知らねーからな」

「ちょ、はぁあ!? 何言ってんの!? 待ってよ!」

 唐突な提案に、俺の前に千夜一夜が反応した。

「ん? なんだ。キミも混ざるのか?」

「まざ、ちょ、ま」

「心配すんなって。童貞は譲ってやるよ」

「ま、ど、ふしゅぅぅぅ」

 千夜一夜の顔面が、みるみる真っ赤になって。許容限界キャパを超えたのか、そのまま目を回して倒れこんだ。

「よし。うるさいのは消えたし行くか」

「お前な……」

「そりゃこっちのセリフなんだけどな。にぶちん」

「にぶちんだね」

 なぜか神無にも言われた。何が鈍いんだ?

「学生時代からこんななんだ。苦労するだろ?」

「だね。下半身ついてんのか、って感じだね」

「お、言うじゃないか」


 結局。(別の意味で)襲われると戦力的に不安だから、と。零のところには俺と女性2人が入ることになった。

「そういえば。取りに行く稀少なものってなんなんだい? 恐竜の化石とか?」

「いや。ただの土器だよ。まだあんまり完全なものが見つかってない時代のものってだけでな。そもそも、化石は古生物学だし」

「ん? 考古学と古生物学ってなにが違うんだい?」

「あー。まあ、いい。1から教えてやるよ。

 古生物学は、昔の生き物とか進化とかを研究する学問なんだよ。だから、恐竜とか化石とかはこっち。

 それで。考古学は歴史学の一部で、人類の歴史を研究するんだ。だから、こっちは土器とか建築物とか、人類の痕跡—遺物を研究材料にしてる」

「ふむ。なんか考古学=昔のこと、とか漠然と思ってたけど、意外と分けられてるんだね」

「ま、そうだろうな。今でも『恐竜について知りたくて』って考古学の門を叩こうとするやつを追い返すのは恒例行事だし」

「あとは……インディー・ジョーンズ的なイメージくらいしかないけど。あれはどうなんだい?」

「ジョーンズか。まあ、秘境に遺跡が……ってのはロマンだけど、あんな自由に動けたりはしねーな。特に考古学者は秘境より先にその辺の遺跡どうにかしろってやつだし」

「その辺の遺跡?」

「ほら、土地に上物建てる前になんか埋まってないか調査するアレ。アレしないと建物立てらんねー上に、恐竜なんて古いのよりせいぜい1万年前の人類のほうが出るからって、だいたいは考古学者が呼ばれるしな。今回のもそんな調査で出てきたもんだ」

「うーん。考古学者って言っても、地味なんだねぇ」

「ま、元来学者なんて地味なもんだしな。権威とか欲しいなら他行ってるさ」

 そう言って、零は低く笑った。


 その日の夜に、零の嬌声が聞こえてきたことと。次の日から部下全員のコンディションがちょっと悪かったのは結びつけたく無い。

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