第6話 彼女たちの幸せ

 蔓茱萸と木蓮を任せ、俺は1人王城へと向かっていた。

 歩く途中、官九郎の纏めた資料を再度確認する。

蔓茱萸つるぐみ 合歓ねむ 推定10才

 キメラ素材:コボルト

 結果:良好。特に聴覚・視覚の増大。

 戦闘能力:期待大

 備考:スラム街出身のため、常識に欠けるところがあり。要教育』

木蓮きはちす はじかみ 10才

 キメラ素材:ヒドラ

 結果:良好。特に毒生成・ビット器官の特徴が発現。

 戦闘能力:ヒドラの特徴である不死性が発現したため、理論上永遠に戦闘することが可能。

 備考:不死性による成長阻害がないか要経過観察』

 次に、二重たちがまとめた資料を読む。……が、ほとんどが漏れていた考えそのままだったので、そのままサッと目を通すに留める。

「よし」

 そして足を止めた場所は、近衛兵隊長の間。そこにいる、騎士俺たちのトップに話をしに来た。

 ノックをして「特3隊長、糸井川です」と声をかける。そして返事が返ってきたところで、ドアを開ける。

「そろそろ来る頃だと思ってたよ。大地・・

「相変わらずだな。親父・・

 部屋の奥で椅子に腰掛けている壮年の男。この男が、騎士のトップにして俺の親父、糸井川いといかわ白刃しらは

「粗方は報告書で把握している。それで? ここに来た要件はなんだい?」

 口調は普段と同じ。だが、それでも仕事モードの鋭い目がこちらに突き刺さってくる。

「あの子たちの。蔓茱萸と木蓮の保護方針について話に来た」

「あの少女たちの扱いなら、もうすぐ王を含めた会議で決められる。お前が関わるべきことじゃない」

「だが!」

「だが、じゃない。お前の領分はもう終わったんだ。……お前はよくやったさ。あそこから彼女たちを救い出したんだから」

 あそこ・・・から救っただけじゃ意味がないんだ。

 俺が今あの子たちから手を放してしまったら。あの子たちを放ってしまったら。蔓茱萸は、今度こそ騎士を。人を。信用できなくなる。それに何より。

「約束したんだ」

「何?」

「あの子たちの居場所になると。あの子たちを頼むと!」

 2つの約束が、俺を支えてくれる。そのまま引いて、楽になろうとする心を奮い立たせてくれる!

「……それはつまり、あの子たちを特3隊で預かる、ということか?」

「ああ。そのつもりだ」

 その瞬間。親父から押しつぶされるような重圧がのしかかる。

「大地。あの子たちは兵器にされるところだったんだ。ならば、これ以上戦いを感じさせる場所に置くわけにはいかないだろ?」

「違う! 確かに、あの子たちはそうされそうになり、キメラとなってしまった。だからこそ、戦い方を教えるべきなんだ! 守るための力を!」

「だが、あの年頃の子供を騎士隊の敷地内に押さえつけるのは良いことなのか? 預かるのではなく、何処かから通ってもらうのではいけないのか?」

「駄目だ。通っている間の危険が大きすぎる。それに2人とも音に敏感で、喧騒には弱いらしい。それに、あの容姿は目立つ。預かり先で異質なものを見る視線に晒される可能性が高い」

「だが、閉じ込められてあの子たちは幸福なのか? 当たり前のような日常を送らせてやりたくはないのか?」

「……あの子たちは、もう『普通』じゃない。だからこそ、あの子たちなりに幸福になって欲しいんだ!」

 質問に答える度に、重圧が強くなっていく。それに当てられ、冷や汗が噴き出してくるのを感じる。全身冷や汗塗れになりながら、親父の顔を見つめ続ける。

 そして。その空間は唐突に終わった。

「話は聞かせてもらった! 人類は繁栄する!」

「ヒュアー!?」

「よう大地くん! 元気してたか?」

「萊煌王」

 萊煌らいこう宝水ほうすい。この国の王の登場に、片膝を着く。

「おいおい大地くん。どうせ3人だけなんだし堅苦しいのは無しにしよう? な?」

「宝水。うちの息子は真面目なんで、からかうのはその辺で」

「白刃はわかっちゃないな。真面目こそからかうのが面白いんじゃないか」

 親父と王が軽口を叩きあっている姿を、俺は呆然と見ているしかなく。

「大地くん」

「はい!」

「じゃ、蔓茱萸合歓と木蓮薑はよろしくね」

「はい! ……え?」

 あっけなく任されたことにも、また呆然とした。

「え? と言われてもね。さっきの説得とか、蔓茱萸嬢とのハートフルな約束シーンとかも全部見てたし。あれなら任せてもいいかなって思ってさ」

「見てた、ですか?」

「さすがに生じゃなく映像だけどね」

 笑いながら肩をすくめる。

 なんか、こう……気恥ずかしい。あの約束のシーンを第三者に見られたと思うとすごく恥ずかしい!

「そうだ。養育に関してはちゃんと予算をつけておくから。別勘定で」

「は、はい」

「それと、洋服代もすでに引いといたからね」

「洋服、ですか?」

「洋服。なんか注文したらしいよ。もう届いてる頃だし、報告ついでに見てあげれば?」

「はい。じゃあ失礼します……?」

 トントン拍子に話が進み、いまいち混乱したまま部屋を出る。

 そして、5分ほど歩いたところでようやく、達成感がやってきた。


 これは、俺がいなくなった後。俺の知らない会話。

「しかし白刃。どうしてあんなに質問攻めにしたんだ? そもそも会議も何も少女たちは特3で預かるのは決まってたじゃないか」

「……覚悟を試しただけだ。あの程度で諦めるなら大地になんて任せられないだろう」

「そうか。じゃあ息子の成長が見れて嬉しかったか?」

「……さあな」

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