第20話 それでも、なお
夜。俺は、騎士舎から離れ街外れの建物へとやってきていた。その建物には24時間体制で見張りをつけられ、窓には鉄格子が嵌められている。
そう。ここは、死刑囚用の牢だ。そして、ここに収容されている人物にあいつが居る。
「官九郎……」
どうしてこうなってしまったのか。
いや、理屈ではわかっているんだ。あいつも、あいつの理想を追い求めたんだと。だが、それでも。割り切れない。
結局、様々な思いを引きずったまま。今日を迎えてしまった。明日には、もう。官九郎はいない。明日の明け方、官九郎は。
「つっ……」
向き合う、勇気が出ない。あまりにも突然の別れに。自分の手で捕まえることになってしまった親友に。その、心に。
足が前へ出ない。もう会うチャンスはないのに、まだ心が決まらない。下を向き、足に力を込めても
そのとき。脳天に衝撃が走った。
「なにこんなとこで木偶の坊してんだお前」
「零……」
「まったく。覚悟決めんのにどんだけ時間かけてんだよ」
そうだ。官九郎がこうなるのは、あの日からわかっていたこと。だが。俺は、その事実から目を背け続けてきた。逸らし続けてきた。勇気が、無いから。
「いいか、大地。世の中は、どうしようと回り続けるんだよ。お子ちゃまが喚こうと。認めまいと。目を瞑ろうと。……死んでも、回り続けるんだよ。どうしようもなく」
そして。零は、俺の腕を引っこ抜くように持ち。建物に向けて引っ張る。
「だから、私達はその回る世界の中で自分らしく行動をするしか無いんだ。どうせ後悔するんなら、死んだ後にするくらいまで先延ばしにするためにな」
自分らしく。後悔しないように。
「……わかった。やっと覚悟が決まったよ」
「そうか」
零が、立ち止まって腕を離す。だが、もう引っ張られなくとも自分の足で向かうことができた。
「で、2人揃ってやってきたのか」
面会室で。官九郎は、俺たちを迎えて苦笑した。
「こいつ、ここに着くまでに何度も何度も立ち止まってはため息ついて。まるで夏休み明けの学生みたいだった」
「そういや、今くらいの季節だっけ? 水泳の授業があるたびにそんな感じになってたよな」
「『大地だから水には浮かないんだ』とか言いながら、ジメジメしたプールサイドでジメジメした雰囲気出してな」
「水泳以外だと大体なんでもできるのにな」
「な」
2人に、俺のカナヅチをいじられ。慌てて反論する。
「しょうがねーだろ! 水に入ると呼吸ができないんだよ!」
「さすが、息継ぎミスで水を飲みまくった人。説得力が違う」
零が笑いながらさらにいじってくる。
そして、俺をいじって2人が笑う。そんないつも通りの光景が繰り広げられ。いつしか、俺のほおを涙がつたっていた。
「……まったく、しょうがないな」
官九郎が困ったように笑った。
「なあ、大地。あの子たちは、元気か?」
「ああ。うちの隊員たちと、楽しそうに過ごしてるよ」
「ならいいんだ」
そして。官九郎は一度目を閉じ。
「……俺は、間違ったことをしたとは思っていない。だが、あの子達への罪悪感はあるし。罪になることをしたというのもわかってる。だから、俺が今思うのは1つだけだ
ーーあの子たちを託せたのがお前たちで、本当に良かった」
満ち足りたように笑った。そして、立ち上がり、去ろうとする。
「官九郎! 俺は、お前と出会えて良かったよ。お前は、俺の親友だ!」
「ま、私も楽しかったよ。また会ったら馬鹿やろうぜ」
俺たちも、お前に託してもらって。……信頼してもらって。よかったよ。
「大地。零」
官九郎は、虚をつかれたような顔をして。
「……じゃあ。またな」
再会の約束をして、去っていった。
喪失感はある。だけど、それでも。俺たちは進まなきゃいけない。官九郎に託されたのだから。あの子たちを。……未来を。
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