第13話 わからないからこそ
お昼を食べた後は、零さんに渡された本を読んだりして、あっという間に夜になっちゃった。お昼が遅かったから、晩御飯はいらないって言ったんだけど。釘打が「ちゃんと食べなきゃダメ!」って、食堂からサンドイッチをもらってきてくれた。……今の時間は騒がしいらしいから、正直助かる。やっぱり、うるさいのは慣れない。
そして、お風呂に入って。パジャマにとゆったりしたワンピースまで貰った。その服を着て、ベッドに横になる。ーー今日目を覚ました部屋、ずっと使っていい。どうせ空き部屋だらけーーと、言われた。
「ねえ、薑」
「なんですか?」
「……これで、よかったのかな?」
質問の意図を掴めないのか、薑が首をかしげる。
「……なんでもない」
つい質問をしてしまったけど。これは、薑に言うべきことじゃない。……むしろ、言っちゃいけない。
「おやすみ、薑」
「おやすみです」
今日は、色々なことがあった。もう、寝よう。
これは夢なのか、現実なのか。いや、ただの夢だったら、どれほど良かったか。
これは、昔の光景。『引き取り手が見つかったから、施設の子が去ることになった』お兄さんは、そう言ってお別れ会を開いた。その子は、泣いていたけど。わたしは、よかったねと。無邪気に喜んでいた。
場面が移り変わっても、同じ。違うのは、いなくなる子供。お別れをして、いなくなる。そして、わたしたち。最初は笑おうとしたけど、やっぱり寂しくて泣いちゃった。
そして。唐突に真っ暗になる。思わず見渡しても、やっぱり真っ暗なまま。その暗さに耐えられず下を向くと、やけにはっきりと見える物がある。やけに白い、人骨がそこにあった。思わず後ずさると、そこにも骨があって。つまずいて地面に横たわると、また別の骨と目が合う。その空っぽの目に背筋が凍る。腰が抜けて、立てないまま周囲を見回すと。わたしの周りを囲むように、骨が周りを取り囲んでいた。
何も言わず、動きもせず。ただただ、わたしを見つめている。
わたしは、直感的に気づいた。この骨たちは、わたしの前に実験され、命を落とした子供達なのだと。
「いやぁぁぁああああああ!」
それを理解し、わたしは叫んだ。
目を開くと、朝見たのと変わらない天井があった。はぁはぁと乱れる息を、どくどくと脈打つ心音を、整えながら部屋を確認する。薑の寝息が聞こえるだけで、何の変哲もない普通の部屋。
それに安心するとともに、先ほどの夢のことを考える。
わたしたちの前の犠牲者たちがわたしを取り囲む夢。官九郎さんも、わたしたちが初めての成功だと言っていたし。保護された子が他にいない以上、そういうことなんだろう。
他の子たちは、もう死んでしまった。なのに、わたしは生きている。優しい人や薑という親友とともに、幸せを感じている。
……それで、本当に良かったの? わたしは生き残って良かったの?
その疑問に答えは出ないまま。ふらふらと、わたしは部屋を出た。
気がつけば。わたしは建物から出て、広場に来ていた。芝生に寝転がると、
「わたしは、どうすればいいのかな」
ここのみんなは素敵な人たちだと思う。そんな人たちに囲まれて、幸せ。
だけど。幸せになればなるほど、もう1つの感情が膨れ上がる。生き残ってしまった、罪悪感。他の子達が感じることのできなかった幸せを味わってしまうことに、罪深さを感じているんだ。
さっきの夢でも、誰も、ただそこに居るだけでどうしろとも言わなかった。たとえ夢でも、責めてくれたり、慰めてくれたり、何かしらしてくれたら良かったのに。
そこまで考えて、自嘲する。自分の心を軽くするために、さらに苦しんだ子達を利用しようとしていることに。……それがわかっていて、あの夢は何も言わなかったのかもしれない。
「……本当。どうすればいいのかな」
「笑ったら?」
妙なアドバイスに振り向くと。そこには、神無が立っていた。考え事に夢中で気付かなかったらしい。
「で? 何に悩んでるのさ」
神無に問われて、口を開きーー止めた。これは、きっとわたしが背負うべき問題。
「神無にはカンケーない!」
代わりに、突き放すような言葉を投げる。これ以上、わたしなんかに関わって欲しくないから。
「関係ない、ね。そうだね。私と君は会ってまだ1日だ」
でも。自分から突き放したのに、いざ関係ないと言われると傷ついてしまう。ああ、わたしはどこまで身勝手なのだろう。
「でもさ。だからこそ、もっと君の話が聞きたいんだよ」
いきなり抱きしめられ、耳元で囁かれる。
「どんな一面だって、見せて欲しいんだ」
わたしの頑なな心をほぐすように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「だから、聞かせて?」
その言葉に、わたしは陥落した。
「そっか」
わたしの醜い身勝手さを聞いて。幸せになることへの罪深さを聞いて。神無が口に出したのは、それだけだった。
「……そっか、だけ?」
「うん。それだけ」
あまりにもそっけない言葉に、続きを求めてしまう。
「他には、ないの? アドバイスとか、そういうの」
言ってしまった勢いで、答えを求める。神無は、ふむ。とつぶやいた後、少し思案して。
「残念だけど、何も言えないよ。だって、その子たちが何を考えるかなんて誰にもわからないんだから。私にも、君にもね」
それだけを言って、また黙ってしまう。
でも。それだからこそ。
「わかんないよ。わかんないから、どうすればいいのかもわかんないんだよ!」
幸せになるのが罪なら、そう罵って欲しい。幸せになって欲しいなら、そう囁いて欲しい。だけど。あの骨は、何も言わずにただわたしを見つめてるだけ。
「死んだ子の考えなんて、誰もわからない。だけど、わかることもあるさ」
「わかる、こと?」
「私たちは、君に幸せになって欲しい。そう思ってる」
生きてる人の考えは、聞けばいいんだ。そう言って、わたしの背を優しく撫でる。
「それに、わからないなら推測すればいいんだよ」
「推測って、どうやって」
推測すらできないから、苦しんでるのに。
「逆転するんだよ。もし君が実験で死んでいて、薑ちゃんや残っていた子たち、見知らぬ新しい子供が君のことを引きずって悩んでいた時。
ーー君は、どうして欲しい?」
そんな状況で、わたしは。
「幸せになって欲しい。わたしのことは気にせず、いっぱい笑って欲しい」
「そう。なら、きっとその子たちもそう思ってるよ」
「そうなのかなぁ」
「きっとそうさ」
それだけを言って、ぎゅっと抱きしめてくれる。
ホントを言うと、やっぱり幸せになるのはまだ気後れする。だけど。
「ねー」
「なんだい?」
「きみのアドバイス、全然良くなかったよ」
「ひどい!」
「
だけど、今日あったみんなが幸せになって欲しいと思っているのなら。ちょっとだけ、心が軽くなる。そんな気がした。
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