第4話b ほんの少しの信頼
「あ。そろそろかな」
唐突に、神無がつぶやいた。その次の瞬間、扉の向こうから新しい人たちがやってくる音が聞こえてくる。
「っ、嵌められた!」
「嵌めちゃった☆」
おそらく、その人たちがわたしたちを連れていくための人だろう。呼んでくる間、足止めをするのが彼女の狙いだったんだ。
逃げようともがくも、力を入れづらくふりほどくことができない。
そうこうしている間に、彼らが入ってきてしまった。
そちらを見ると。3人は女性で、もう1人は。
「あの時の」
お兄さんと話していた、おじさんだった。
おじさんはわたしに張り付いていた神無をあっさり剥ぎ取ると、小声で問い詰めた。もがく姿が可愛い、とか不本意な評価が聞こえてきたけど、気のせいにしとこう。
その後、おじさんがこちらを向いた。いきなり神無を取ってくれたからびっくりしたけど、その視線で気がついて薑を守るように立つ。
「おじさんも」
わたしたちに酷いことをするの。と聞こうとしたら、「おじさんって、俺か?」と聞かれたから「うん」と答えた。そうしたら、あからさまに落ち込んじゃったのでどう呼ぼうか言い淀んでいると「隊長だよ」と赤い女の人が助けてくれた。
「隊長さんも、わたしたちを研究するの? それとも、どこかそういうトコに連れて行くの?」
聞くと、隊長さんは慌てて。
「誤解だ。俺たちはそんなことはしない」
「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ! だって、隊長さんだって騎士なんでしょ!?」
そんな言い逃れ通じるもんか。だって、あの日も騎士は優しいふりをして!
「待ってくれ! 俺たちは引き渡したりもしない! 君たちさえ良ければ、うちの隊で保護しようと思っている! もちろん研究なんてしない!」
「黙ってよ! 騎士のもとになんて居られるわけない!」
もう聞きたくない! どうせみんな嘘なんだ!
声を荒げたことで、喉と耳が痛い。だけど、それでも隊長さんを。騎士を睨み続ける。
「蔓茱萸」
「なに」
「もしよかったら、どうしてそんなに騎士を嫌うのかを教えてくれないか?」
どうせ、またはぐらかす気なんだ。なら、わたしがきみたちの本性を暴露してやる!
「あの施設に行く前、わたしの家に騎士がきたの。その騎士の話だと、わたしの両親は強盗殺人をして遠い場所に行くことになったから、その間待っている場所があるんだって。そう言って連れて行かれたのがあそこだった。結局おとうさんもおかあさんも会いに来てくれないし、あそこはわたしたちをこんな風にした。騎士なんてみんな嘘つきで酷いことする人たちの手先だ!」
こっちはきみたちのことなんてみんなお見通しなんだ! そういった意図を込めて、吐き捨てる。
その言葉を聞いた彼は、刺されたような顔をした。ずきん、となぜか胸が痛む。騎士なんて、こう言ってしまって当然の人たちなのに。
でも。彼の次の行動は、言動は。予想とは全く違っていて。
わたしの前で膝をつき、瞳を揺らがせながらも。
「すまなかった。俺たちは、あの施設が酷い場所だとは思っていなかったんだ。もちろん、知らなかったで済むなんて思わない。恨んでくれて構わない。殴ってくれて構わない。だが、俺たちは君をこれ以上酷い目にはあわせない。それだけは信じてくれ」
ーーそう、謝罪をした。
殴ってくれと言われ、本当に殴ってやろうと拳を振り上げる。それでも、その瞳はわたしを見続けていて。
結局、わたしの拳は、ぺたん、と彼の頰に触っただけだった。
「ずるい。ずるいよぉ」
そうだよ。この人はずるい。
「そんなにまっすぐ謝られたら、恨めないじゃんかぁ」
そんなんじゃ、もう目を背けられないじゃんか。
「わかってたよ。ほんとは騎士は悪くないんだって。きみたちは、わたしたちを助けてくれたんだって」
認めよう。自分が八つ当たりをしていたって。
「でも、官九郎お兄さんも優しかったんだよ。大好きだったんだよ。恨めないんだよ!」
官九郎さんー施設で、わたしたちをこうした張本人。それはわかってるのに。お兄さんに教えてもらったり。笑ったり。話をしたり。そんな思い出があるから。恨めない。
「だったら、わたしはどうすればいいの? 誰を恨めばいいの?」
こうなってしまった自分を。一緒にこうなった
「隊長さん。いっこだけ教えてくれない?」
これは、賭けだ。この人を本当に信じていいかどうか。
「わたしは、おとうさんおかあさんにまた会えるかな?」
わたしは、知っている。『強盗殺人』が重い罪だと。
わたしは、知っている。それで捕まった両親には、もう会えない。
ここで、隊長さんが耳触りのいい言葉で誤魔化そうとするんだったら。もう、騎士なんて信じない。
でも。もし、誠実に答えてくれるのなら。その時は。
隊長さんが口を開く。隊長さんの答えは。
「残念だが……会えないと、思う」
彼は、わたしに正直でいてくれた。
「そ、っか。うん。わかった」
人から聞くと、やっぱり辛いけど。
「あれ。さっきので出尽くしたと思ったのに、な」
きっとこれは、悲しい涙じゃなくて嬉しい涙なんだろう。
隊長さんが渡してくれたハンカチで、目を隠しながら話しかける。さっき散々言ったのにこんなこと言うなんて、虫がいいってわかってる。けど。
「隊長さん。わたし、もう帰る場所がなくなっちゃった。だから、だから」
お願いだから。
「傷つけちゃうような言葉を吐いたわたしだけど。居場所になってください」
その答えは、先ほどよりもよっぽど早く。
「ああ。約束だ」
「約束」
胸に温かく沁み込んだ。
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